第42話 妖精さん

「この異空間について、ある程度の情報は得られたと思うけど・・・

 そろそろ戻ろうかしら?」

私達が入り込んだ異空間の、外の景色よりも増えて見えた明かりを、

一通り確かめたところで、美園が口にする。


「うん、これ以上続けると、夕食の時間も遅くなりそうだし。」

「そ、それは大きな問題です・・・!」

そう、特に差し迫った事情もなく、

食事をお預けにして、ソフィアを悲しませるようなことは、

あってはならないのだ。


「そうね・・・予約した宿にも向かわないと、

 迷惑をかけそうだわ。」

うん、遥流華はるかさんが真面目な答えを返しつつ、

少し遠い目をしているように見えたのは、きっと気のせいだろう。



「戻るとなると、やっぱり最初の公園かしらね。」

「待ってください、ハルカさん。

 あの揺らぎと同じような気配を、近くから感じます。」

「なるほど。出入り口が一つだけとは限らない・・・か。」


「そういえば、遥流華さんが受けた依頼の話って、

 子供が家からいなくなったと思ったら、急に戻ってくるんでしたっけ。

 それを考えると・・・」

「そうね。ここに出入りできる場所は、

 複数あると考えるほうが自然かしら。」

「じゃあ、ソフィア。」

「はい。気配を感じた方向を、集中して調べますね。」

ソフィアがそちらに視線を向けて、探知魔法を発動する。


「・・・ところで、

 さっきからソフィアさんに、色々とお願いしてしまっているけれど、

 負担にはなっていないかしら?」

その様子を見ながら、遥流華さんが心配そうに尋ねてきた。


「大丈夫ですよ。前にもっと長い間、

 あちこちを探知したこともありますし・・・」

「お狐様の時よね。あの時よりは確かに短いでしょうけど・・・

 そもそもソフィアだけじゃなくて、

 あんたにも疲れが出るんじゃなかったの? 灯。」

集中しているソフィアに代わって答える私に、

美園もじっと視線を向けてきた。


「うん。こっちに戻ってきたばかりの頃なら、もっと影響はあったと思うけど、

 今はソフィアもこの世界に慣れてきたから、これくらい平気だよ。

 それに、本当に疲れた時はちゃんと言うから。」

「・・・その『疲れた時』の基準が、他人よりもだいぶ上にありますから、

 時々アカリが心配になるのですが。」

そんな話をしている間に、探知を終えたのだろうソフィアが、

集中を解いて、会話に入ってくる。

うん、既に実例が複数回あるので、私は反論できない。


「ハルカさん、ミソノがそれとなく話してくれましたが、

 私とアカリは、本質的には繋がっています。

 ですから、力を使えばアカリにも負担がかかるのですが、

 疲れさせないよう、私も気を付けますので。」

「ええ、ありがとう・・・そういえば、忘れかけていたけれど、

 ソフィアさんは、灯さんが召喚しているのだったわね。」


「ふふっ、遥流華さんがそう感じてくれているなら、

 私達も嬉しいです。ね、ソフィア。」

「はい・・・! アカリは私がこんな風に、

 一人の人として過ごせるよう、いつも気を遣ってくれますので。」

遥流華さんは最初、ソフィアのことを私の守護霊だと思ったんだっけ。

それを思えば、今の出来事はとても喜ばしいものなんだろう。



「話を戻しますが、異空間の出口らしきものは、

 こちらの方角に、確かにあるようです。公園に戻るよりも近いかと。」

「ありがとう、ソフィアさん。では向かいましょう。」

ソフィアが探知魔法を元に示す方角に、遥流華さんが車を走らせる。


初めはいきなり異空間に飛び込むことになって驚いたけれど、

ひとまずの調査も終えて、落ち着いて戻れそうだ。

そんな風に考えていた時、ソフィアの慌てた声が車内に響いた。


「っ・・・! 何かが、出入り口のほうから、こちらに向かってきます。

 気配は・・・悪霊や幻影のようではありません。

 むしろ、これは・・・!」

「つまり、誰かが私達と同じように、ここに入り込んで・・・?」

「遥流華さん・・・!」

「ええ、速度を落とすわ。慎重に確認しましょう。」

そうして、ゆっくりと走る車の中から、

注意深く前方を確認する私達の前に現れたのは、思ったよりも小さな姿だった。



「あれって・・・女の子だよね。」

「ええ。年齢はおそらく一桁ってところかしら。」

「子供・・・仕事を始めてから見る機会も少ないから、

 どう接すればいいのかしら。」

私と美園が話し合う中、遥流華さんが少し不安そうにしている。

いや、ここにはそういうのが得意な人もいるから、

心配することはないのだけれど。


「私が行きます。ハルカさん、車を停めて下さい。」

「え! ええ、分かったわ。」

その声を聞いていたのか、ソフィアがすぐに声を上げ、

停車と共に外へ降り、歩き出してゆく。

遥流華さんが驚いていたようだけど、私達もそれに続いた。


「どうしたのですか? もうお外は暗いですよ。」

ソフィアが慣れた様子で、柔らかい表情で女の子に話しかける。


「・・・おうち、かえりたくない。」

うん、最初に見つけた時から、少しむすっとした顔だったから、

そんな予感も頭をよぎったけどね・・・

これは本当に、ソフィアがいてくれて良かったやつだ。


「おうちの人達も心配しているでしょうし、

 あなたも帰らないと、柔らかいお布団で眠れませんよ。」

「おふとん・・・・・・」

まだちょっと棘の残る表情の子供を、

ソフィアが余裕をもった雰囲気であやし、家に帰るよう説得してゆく。


「灯さん、ソフィアさんの手慣れた感じは一体・・・」

「ソフィアは、向こうの世界では神殿で働いていました。

 そこは迷子になった子供を保護したり、

 身寄りのない子を引き取ったりもしていたそうですから・・・」

「なるほど。本当に子供とよく接していたのね。」

驚いた様子の遥流華さんに説明している間に、

ソフィアのほうも、女の子の説得に成功したようだ。


「私達があなたをおうちまで送りましょう。

 ほら、頼りになるお姉さん達もいますよ。」

「うん・・・!」

微笑んだソフィアが、私達のことを示している。

それを見ていると、こちらも自然と笑顔になった。

魔法じゃなくても、邪気を祓う効果とかあるんじゃないだろうか。


「ありがとう、妖精さん!」

「私は妖精ではありませんが・・・

 あなたがそう呼びたいのでしたら、構いませんよ。」

ソフィアが少しだけ困った顔で、女の子に微笑んで、

手を引きながら私達の車に連れてくる。


出会った場所も場所だし、

この辺りでは少し珍しいだろう、ソフィアの金色の髪も、

小さな女の子から見れば、そんな不思議な存在に感じられるのかもしれない。


短い時間でもう懐き始めた様子の女の子に、

優しく接するソフィアが、とても美しく思えた。

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