第47話 陽炎の向こうに

「アカリ。向こうにあるのは、

 昨日と同じ異空間の入口で間違いなさそうですが、

 同じように見えても、力を感じないものが混ざっているようです。」

少し先のほうに現れたゆらめきを、慎重に探知しながら、

ソフィアが声をかけてくる。


「ああ、ソフィアは見たこと無かったよね。

 そっちのほうは自然現象だよ。」

「えっ・・・?」


「日差しが強くなってきて、暑さも感じてると思うけど、

 この舗装した地面も熱を持ちやすいらしくて、

 焚き火とか精霊召喚で火を使う時と、同じことが起きてるんだ。

 この国では『陽炎』というんだよ。」

「ああ、火の近くがゆらゆらとする、あれですね。

 『陽』と『炎』の文字・・・分かる気がします。」

携帯端末で表示した文字を見せながら説明すると、

大きくうなずいてくれた。



「似たものの例で、気になる言葉が混ざっていたのはともかくとして、

 霊的な見方で言うなら、同じ場所に現れているのも、意味があると思うわ。」

「ああ、陽炎が出てくるような状況だから、

 異空間の入口が現れやすくなってるとか?」


「ええ、その通りよ。空間が揺らいでいる・・・と言えば良いかしら。

 初めてあれを見たのも、昼と夜の境くらいだったけれど、

 霊的な存在は、そういう状況と相性が良いのよ。」

「そういえば、朝にアカリと散歩をした時には、

 昨日見かけた入口は、全て消えていましたね。」


「さっき美園さんが言った、『昼と夜の境』というのは、

 昔から『逢魔時おうまがとき』なんて呼ばれたりするのよね。

 ああいった現象は、この国で古くから知られているのだと思うわ。」

美園の説明に続いて、遥流華はるかさんもゆらめく陽炎を見つめながら言った。


「さて、これから調査しようとしているものが、

 向こうからやって来たわけだけど、行くってことで良いよね?」

「もちろんです、アカリ。」


「まあ、そうしないと始まらないでしょうね。」

「そうね、行きましょう。」

私達四人はうなずき合って、陽炎に紛れた異空間の入口へと踏み込んだ。



「昼間の景色だと、より分かりやすくなった気がするけど、

 町全体の雰囲気は、大きく変わっているわけではないんだね。」

「はい。いくつかの建物・・・おそらくは、昔の景色にあったものが、

 増えているように思います。」


ソフィアが視線を向ける先で、

現在の町の景色では、止まっていたはずの水車が動いている。

建物の中から、ぎこぎこと工具を動かす音がする。


今も伝統産業として知られているものではあるし、

町にお土産物屋さんもあるからには、実際に動いている所もあるのだろうけれど、

少なくとも、この場所においては失われた景色だ。


「こうした現象は、ここに住む・・・あるいは住んでいた人達の、

 思念が影響していそうですね。」

「ええ、この前あなた達に見せてもらったような呪具が、

 そういったものを取り込んだり、増幅したりする事例は、

 何度か見てきたことがあるわ。」


「その時も、『懐かしいもの』が映し出されてたりするんですか?」

美園と遥流華さんの会話を聞いて、興味本位だけど尋ねてみる。


「いつもそうとは限らないけれど、そういう時もあったわね。

 普段働いている場所が、移り変わりの激しい場所だから、

 余計に印象に残りやすいのかもしれないけれど・・・」

「ハルカさんのお店がある都会は、そういう所なのですか?」


「全部がそうというわけではないわ。

 でも、場所によっては、新しいお店が出てきては、

 またすぐに消えてゆくことも多いから・・・

 『懐かしい』と思えるだけの時間、同じ景色が続くことは難しいわね。」

「そうなのですか・・・」

この前、大都会を初めて見たばかりのソフィアに、

あの時の景色が一時的なものだと言うのも、少し心苦しいけれど、

それもまた事実なのだろう。


「この辺の景色は、いくつか移り変わるにしても、

 そう大きくは変わらないだろうから、またここに来るのも良いかもね。」

「はい、アカリ・・・!」

少し物思いにふけっていた様子の、

ソフィアの手をぎゅっと握ると、すぐに笑顔で握り返してくれた。



「ところで、さっき灯とソフィアが感知したという、

 それと関りがありそうな存在は・・・」

「今は近くにいないようです。

 探知魔法を全力で使えば、見付けられるかもしれませんが・・・」

「まだ、その時ではないと思う。あまり警戒されるのも嫌だからね。」

辺りの景色をしばらく確認した後、美園が本題に入ってくるけれど、

すぐに解決に向かうものでもないようだ。


「でも、そのうち動きはあると思って良いかしら?」

「うん。私の想像している通りなら、条件が揃えば必ず動くと思うよ。」


「その前提を壊さないためにも、

 今は無理に踏み込まないほうが良いのですよね、アカリ?」

「そうだね。ここは待つしかないかも。」


「じゃあ、この近くの出入口を確認しておきましょうか。

 どこから事態が動きやすいか、知っておいたほうが良いわ。」

「はい・・・!」

遥流華さんがまとめる形で、私達はしばらく辺りを調べ、

その時を待つことにした。

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