第51話 約束

「色々あったけど、今回の事件もこれで一件落着かな。」

「はい、アカリ。あの異空間がどこにも残っていなくて、本当に良かったです。」

一仕事終えたところで、ソフィアと寄り添いながら、

途中で買ったお茶を分け合う。


「あんた達・・・それを確かめるために、

 また町中動き回ってたのに、どうしてそんなに元気なのよ・・・」

「この疲れは明日まで残りそう・・・帰りに運転できるかしら。」

うん、おそらくはやり場のない不満を、こちらに向けてくる美園はまだ良いとして、

うわ言のようなものをつぶやいている、遥流華はるかさんは大丈夫だろうか。


連休は明日まであるのだし、夜までに帰り着くつもりで、

ゆっくりしてもらっても良いのだけれど。


「まあ、ありそうなものを探すより、

 どこにも無いことを確かめるほうが、慎重になったり気を遣ったりするよね・・・

 体力は向こうの世界で鍛えられたものだから、どうしようもないけど。」

「あらかじめ、二人に身体強化魔法をかけておけば良かったでしょうか。」


「待って。それは前に使った時、灯が後で筋肉痛になってたやつよね。

 私にかけて大丈夫なの?」

「程度にもよりますが、軽めにかけるくらいであれば、後の反動も小さいはずです。

 ただ、実際のところは、そのままでは危険な敵と相対した時などに使うので、

 軽めという事例は少ないのですが・・・」


「そうね・・・正確に伝えてくれるのはありがたいけど、

 この国でそんな戦いが起きる機会はほとんど無いから、想像がつきにくいわ。」

「そ、そうでしたね。すみません、ミソノ。」

「あはは、確かに普段はそうだけど、悪霊を祓うのも危険なことではあるし、

 向こうの世界の絡みで、また何か起きないとも限らないから、

 私もソフィアも、そういう感覚は無くさないようにはしてるんだ。」


「ああ・・・そうなったら確かに心配よね。気にしないで、ソフィア。」

「はい。ありがとうございます、ミソノ。」

「うっ・・・事務作業が片付かない時に、

 栄養ドリンクの効き目が切れた時の記憶が・・・」

うん、身体強化魔法の話が、思わぬ傷を抉ってしまったようだけど、

本当に遥流華さんは大丈夫だろうか。



「夕食の前に、私達は少し散歩してこようと思うけど、

 美園と遥流華さんは、部屋にいるよね?」

「ええ、私も疲れてるし、遥流華さんは相当だと思うから、

 ここで休んでいるわ。あと、例の準備もしておきたいし。」


「うん、それじゃあ行ってくるよ。」

「行ってきます、ミソノ、ハルカさん。」

そうして二人に手を振り、私達は宿を出て歩き出す。


「あちこち回っている間に、少し耳に挟んだけど、

 あの展望台は、夕暮れの景色も綺麗なんだって。」

「良いですね。これから向かえば、ちょうど良い時間です。」

朝も散歩で行ったけれど、昨日は薄暗くなり始めた頃の到着だったから、

夕陽に染まるだろうあの場所は、まだ見ていないものだ。

それもまた見たいという気持ちになるのは、きっと・・・・・・


「あの呪具がここに置かれてから、少し時間が経っていたと思うのですが、

 影響があれだけで済んだのは、ある意味では良かったのかもしれません。」

「うん。本人は何も言わなかったけど、

 良子さんが抑えてくれてたんじゃないかな。それから・・・」


「はい。アカリの言いたいことは分かります。

 町中を回っている時も、感じていたことではありますが・・・」

「うん、ここは人の悪意が少ない。

 だから、あんな呪具があっても、大きな影響が無かったんじゃないかな。」


もちろん、ここだけが地上の楽園のように思うつもりは無いし、

人それぞれに好みだってあるだろうけど、

昨日訪れたばかりなのに、ほっとした気持ちになったり、

朝陽も夕暮れの景色も眺めてみたいと思えるものが、ここにはあるのだろう。


「夕陽が綺麗ですね、アカリ。」

「本当にそうだね、ソフィア。」

今見えるのは月ではないし、

一部でよく知られた言い回しを、ソフィアに教えた記憶もないけれど、

少しの言葉だけで、十分なこともきっとある。


身体を寄せてくるソフィアを、ぎゅっと抱き留めながら、

私達はしばらくの間、夕陽に染まる町並みの景色を見つめていた。



*****



「それじゃあ、優子ちゃん。またね。」

「うん・・・・・・妖精さんも、またね。」

「はい。また必ずお会いしましょう。」

そして、今回この町で過ごす最後の日、

私達は依頼者である横山さんのお宅へ挨拶に訪れ、

優子ちゃんにも顔を合わせている。


「この前の御守りは、急いで作ったものだったので、

 改めて、ちゃんとしたものをお渡しさせてください。」

麗鹿うららか神社と、あなたが妖精さんと呼ぶ人の力も込めたものです。

 悪い霊は、簡単には近寄ってこられませんよ。」

遥流華さんが、ご両親への説明もしっかりとしてくれた上で、

昨日から皆で準備していた御守りを、優子ちゃんに渡す。


初めて会った日に渡したものは、居場所を確かめられるようにする意図もあったし、

効果も長くは続かないから、もう一度優子ちゃんのためのものを作りたい気持ちと、

良子さんから最後に託された思いを込めて、

仕上げは今朝、四人であの展望台まで行って、完成させたものだ。


「・・・もしまた、良子おばあちゃんが来てくれた時は、どうなるの?」

「それは大丈夫だよ。その御守りが寄せ付けないのは、

 悪意のある・・・悪いことを考えている霊だけだから。」


「それから、長い時間が経つと、効き目が弱くなってしまいますから、

 その時はまた、私達が新しいものを持ってきますね。」

「うん・・・! ありがとう、妖精さん、お姉さん。」

最後に、優子ちゃんと出会ってから一番の笑顔を、見られた気がした。



「それじゃあ、出発しましょう。

 今ので、疲れも吹き飛んだ気がしますので、安全運転で帰ります。」

「ほ、本当に大丈夫ですよね? 遥流華さん。

 それから灯、ソフィア。忘れ物は無いかしら?」


「うん、大丈夫。それに、この町へはまた来るんだし。

 ね、ソフィア。」

「はい、アカリ!」

そうして私達は、色濃い数日の出来事を思いながら、

今はもう温かさを感じる、この町を後にした。

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