第50話 終わりと願い

「おばあちゃん、また行っちゃうの?」

言葉を少し選ぶ様子を見せながら、この場所の終わりを告げた良子さんに、

優子ちゃんが哀しげな表情を向ける。


「ああ、本当はもう、私はこうして話すことなんて出来ないんだ。

 今は夢を見ているようなものさ。」

「・・・・・・」


「だけど、ずっと夢の中にいれば、良くないことも起こる。

 それを、このお姉さん達が確かめてくれたんだ。

 だから、私はもう行かなきゃいけない。」

「・・・妖精さん、なんとかならないの?」

良子さんの揺るがない様子に、今度はその視線がソフィアのほうを向いた。


「ごめんなさい、ユウコさん。

 どうしても思い通りに出来ないことはあるのですよ。」

「・・・・・・妖精さんも、いなくなっちゃう?」


「初めて会った時にも言った通り、

 あなたがそう呼びたいのなら構いませんが、私は妖精ではありません。

 おうちは少し遠いですけど、アカリと一緒なら、

 また会いに来ることは出来ますよ。」

そう答えながら、ソフィアがちらりとこちらを見る。

何を言いたいのかは考えるまでもないだろう。


「うん、ソフィアと一緒に、また会いにくるよ。」

「・・・! ありがとう、お姉ちゃん。」

答える優子ちゃんの表情が、少し柔らいで見えた。


「さあ、少し早いけど、おうちに帰る時間だよ、優子。

 お盆の時には、会いに来てくれると嬉しいねえ。」

「うん! 絶対に行く!」

そう言って、優子ちゃんはおうちのほうへと走って行った。


「私は、優子さんを見ていましょうか?」

「大丈夫です、遥流華はるかさん。

 本当にお家のほうへと向かっているようですから。」

心配する遥流華さんに、御守りの気配を辿りながら、美園が答えた。



「さて、終わらせに行こうかねえ。

 と言っても、問題がどこにあるかは、そこの二人は分かってるんだろう?」

「はい。朝の散歩で、怪しい場所を見付けましたので。」

「あの時に、リョウコさんの気配は見つけていましたが、

 状況が分からなかったので、ご挨拶せずにすみません。」

そう、朝に二人で出掛けた時に、私とソフィアは色々と見付けていた。

そのおかげで、帰って話した時には、美園と遥流華さんに驚かれてしまったけれど。


「ははは、あの子が『妖精さん』と呼ぶのも分かるけれど、

 もう十分に、この国の人に見えるじゃないか。」

「あ、ありがとうございます・・・」

「良子さん。あなたもやはり、『視える』のですね。」

ソフィアが少し顔を赤くしている隣で、

何となく気付いていたことではあるけれど、確かめることにする。


「ああ、私がここに取り込まれたのも、

 あの時、たまたま近くにいたせいだろうけど、その影響もあったかもねえ。」

「あの時・・・? 原因があの展望台にあるのは分かりましたが、

 どうしてこの空間が生まれたのかも、ご存じなのですか?」


「もちろんさ。私がこんな風になって、展望台の辺りを漂っていた時に、

 青い顔でぶるぶる震えていた男がいたんだよ。

 気になったので見ていたら、たまりかねた様子で、

 呪具って言うのかねえ。そいつを放り出して走り去っていったんだ。

 それから、歪みのようなものが生まれ始めて、今はこの通りさ。」

「想像ですが、呪具を制御できなくなって、

 自分に影響が出始めたので、捨てて逃げたということでしょうか。」

「私も同感です。本当に迷惑な話ですね。」

良子さんの説明に、遥流華さんと美園がため息をつく。


「ああ、全くその通りだが、私はひ孫ともう一度話すことが出来たから、

 楽しかったなんて言ったら、怒られるかねえ。」

それにうなずきつつも、良子さんはからからと笑った。



「呪具というのは、あれですね。

 もう気配を探るまでもありませんか・・・」

そうして、良子さんと話しながら、

異空間内の展望台へとやってきた私達は、

頂上近くに浮かぶ、いかにもという存在を見付けた。


「ああ。生前の私なら何とか出来たかもしれないけれど、

 この身体ではねえ・・・すまないが、あんた達にお願いするよ。」

「はい・・・じゃあ、美園、遥流華さん、

 ここは私とソフィアに任せてもらって良いですか?」


「ええ、構わないわよ。」

「二人の力なら、間違いはないでしょうね。」


「では、良子さん。最後に・・・というのも何ですが、

 私達が出会った頃の、ソフィアの姿をお見せします。」

「はい。いつでも大丈夫ですよ、アカリ。」

道すがら、ソフィアのことは少し話していたけれど、

これを見てもらうのが良いだろう。

もちろんソフィアも、事前に念話で了承済みだ。


召喚サモン、ソフィア!」

私達が手を繋ぎ、力を込めると、

異世界の神官服を纏ったソフィアの姿が現れる。


「ソフィア、優子ちゃんがこの空間にいないことだけ、

 最後に確認しておこうか。」

「はい・・・! 探知魔法ディテクト

 大丈夫です。ユウコさんの気配はこの空間内にはありませんし・・・

 ミソノの御守りは・・・もうお家に着いているようです。」


「良かった。それじゃあ、行こうか。」

「はい、アカリ・・・神聖魔法ディバイン!」

ソフィアの両手から光が放たれると、

それはすぐに呪具を包み込み、間もなく異様な気配は消え去った。


「ははは・・・これは凄いものを見せてもらえたねえ。

 冥土の土産ってやつか。」

良子さんが笑い、そして私達に真面目な顔を向ける。


「最後の頼みになるけれど・・・優子はよく『視える』子だ。

 だけど、まだ小さい子だし、それ故に困ったこともあるだろう。

 遠方から来たそうだけど、出来る範囲で構わない。

 どうか、あの子の力になってくれないか。」

「はい・・・! 常にというわけにはいきませんが、

 助けになるとお約束します。」

もしかすると、良子さんがこんな形でも、

優子さんに会いたいと思っていたのは、この心配があったのかもしれない。

私とソフィアに続いて、美園と遥流華さんもすぐにうなずいた。


「それじゃあ、お別れのようだねえ。

 どうか、優子を頼んだよ。」

呪具の効果が消え、異空間が崩れてゆく。

やがて良子さんの姿も見えなくなり、

元に戻った展望台の上には、夏の青空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る