第44話 小さな棘を抜いて

「今夜泊まる宿は、ここで間違いないようね。」

遥流華はるかさんが車を停めて、傍にある木造の建物を見上げる。

少し小さいけれど、聞いていた宿の名前も掲示されていて、

確かに合っているようだ。


「それで、駐車場は・・・・・・」

「「・・・・・・」」

うん、少なくとも土地勘の無い私達には、

誰一人として答えられる者はいない。


「では、私が近くの空いた場所を探知魔法で・・・」

「待って、四人もいるんだから、普通に歩いて調べよう?」

こんな時にまで魔法を使うのは、さすがにどうかと思うので、

ひとまずソフィアを制止する。


「すみません、本日お泊りの皆様ですよね?」

そうこうしているうちに、宿の従業員らしき人が、

車のエンジン音を聞き付けたのだろう、急いだ様子でこちらにやって来る。


「横山さんから聞いています。駐車場のほうはこちらに・・・」

うん、だいぶ裏手のほうに案内されたけれど、

ここ、民家のスペースとかじゃないよね・・・?



・・・ようやく中に入ったところで、説明されたことによると、

ここは本来、年に二回ほどのお祭りで、観光客がたくさんやって来る時にだけ、

宿として開くことが多いようだ。


とはいっても町の中心部に近いから、

最初から穴場的な位置づけで、早めに予約してくる人達もいるらしい。


まあ、専業ではないのかもしれないけれど、

宿としてはしっかり営業しているらしいし、良い意味で緩い場所なのかもしれない。


なにせ、依頼を受けてやって来た、遥流華さんに付いてくる形で、

私達三人も、特に身分証など求められることもなく、泊まれるのだから。


『今日は、ソフィアも私の中に隠れたりせずに、

 ここに泊まれるね。』

『はい、アカリ・・・!』

うん、ソフィアが喜んでくれるのが、私にとっては一番だ。



「初めのうちは、横山さんのところの子くらいしか、

 何かがあったということも無かったのですが、

 最近はあちこちで、おかしなものを見たという人も増えています。

 どうか、よろしくお願いします。」

「はい・・・!」

さて、宿の事情についての話を聞いたり、

ソフィアと念話でこっそり話したりしていると、

宿の人と遥流華さんが、少し真剣な空気になっている。


さっきの女の子の家で、地域の人同士の結びつきが強そうだなと思ったけれど、

ここの人達にとって、今回の異変が只事ではなりつつあるのかもしれない。


私達がこうして、緩い感じで宿泊することが出来るのも、

もしかすると、こうした事情もあるのだろうか。


「明日はもう一度、あの家で事情を聞いて、

 この辺りで何が起きているのか、しっかり調べましょう。」

「うん!」

「私も頑張ります、ミソノ・・・!」


遥流華さんが手続きをしている横で、

美園が表情を引き締めて言い、私達も決意を新たにした。



*****



「浴場は一階にあるから、自由に使ってください、ってことだったわね。

 今のうちに順番とか決めておく?」

うん、よく聞く『大浴場』という言い方をしないところで、

何か察してしまうけれど、ともかく私達は四人で泊まっているわけなので、

美園が早めに気を回してくれている。


「私とソフィアは最後でいいよ。少し散歩してこようと思うから。

 それでいいよね、ソフィア。」

「はっ、はい。もちろんです、アカリ・・・!」


「分かったわ。あんた達なら大丈夫だと思うけど、

 一応気を付けてね。」

「うん。本当に散歩してくるだけだから。」


「さらっと二人で入ることを宣言しているのは、

 突っ込まないほうが良いのよね?」

「もちろんです、遥流華さん。」


「うん、後ろから何か聞こえる気がするけど、

 行こうか、ソフィア。」

「は、はい、アカリ・・・!」

少し戸惑い気味のソフィアの手を引いて、宿の外を歩き出す。



「さっき宿の人が言ってた、お祭りの時に椅子が並べられる場所って、

 きっとここだよね。」

「そうですね・・・広い場所のようですし、

 今も座れるもの・・・ベンチと言うのでしたか。

 それもいつか見えますし、おそらく合っているかと。」


「うん。それじゃあ、ちょっと座ろうか。」

「は、はい・・・!」

ソフィアと並んで、広場の一角にあるベンチに腰を下ろす。

部屋を出る時から、手はずっと繋いだままだ。



「さっき、あの女の子と別れる時は、

 少しだけおかしかった気がするけど、何かあったかな?」

美園に話せば、いつも同じようなことをやっているだろうと、

ちょっと険しい視線を向けられそうだけど、

あの時は少しだけ、普段のソフィアよりも唐突だった。


「そう、ですね・・・・・・

 向こうにいた時と、変わらないことをしているつもりでしたが、

 あの女の子・・・ユウコさんやご両親のことを見ていると、

 アカリのすぐ傍に居たくなってしまいました。」

「あの頃は一人だったって、急に思っちゃったとか?」


「・・・・・・はい。そうなのかもしれません。

 今の私は、帰る場所を知っていますから。」

ソフィアが私を見て、ほんの少し寂しそうに、

だけどそれ以上に、求めるように口にする。


「でも、きっとそれだけではないのでしょう。

 あの子は、もしかすると・・・」

「うん。『視えた』上で、ソフィアのことを『妖精さん』と言ったのかもね。」


ついさっき、宿の人は、最初はあの女の子だけが、

異変の影響を受けていたように語っていた。

つまりは、異空間への入口を見付けられたのも、そういうことなのかもしれない。


「悪意などはなくて、純粋な感情で言っているのは分かるのですが、

 少し心が乱れていると、気になってしまうものなのですね。」

「うんうん、誰だって怒ったり悲しんだりする時くらいあるだろうし、

 そんな時があるのも、ある意味ではきっと自然なことなんだよ。」

その少し前に、遥流華さんから『守護霊』と呼ばれたことを、

他ならぬ私が気にしていたばかりだった。


たまたまそういうタイミングだったとしか言えないけれど、

ほんの少し、ソフィアの心に刺さる言葉だったのだろう。


「ねえ、ソフィア。初めて言うわけでもないけど、

 こんな時は、好きなだけ甘えてもらって構わないから。」

「はい・・・ありがとうございます、アカリ。」

ソフィアが手を繋いだまま、私のほうに体を傾けて、

ぎゅっと押し付けてくる。


「そうだ・・・!」

「ひゃっ・・・?」

そっとソフィアの体を包んで、私に触れるように横たえた。



「はい、膝枕はどうかな。

 ここも星が綺麗だって言われるらしいし。」

「わあ・・・! 本当に綺麗です、アカリ。」

今は夏に入るところだから、秋冬のほうがもっと澄んで見えるかもしれないけれど、

それでも見上げれば、満天の星空がそこにある。


あの風が吹く神社からの、帰り道にも見上げたけれど、

それだけで人の心を掴んでしまうようなものが、

星を散りばめた川にはあるのだろう。


「あ、あの、これだけでも凄く良いのですが、

 時々、アカリの顔も、もっと近くにあると。」

「うん・・・! そうだね。」

私も空ばかりを見上げていると、ソフィアが残念がってしまうようだ。

そうならないように、まずは私しか見えないくらいに、

いっぱいに距離を近付ける。


「んっ・・・ありがとうございます、アカリ。」

ソフィアも少し顔を赤くしながら、それに応えてきた。


「あの・・・もうしばらく、こうしていてもいいですか?」

「もちろん、ソフィアの好きなだけ、いいんだよ。」

満天の星空が頭上に広がる中、私とソフィアはしばしの休息の時間を過ごした。

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