第48話 時を待つ

「あ、アカリ・・・

 これが、お肉を衣で包んで揚げたものに・・・!」

「うん、昨日からよく見かける、あの濃いお味噌を載せた料理だよ。」


「そ、それは・・・! 一体どうなってしまうのでしょうか。」

「そうだね、例えば・・・

 槌系の武器を、土の精霊召喚でさらに強化するような感じかな。」


「アカリ、それは重いと言っているのではないですよね・・・?」

「あはは。確かに好みによっては、そう思う人もいるらしいけど、

 この世界の料理を楽しんできているソフィアなら、きっと好きになると思うよ。」


「はい、はい・・・!

 私はアカリを信じます。はむっ・・・!

 ~~~~~!!」

「うん、もう幸せそうな顔で分かる気がするけど、

 どうかな? ソフィア。」


「アカリ・・・これは武器に術式を付与する例えでは収まりません。

 そう、物語で『裂光の射手』が周囲の敵を蹴散らす場面のように・・・!」

「いや、待って。伝承の英雄レベルで語られたら、

 私もどうしていいか分からないからね?」



「・・・あんたら、いつまで自分達の世界に入り込んでるのよ・・・!」

注文した定食の大きめのお皿を前に、ソフィアと見つめ合うように話していたら、

美園の呆れた声が聞こえてきた。


「あはは、放っておけばいつまでも?」

「ふふっ、ごめんなさい、ミソノ。」

うん、このくらいのことでは、私達は気にしない。


「それにしても、遥流華はるかさんが薦めてくれたこのお店、本当に美味しいね。」

「本当よね。開店からあまり時間も経ってないのに、もう満席状態だし。」

「外にも人の気配が・・・これが人気店の行列というものですか・・・!」

「ええ、それは良かったわ。

 正確には私というより、地元がこの辺りの知人のお薦めなのだけど、

 あちこち歩き回った後だし、ここを選んで正解だったわね。」


町の中や、異空間の調査に一区切りつけたところで、

お昼時を前に入ったお店は、早くも大盛況だ。

そもそもこの辺りには、食事処が少ないなんて話もあるらしいけど、

それはそうとして、何度も通いたくなるような魅力があるのは確かなようだ。



「アカリ、ここにたくさん細切りになっているお野菜は、

 どのタイミングで食べれば良いのでしょうか。」

「ああ、いつでも良いんだけど、

 敢えて言うなら、油の多い料理がメインだから、

 合間に食べてさっぱりするような感じかな。」


「なるほど・・・ああ、分かる気がします。

 この野菜もきっと、新鮮なものですよね。」

「そうだね。確かにしゃきしゃきしてるし、

 採れてから早めに運ばれてきたのを、ここで切ったものだと思うよ。」

揚げ物とキャベツという、王道とも呼ばれる組み合わせに、

ソフィアも出会ってしまったようだ。


「こんな風に、真逆に近い良さを持った組み合わせは、

 『裂光の射手』と『宵闇の刃』の話を思い出しますね。」

「うんうん、確かにいい例えかも!」


「さっきも同じ名前が出てたけど、

 何なのよ、そのキャラクターは。」

「ソフィアの生まれた世界ですごく人気のある、物語の英雄だよ。

 実在の人物が元になった話ということだけど。」


「そういえば、アカリがそれを聞いた時には、面白い例えをしていましたね。

 遠距離攻撃で弓矢が現役の世界で、『裂光の射手』はマップ兵器みたいだって。」

「ああ、うん・・・とんでもない人物なのは想像がついたわ。」


「まあ、それだけの力を振るうには、『水の賢者』をはじめとした、

 仲間達の助けも大事だったらしいけどね。

 ちなみに『宵闇の刃』は、こっちのゲームで言えば、

 暗殺者とか斥候で表現されそうな感じだよ。」

「あら、本当にさっきのとは真逆?」


「でも、二人はすごく相性が良かったみたい。

 本人同士もそうだけど、遠距離攻撃に特化したアタッカーと、

 索敵や、攻められた時は不意討ちも出来るサポーター、みたいに。」

「なるほど、分かる気がするわ。」



「・・・ところで、遥流華さん。

