第46話 ゆらめくもの

「アカリ。昨夜初めて食べた味のお味噌汁ですが、

 私の中で、だんだんと好きになってきたようです。」

宿に戻り、部屋へと朝食が運ばれて間もなく、

お椀の中を見つめながら、ソフィアが笑みを向けてくる。


「うん。こういうのは地域によって、

 味付けとか、よく使われる具も違ってくるらしいけど、

 これはお味噌の作り方からして、私達がよく食べるのとは別みたいだね。

 最初は少し驚いたけど、私も美味しいと思うよ。」

確か、原料の配合とか発酵させる期間が違うんだっけ。

何も知らずに口にすると、想像とは別の風味が飛び込んでくることになる。

これはこれで、慣れれば好きになったけれど。


「それに、焼いたお魚や、濃い味の付いた野菜・・・

 この国の伝統的な料理だと、アカリが教えてくれましたが、

 こうしたものの美味しさも、だんだんと分かって来たように思います。」

「あはは、ソフィアがついに、

 その方面の料理にまで踏み込んじゃったか。」


「家に帰ったら、試してみても良いでしょうか。」

「うん、もちろん構わないけど・・・

 私も作ったことが無いものばかりだから、ちゃんと教えるのは難しいかな。」


「確かに、アカリの家では見かけないものが多いですね。

 こうした場所でないと、今は作られないのでしょうか。」

「いや・・・それこそ家によって違うと思うよ。

 材料だけなら、少し大きいお店に行けば揃うだろうし。

 ただ、私が小さい頃には・・・いや、きっと親の世代より前から、

 他の国から伝わった料理も、当たり前にあったんだろうな。」


「そうなのですね・・・

 この料理についても、出来る範囲で試してみたいとは思いますが。」

「そうだ・・・! 美園のところなら、

 こういうのもよく作ったりするんじゃ・・・あれ、美園?」

ふと横を見れば、美園が少し遠い目をしながら、箸を動かしている。


「どこか調子でも悪いのですか、ミソノ・・・?」

「ああ、いえ、体調は大丈夫なのだけど・・・

 さっき二人が持ち帰った話を聞いて、

 これからどうするか、少し悩んでいたところよ。」


「うん、それは私も考えてたけど、

 ひとまず置いといて、ご飯を美味しく食べるほうが良いんじゃない?」

「ええ、確かにそうなのだけど・・・

 こういう状態なのは、私だけでもないようね。」

美園が小さく首を振りながら、遥流華はるかさんのほうに目をやる。


「私、あんな大事な話が出てこようという時に、

 どうして寝ていたのかしら・・・」

「・・・・・・あれはまた別じゃない?」

「さっきは私と同じことも話していたから、

 今のは追加要素といったところかしら・・・」


「どちらにせよ、こんな雰囲気でいるのもどうかと思うから・・・

 ソフィア、ちょっといいかな。」

「はい・・・? わ、分かりました、アカリ。」

少し沈んだ様子の遥流華さんに向ける言葉を、

耳打ちでソフィアに託す。


「ハルカさん・・・私、何かやっちゃいましたか?」

「ごふっ・・・!」

お味噌汁を飲み終えようとしていた遥流華さんが、少し咳込んだ。


「灯・・・あんた、ソフィアに何を言わせてるのよ。」

「あの、アカリ・・・今の言葉は一体・・・?」

「特定の知識がある人達だけに伝わる、流行語みたいなものだよ。」


「・・・・・・おかげで、気が紛れたわ。

 ありがとう、ソフィアさん。」

「は、はい・・・・・・」

うん。少し気が沈みそうな時には、

こんな冗談もいいよね・・・?



*****



「それでは、改めて依頼についてのお話を、

 詳しく伺いたいと思います。」

「はい。よろしくお願いします。」

朝食を終えて、支度を済ませた後、

昨日約束した通りに、今回の依頼者である横山さんのお宅へ。


朝の散歩で、思いがけず見つけてしまったものはあるけれど、

まずは依頼の件や、優子ちゃんの話も聞かなければ・・・ということで、

私達の意見は一致した。


「おはよう、優子ちゃん。」

「ユウコさん、少しお話してもいいですか?」

「あっ・・・! 妖精さん、とあかりさん。

 うん、いいよ!」

依頼主からのお話は、遥流華さんと美園に任せて、

私とソフィアは優子ちゃんから事情を聞く。


直接的に異変に巻き込まれているのはこの子なので、

こちらのほうも重要だ。


「昨日出会った場所に、優子ちゃんはよく行ってるの?」

「うん! ゆらゆらしてるのが見えたら、入ってるよ。」


「向こうでは、ユウコさんはどんなことをしているのですか?」

「うーん・・・・・・昔のものとか、いろいろあるから、

 行くだけで楽しいよ。」


「向こうに行くようになってから、何か変わったことは無い?」

「んー・・・お父さんとお母さんが行っちゃだめって言うから、いや!」

「お父さんもお母さんも、ユウコさんのことを心配しているのですから、

 そんな言い方は、あまり良くありませんよ。」

「う、うん・・・・・・」


ソフィアと二人で、優子ちゃんにいくつかの質問をしてみたけれど、

この子は私達と同じように、あの出入口を簡単に見付けることが出来て、

また、異空間で過ごすことを楽しんでいるようだ。


『それで、どう思うかな? ソフィア。』

『はい、アカリ・・・悪意があるようには感じませんが、

 何か隠している気配がありますね。』


『やっぱりか・・・でも、今ここで問い詰めるわけにはいかないよね。』

『はい。この子が心を閉ざしてしまうかと。』

裏で念話を交わしながら、優子ちゃんにお礼を言って、

遥流華さんと美園のほうの話に加わった。



「ご両親のほうの話からすると、

 優子ちゃんはだんだんと、あの異空間に惹かれているみたいだね。」

「そうね。場合によっては、

 全力で元を断ちに動くのも良いかと思うけど・・・」

「そうすると、ユウコさんの心に傷が残る可能性もありますね。」


「とはいっても、あまり時間もかけていられないかもしれないわね。」

遥流華さんが示す方向に、私達も視線を送る。


「また、異空間への出入口が出来ているか・・・」

「宿の人達の話も合わせると、あの空間の力が強くなっているかもしれません。」

「確かに、早めに解決したほうが良さそうよね。」


朝の時間帯が過ぎて、やって来る夏の暑さを感じ始める中で、

ゆらゆらと揺らめくものが、私達の向く先に現れていた。

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