第41話 懐郷風景

「ひとまず、今の状況について整理しましょうか。」

私達の目の前で起きている異変について、

それぞれに気付いたことを伝え合ったところで、美園がまとめるように口を開く。


「まず、私達が今いるのは、何らかの原因によって生まれた、

 いつも過ごしているのとは異なる場所・・・『異空間』とでも呼びましょうか。

 この考えは、みんなも同じで良いかしら。」

「うん、間違いないよ。

 この感じ、お狐様が悪霊に影響された時のお社と、

 少し似てないかな、ソフィア。」

「はい、アカリ。あの時のような邪気は感じませんが、

 近い気配があるのは確かです。」


「お狐様・・・? あとで詳しく聞かせてほしいけど、ともかく私も同感ね。

 時々見かける霊的存在が、特定の場所に浮いているのに比べると、

 今はそういうものに、周りを包まれている気がするわ。」

私とソフィアに続いて、遥流華はるかさんもすぐにうなずいて、

それぞれに違う力の背景を持つ私達が、

同じ感覚を抱いていることは、はっきりとした。



「それで、一応確認するけれど、

 ここからすぐに脱出する必要はあると思う?」

美園の視線が私とソフィアに向く。

いや、分かった上で聞いてるとは思うけれど、

まだ一緒に行動した時間が短い、遥流華さんも今はいるからね。


「私達の誰にも、異常が起きているように見えないし、

 慌てる必要は無いと思うよ。ね、ソフィア。」

「はい! この車の中に張った結界は、まだ残ったままですし、

 外からの強い干渉も、今は感じませんから。」

うん。元々は万が一の事故に備えて張ったはずの結界だけど、

それが今になって、別の方向で役に立っている。


「これ、上手い具合に車の外側には何もしてないから、

 さっきここに入る時、結界でうっかり入口を消し飛ばすなんてことも、

 無かったわけだよね。」

「確かにそうです! 車とは凄いのですね、アカリ。」

「それもそうだけど、凄いのはソフィアの結界だと思うよ。」

「あ、アカリ・・・嬉しいです。」


「・・・美園さん、私はどう反応すれば良いのかしら。」

「この二人と一緒に行動する時は、こういう状況になりやすいものと、

 割り切るしかないかと・・・」

うん、前の二人は何を小声で話し合っているんだろうね。



「さて、危険も無さそうであれば、この空間を調査するのはどうかしら?

 まずは灯とソフィアが見付けた、急に増えた町の明かりとか。」

「うん、賛成だよ。」

「私もです、ミソノ。」

「それが良いと思うわ。」


「では、遥流華さん、お願いします。」

「ええ。任せて、と言いたいところだけど・・・・・・」

「来た道を戻れば、確かにそうなるよね。」

私達の前に立ち塞がるのは、宙にゆらりと浮かぶ何か。

いや、厳密には行く手を塞がれたわけではなくて、

ここから入ってきたというだけの話なのだけれど。


「というわけで、ソフィア。

 ここから出ずに調査を進めるための道は、探知できるかな?」

私達が何か言う前から、既に探知魔法を準備していたソフィアに、

改めて尋ねる。


「はい、アカリ・・・!

 この道の端のほうでしたら、あの揺らぎの影響が及んでいないように感じます。

 少し狭いですが、この車ごと通り抜けることも出来るかと。」

「ありがとう、ソフィア。

 それじゃあ、遥流華さん・・・あれ?」


「異空間で物を壊したら、外にもフィードバックされるのかしら。

 もしかして、これは注意しないと物損事故・・・?」

「ああ・・・・・・」

「アカリ。急にハルカさんが、悪霊に取り憑かれたような表情に・・・?」

「うん。車に乗るって、便利だけど大変なんだよ。」

車の外にも結界を張ろうかという考えが、みんなの頭に浮かんだけれど、

この空間に干渉せず、調査できる状態が失われるかもしれないので断念した。

遥流華さんは頑張った。



「こっちのほうに来ても、細い道が続くのね。」

どうにか公園から出る道を抜けて、ゆっくりと車を走らせながら、

遥流華さんが少し緊張した表情でつぶやく。

私達が最初に見付けた明かりの場所まで、もう少しだ。


「これは・・・・・・都会で見かけた、

 昔ながらの建物に、少し似ているようです。」

やがて、最初のそれを見つけたソフィアが、

思い返すような表情で口にする。


「美園、これはもしかして・・・」

「ええ。実物を見る機会なんてそうそう無いけれど、

 駄菓子屋さんのようね。」


「駄菓子屋さん、ですか・・・?」

「うん。主に子供達向けの、安いお菓子や玩具なんかを売ってるお店だよ。

 ただ、私達の住んでる町では見かけないし、

 物語の中で、そういうお店が当たり前にあった時代や、

 今もそれが残る地域だということを、示すために描かれることが多いのかな。」


「それも確かなのだけど・・・

 都会でも場所によっては、大人達が懐かしい気持ちに浸れるように、

 あえて作られていたりもするものよ。」

「なるほど・・・!」

さすがは都会で占いのお店を出している遥流華さん。

私達が知らないような情報を教えてくれた。



「場所によって、これは『作られたもの』だというような違和感を覚えたり、

 逆に何も感じなかったりするのは、気のせいじゃないわよね。」

辺りを見回しながら、美園がつぶやく。


「うん。きっと気のせいじゃないよ。私も同じだから。」

「推測ではありますが、何も感じないところは、

 この外にある景色そのままなのかもしれません。

 そうでないものは、やはり幻影の気配を強く感じます。」

うなずく私の隣で、探知魔法を辺りに発動しながら、

ソフィアも続けて言った。


「じゃあ、さっき急に増えた明かりは、

 やっぱりそっちのほうなのかな。」

「はい。私もそう思います、アカリ。」

周りを見渡せば、最初に見つけた駄菓子屋さん、

一目で古いものだと分かる牛乳屋さんの看板、

この地域特有の産業に由来すると思われる、小さな工房。

それらの傍に、慎ましい明かりが灯っている。


「共通点を挙げるとすれば、さっき遥流華さんが言っていた・・・」

「大人達が・・・少なくとも、この辺りに長く住んでいる人であれば、

 懐かしいと感じるもの、かしらね。」


今、ここにある景色は、外にある本来の町ではきっと既に・・・

薄暗い中に佇む建物を眺めながら、そんな思いが色濃く浮かんできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る