第45話 展望台

「おはようございます、アカリ。」

布団の中でぱちりと目を開ければ、

ソフィアの微笑みが真っ先に飛び込んでくる。


「おはよう、ソフィア。」

旅先ではあるけれど、こうして抱き合ったまま目を覚ませば、

いつもの朝だという気持ちになる。


・・・等間隔に敷かれた四組の布団のうち、

一つだけほとんど使われていないのは、宿の人に少しだけ申し訳ないけれど。


そして、美園と遥流華はるかさんになるべく気を遣わせないよう、

ソフィアが自分の布団の中から、一度私の中に戻った後、

すぐ傍に召喚し直すのは、疑似的な瞬間移動を実現している気分になった。


いや、もしこの話を誰かにするとしても、

多くの人には理解されないだろうことは、想像できるのだけど。



「・・・・・・おはよう、灯、ソフィア。

 あら、朝からどこか出掛けるの?」

二人で布団から出て、軽く身支度を始めると、

美園も目を覚まして、声をかけてくる。


「おはよう、美園。

 昨日宿の人から聞いた、公園の展望台に行こうと思ってね。」

「起こしてしまってすみません、ミソノ。

 もし良かったら、一緒に来ますか?」


「・・・いえ、遥流華さんはまだお休みのようだし、

 私も少し眠いから、残っておくわ。

 あんた達なら大丈夫でしょうけど、一応は異変の起きてる場所だし、

 気を付けなさいよ。」

「うん、その辺は十分に注意するね。」

「それでは行ってきます、ミソノ。」

布団から顔だけ出した美園と、まだぐっすり眠った様子の遥流華さんに手を振り、

私達は出発した。



「普段よりも・・・という言い方も何ですが、

 朝の空気が心地よい場所ですね、アカリ。」

公園へと向かう道を歩きながら、深く息を吸って、

ソフィアが私の方を向く。


「うん。山に近い場所というのもあるのかな。

 空気が少し澄んでる気がするよ。」

季節の上では夏に入りかけているけれど、

ここの朝の空気は、まだひんやりとした心地よさが、

肌に触れてくるようだ。


「昨日、あの空間に入り込んだのは、

 この辺りだったはずですが、今は何も感じませんね。」

公園の入口近くで、ソフィアが辺りを見回すけれど、

私の目にも何も映らない。


「今はあっちに入れないみたいだけど、

 もしこの時間まで、向こうに留まっていたとしたら、

 どうなると思う? ソフィア。」

「推測ですが・・・気が付いたら、こちらに戻っているのではないでしょうか。」

「うん、私も同感だよ。」


あの空間は、普段私達がいる場所と、完全に別のものを作り出すわけではなく、

範囲内のものに影響を与える、強めの結界のような存在ではないだろうか。

頭の中で考えていたことが、ソフィアとも一致していたようで、ほっとする。


朝になれば、その影響を与えられなくなるのは、

他の霊的存在も同じようなことが多いと聞くし、相性のようなものだろう。



「この先が、登ってゆく道のようですが、

 ここを進めば展望台でしょうか。」

「うん、多分合ってると思うよ。」

左右に広がる芝生や、花の植えられた区画を抜けて、

上り坂へと踏み出せば、舗装されていない道や、

すぐ傍に樹木も伸びてきていて、ちょっとした山道を思わせる。


「急に自然が近い雰囲気になりましたが、

 良いものですね、アカリ。」

「うん。私もこういう景色は好きだよ、ソフィア。」

私もソフィアも自然が好きなほうだと思うし、

少し狭くなった道を、身体を寄せ合い手を繋いで、

歩いてゆくのはとても心地よかった。



「あっ! 建物が見えてきました、アカリ。

 でも、これは・・・?」

「うん・・・お城というには少し小さいけど、

 それをイメージしてるのかな。」

よくよく思い返せば、この辺りはずっと昔、

歴史好きの人なら割と知っている武将が、治めていた地域のはずだ。


ここに本当にお城か、砦のようなものがあったのかは分からないけれど、

観光客向けのお土産物屋さんもある町で、

そんな時代の雰囲気を感じられるものが、望まれたのかもしれない。


「なるほど。この国の昔のお城ですか・・・」

「うん。本当にその時代からのものじゃなくて、

 似た感じで建て直したものだろうけどね。」

私は建築の専門家ではないけれど、

おそらくは時代が違う建材があることくらいは察せられる。


それでも、ソフィアに想像できる範囲のあらましを語ると、

喜んでくれたので、ここへ来て良かったという気持ちになった。



「こうして見ると、本当にこの辺りが一望できるようですね。」

「うん、結構いい眺めだね!」

そして、三階分くらいの階段を上がり、

柵の向こうに広がる景色を見れば、

一方には先程通ってきた公園や、その向こうの町並み。

また別の方角を見れば、綺麗そうな川が流れてゆくのが見える。


先程までの私達と同じように、公園を散歩している人や、

こちらへと続く道を歩き出す人も見えて、

ここが地元の人達にも人気の場所だというのが、確かに感じられる気持ちだ。


「アカリ、今度はこっちのほうを見てみましょう。」

「うん、そうしよう!」

それぞれの方角に、ささやかだけど楽しめる景色があって、

ついつい長居してしまいそうだ。

いや、朝食の時間までには帰るつもりだけど。



「ところで、ソフィア。気付いてるよね?」

「はい。もちろんです、アカリ。

 差し迫った危険は無いようですが・・・」


「私達だけで、大きく動くわけにもいかないよね。

 戻って相談しようか。」

「はい、そうしましょう・・・!」


うん、何かあるかもとは思っていたけれど、

私達はそれを見付けてしまったようだ。


だけど、きっと二人だけで決めて良い話でもないだろう。

私達は警戒だけは十分にしつつ、

もう一度展望台からの眺めを楽しんで、宿へと足早に戻った。

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