第53話 朝のひと時

「もうすぐ時間ですよ、アカリ。」

ささやくような声が、耳元で響く。


まだぼんやりとした意識の中で、

これは夢なのか、それとも現実なのか分からないまま、少しの時が過ぎる。


「もう・・・早く起きないと、奪ってしまいますよ?」

その言葉に続いて、口元に柔らかな感触を覚えて、

今度こそはっきりと目が覚めた。



「・・・こういう時は、愛の力で眠りから醒めたと言えば良いのかな。」

「・・・っ! アカリ、起きて・・・!?」

口にしながら瞼を開くと、顔を真っ赤にしたソフィアが映る。


「さっきの声で、だんだん目が覚めてきた感じかな。

 まだ少し早いけど、もしかしてソフィア、

 海へ行くのが楽しみすぎて眠れなかった?」

「・・・っ! そ、そうでもありません。

 1時間ほど早く目覚めて、そのまま眠気が訪れなかっただけです。」


「うん、それを『そうでもない』と言えるかは、

 考察の余地がありそうだけど。」

「うう・・・アカリが意地悪です。」


「あはは、ごめんごめん。

 そうだ。お返しと、今朝はまだ言ってなかったから・・・」

「あ・・・」

謝りながら、傍にいるソフィアの体に腕を回し、引き寄せる。


「おはよう、ソフィア。」

「んっ・・・・・・」

今では毎朝のことになっている、私達の挨拶を交わした。


「アカリ・・・一つ聞きたいのですが、

 こうしておけば私の機嫌が良くなるとか、考えていませんか?」

「んっ・・・!? ま、全く考えてないわけじゃないけど、

 一番は私がしたいから、だからね?」


「・・・少しは考えているのですね?」

「うっ・・・そ、それはごめん。」

ソフィアの視線が冷えたものに思えて、慌てて頭を下げる。


「・・・ふふっ、ごめんなさい、アカリ。

 私も少しだけ意地悪をしたくなってしまいました。

 毎朝したいのは、私も同じですよ。」

その途端、張り詰めた雰囲気は緩み、いつもの笑顔が見えた。


「もう、ソフィアもこういうのが、どんどん上手になってくんだから。」

「一体誰に教えられたのでしょうね。」

「間違いなく私だね。」


「アカリに染められるのなら、私は良いのですよ。

 改めておはようございます、アカリ。」

「ん・・・・・・」

今度はソフィアが求めてきて、私は同じように挨拶を交わした。



「さて、ソフィアのおかげで早く起きられたし、

 朝ごはんを食べて出かけようか。」

「はい、アカリ・・・!」

落ち着いたところで、二人一緒に居間へと移動する。

この後出かけることは元々決めていたから、簡単なもので準備済みだ。


「今日は私が作る日だから、ほとんど買い置きだけど、

 海が楽しみになるようなものを並べてみたよ。」

「焼いたお魚・・・これは鮭でしたね。

 それに海苔と、ワカメのお味噌汁ですか。」


「うん。鮭はもちろんだけど、海苔とワカメも海で採れるものだよ。

 ちなみにお味噌汁の出汁にも、昆布が入ってるね。」

「あっ・・・! そういえば、以前に海藻だと聞きましたね。」


「うん。この辺で売ってるのは、保存用に加工されたのがほとんどだけど、

 海へ行くなら、こういうものの新鮮なやつも、楽しめたらいいかなって。」

「はい・・・! ぜひ食べてみたいです。」


「それじゃあ、最後にもう一度荷物を確認して、出発しようか。

 特に水着とか着替えは、忘れずにね。」

「そ、そうですね。あれを着るのだけは、まだ心配なのですが・・・」


「まあまあ、そんなところも向こうに着いたら、楽しんでみようよ。」

「はい、アカリ・・・!」

そうして私達は、海への小旅行に出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る