 さっきから口数が少ないですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、ご飯はすごく美味しかったのだけど、

 あなた達ほど若くはないから、食べ過ぎると反動が来やすいのよ・・・」


「回復魔法は・・・この種の症状には効果がありませんね。」

「待って、いくら認識阻害があるとはいえ、

 ここで使ったら騒ぎになりかねないわよ、ソフィア。」


時折お腹に手を当てる遥流華さんを、見守るような私達。

同じような話題を、大人の人達が時々口にするのは分かるけれど、

私と美園は高校生だし、異世界生まれのソフィアも体力の基準が違うから、

残念ながら本当の意味で共感できる人は、この場にいないのだ。



「それじゃあここを出たら、向こうの広場でしばらく休まない?

 無理して動くのは良くないし、午前中に調査はだいぶ進んだから・・・」

「はい、アカリ。これからは待つ段階ですね。」

「確かに、こちらが焦ったところで、

 向こうが動いてくれるわけでもないわよね。」

「そうね・・・みんなの言葉に甘えさせてもらうわ。

 少し歩く分には問題なさそうだし、長居しても悪いから行きましょうか。」


そうして、まだ時折お腹をさする遥流華さんを連れて、

昨日の夜、ソフィアと過ごした広場へ。

辺りに並ぶ長いベンチの一つに、四人で腰かける。


「なんだか、平和ですね・・・

 いえ、私が戦いの多い世界から来たので、そう感じるのかもしれませんが・・・」

日差しは少し暑さを感じさせるけれど、程よく風も吹いていて、

見上げれば青空に白い雲が浮かぶ。

ソフィアが不意につぶやいたのも、不思議ではないのだろう。


「安心して、ソフィア。

 ちょっと向こうに行った私も、それはすごく思うことだから。」

「二人の体験はさすがに出来ないけど、

 こっちでも昔は戦争があって、歴史の授業なんかで習うから、

 平和が大事だって気持ちは分かるわよ。」


「ふふっ、大人になって仕事を始めるとね、

 こうして穏やかな時間を過ごせること自体が、

 貴重だって思えるようになるのよ。」

うん、いつかは私達にも訪れるものかもしれないけれど、

遥流華さんなりの視点もあるようだ。


それでも、少しずつ背景や考えることの違う私達だけど、

この町に流れる空気が良いものだということは、

同じ気持ちを抱いているのだろう。


遥流華さんが受けた依頼に、付いてきている身ではあるけれど、

こうして待つ時間を楽しむのも、悪くはない。



「そういえば、向こうの小高い場所に見えるのって、

 もしかして・・・」

「ああ、優子ちゃんが慕っていたという、

 ひいおばあちゃんが眠る場所・・・でしょうね。」

依頼者の横山さんや、そのお子さんである優子ちゃんから、

それぞれ断片的に話は聞いていたけれど、もう一度整理する。


「優子ちゃんも、もしかしたらひいおばあちゃんも、

 力を持っている人じゃないかって気はするよね。」

「私に接する様子から、ユウコさんはそんな気がしますが、

 ひいおばあさんも、やはりそうなのでしょうか。」


「ええ。少し不思議な話と呼べるような内容があったし、

 人よりそういうのを聞くことが多い立場からすると、

 実は・・・ってことも多いのよね。」

「そうね、私も美園さんに同感よ。

 というより、ご両親にはお世話になったから、きっと捉え方は近いわね。」


この場所にも、時間は確かに流れていて、

過ぎ去ったものを懐かしく思う気持ちも、積み重なってゆくのかもしれない。


これから訪れるだろうものに、役立ちそうな話を、

あるいは、そうでないかもしれないことも、穏やかな空の下で交わす中で、

やがて美園がぴくりと手を動かして言った。


「動きがあったわ。霊的存在の気配が濃いほうへと、

 向かってるのを感じる・・・!」

「それじゃあ・・・」

「行きましょう!」

「ええ、十分に休めたから、私も大丈夫よ。」


そうして、この依頼に区切りを付けるだろう場所へ、

私達は歩き出した。

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