第36話 再会

そっとお賽銭箱に入れた硬貨が、からりと落ちてゆく音を聞きながら、

頭上の鈴をしゃらしゃらと鳴らす。

礼と共に、ぱちんと手を叩いてから、心を込めてお祈りをする。


こちらの世界に来たばかりの頃は、まだ慣れない様子だったソフィアも、

今はすっかり、自然に作法通り出来ているようだ。


「これで、この辺りの神社巡りも最後か・・・

 良い時間を過ごせたって感じがするよね、ソフィア。」

「はい、アカリ・・・! 一つ一つの神社の雰囲気も、周りの景色も、

 楽しみながら回ることが出来ました。」

私の隣で、ソフィアが清々しい表情で言った。



「私も、家が神社の身として勉強になったし、

 小旅行としても、純粋に楽しめたわね。」

この行程を提案した美園も、ほっとすると同時に、

満足気な表情を見せている。


「それで、この後だけど・・・・・・」

うん、言うと思ってた。

というか、昔ながらの場所とか、神社巡りが良いと思ったのも本当だけど、

近くにもう一つ行きたい所があるだろうことは、私なら簡単に想像がつく。


「いいよ。今日は美園のおかげで楽しめてるし、

 行きたい場所くらい、喜んで付き合うよね、ソフィア。」

「はい・・・! 私にはどんな所か分かりませんが、

 ミソノが好きな場所というのも、興味があります。」


「あ、ありがとう。灯は知ってるでしょうけど・・・

 ソフィアの好みに合うかは分からないけれど、

 もし良かったら、こんな場所もあると思ってもらえると嬉しいわ。」

美園はまだ少し、ソフィアの反応が不安なようだけど、

ともかく、この都会の旅での、最後の目的地となるだろう場所は決まった。



*****



「ここは・・・随分と高低差のある駅なのですね。」

「うん。複数の路線が乗り入れてるし、

 中には、駅前のビルに直接行ける道なんかもあるから、

 ちょっと複雑になってるかもね。」

別の駅が、ゲームに出てくるダンジョンみたいだと言われているのを聞くけれど、

慣れていない私達にとっては、ここだって十分に脅威だ。

何度か立ち止まり、行きたい出口への行き先を、掲示板で確認しながら進む。


「それで、ミソノが見たいものというのは、

 そろそろ分かるのでしょうか。」

直接見たほうが早いということで、道中ではあえて詳しく話していないけれど、

ソフィアも随分と気になっているようだ。


「もうすぐ分かるよ・・・・・・ほら!」

「・・・・・・! これは、大きな壁一面に、何かの絵が・・・!?」


「うん。美園が好きな作品の登場人物達を描いたものだよ。

 あのビルの中では、今見ている絵を小さくしたのとか、

 買い物をすることも出来るんだ。」

「ここに飾られる絵は、定期的に変わっていくんだけどね。

 ちょうど都会に来る時に、タイミングが合うとは思わなかったわ。」

美園が早くも携帯端末を取り出し、写真を撮る準備をしている。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね。」

「うん、気を付けて。」

「み、ミソノ・・・?」


「あの辺で写真を撮るんだよ。

 全員が映るようにするには少し大きすぎるし、通行人もいるから、

 綺麗に撮影できるまで、何度か試す必要があるんだって。」

「た、大変なのですね・・・」

もちろん周りの人に邪魔にならないようにしつつ、

同じ目的の人達がいる場所に近付き、カメラを向ける美園を、

ソフィアが少し驚いた表情で見つめていた。



「ほら、あっちには別の作品の広告が大きく出てるし、

 こういう系統の本や、音楽を聴くためのものを売ってるお店も多いんだ。

 だから、そんな作品が好きな人が、多く集まる場所と言えるかな。」

「な、なるほど・・・!

 あっ、あそこで見慣れない服を着ている人も、そうなのでしょうか。」


「うん。ああいう感じの衣装は、色々な作品に出てくるから、

 その雰囲気を楽しみながら、お茶を飲んだり出来る場所のお知らせだね。」

「そうなのですね・・・私もそうした物語をもっと読んでいれば、

 美園のように楽しめたでしょうか。」

「それは、確かにそうかもね。」

・・・どちらかといえば、その物語の題材にされるような経歴なんだけどね、

ソフィアや私に関しては・・・・・・


「お待たせ、なんとか良い写真は撮れたわ。」

「お疲れ様、美園。そこで買い物はして行かないの?」


「か、買いたいけど・・・その、予算が不安ね。」

「あっ・・・・・・」

「まあ、混んでいなければ、少しだけ見てみようかしら。

 あとは、そこの書店の入口のところも。」

うん、こうしたグッズ類は安くはないし、

女子高生の私達には、簡単に買えるとは言えないものもある。

旅の間、別の買い物もしていたからね。



「なんとか、小さいのを一つずつ買えて良かったね、美園。」

「ええ、せっかくここまで来たのだし、本当に良かったわ。」

しばらくの後、どうにか買い物を終えた美園が、

いつもの調子ながら、声を少し弾ませている。


「昨日、最初に訪れた場所ほどではありませんが、

 どちらのお店も、たくさんの人がいましたね。」

その様子を、私と一緒に見ていたソフィアが、

さっき出てきたばかりの、書店の入口を振り返り、興味深そうに言った。


「思ったより時間を取らせて悪かったわね。そろそろ帰りましょうか。」

「ううん、気にしないで。

 確かに、家に着く頃には夕方くらいだろうから、ちょうど良い時間かな。

 ソフィアもそれでいい?」

「はい。もちろんです、アカリ、ミソノ・・・!」

これで、この都会での旅も、締めくくりといったところだろうか。

日はまだ高いけれど、私達が住む町へ帰るには、それなりの時間がかかる。



「それじゃあ・・・えっ?」

「こちらを見ている気配です、アカリ・・・!」

ソフィアが変に注目されたりしないよう、

私達は軽めに認識阻害をかけて行動していることが多いけれど、

それを突き抜けて、こちらを見ようとしている視線があった。


「二人とも、落ち着いて。

 あの・・・遥流華はるかさん、ですよね・・・?」

美園が私とソフィアを制して、その視線の元に話しかける。


「ハルカさん・・・ああ、昨日の・・・」

「私達の話を聞いてくれた、占い師さんだね。

 服装は違うけど、よく見ればそうか・・・」

うん、昨日の一回しか話をしたことが無いのもあるけれど、

そもそも警戒することばかり、考えてしまったせいもあるだろう。


・・・いや、その点については、何も解消していないのだけれど。


「ああ、やっぱり美園さんと灯さんだったのね。」

遥流華さんがこちらへ近付いてきて、挨拶をする。


「それと・・・・・・失礼でなければ、

 守護霊さん、かしら・・・?」

「「「・・・!!!」」」

ソフィアを見て小声で言うこの人は、やはり只者ではなさそうだ。

旅の終わりでの波乱を感じながら、私達は目を見合わせた。

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