第35話 昔ながらの場所
「うん・・・・・・あら、二人とも、もう起きてたの?」
私達と反対側の布団が、もぞもぞと動いたかと思うと、
少し寝ぼけ気味の様子ながらも、美園が声をかけてくる。
「おはよう、美園。あまり寝付けなかったから、
少し早めに起きて、お風呂に入ってきたんだ。」
「おはようございます、ミソノ。私も同じです。」
「おはよう、灯、ソフィア。
灯が寝付けないなんて珍し・・・いえ、何でもないわ。」
うん、私とソフィアの様子を見て、
美園が言いかけた言葉を飲み込んだようだけど、
気にしないことにしよう。
「ところで・・・それはいつもやってるの?」
「うん、そうだよ。
ソフィアの髪を梳かすのって、気持ちいいんだよね。
すっごくさらさらで。」
異世界から戻って来た後、少し奮発して買った櫛で梳くのは、
もちろん、ソフィアの長い金色の髪だ。
「アカリ・・・嬉しいです!
私も、アカリに髪を手入れしてもらうと、とても心地よいです。」
花が咲いたような表情で、私に身体を預けてくるのを見ていると、
綺麗にしてあげたいという気持ちでいっぱいになる。
「それは良いことだろうけど・・・
灯、自分のほうはちゃんとやってるの?
あまりに適当そうだったから、何度か言ったことがあるわよね。」
「うん、実はね・・・ソフィアの髪をちゃんと手入れするために、
まず自分ので試すことにしたから、前より状態は良いと思うよ。」
「今更ではあるけれど、あんたの原動力は一体どうなってるのよ・・・」
「ありがとうございます、アカリ。
こちらの世界での髪の手入れは、私の元いた場所には無い知識も多いですから、
まだまだ勉強中ですが、いつかはアカリの髪を私が・・・!」
「いいね、お互いに髪を梳かしあうのも楽しそうかな。」
「・・・一瞬、二匹の猫のイメージが頭に・・・
いえ、何でもないわ。本当に何でもないのよ。」
うん、少しばかり失礼な気配が漂った気がするけど、
聞かなかったことにしておこう。
「そういえば、向こうでアカリと会ってまだ日が浅い頃、
髪の手入れを教えてくれたのでしたね。
『私も友達に聞いた知識だけど・・・』と言っていましたが、
やはり、ミソノのことだったのですね。」
「ああ、そうだったね。
元をたどれば、確かに美園のおかげとも言えるかな。」
「そ、そう・・・役に立ったのなら良かったわ。」
美園が顔を赤くしたところで、朝食の時間も近付いたので、
そろそろ支度をするとしよう。
*****
「先程の朝食は、たくさんの種類がありましたね。」
「うん。昨日の夜のほうが手が込んでたと思うけど、
あれは、色々あるから好きなものを選んでください、って感じかな。」
「宿泊学習の時にも思ったけれど、起きる時間は人それぞれだし、
そもそも朝はあんまり食べないって人もいるのよね。
そういうところも含めて、自由に出来る食事というところかしら。」
宿の朝食を終えて、部屋に戻ったところで、
私の中にいたソフィアを、再び召喚してから三人で話す。
今はもう、こうしているほうが普段通りという気分だから、
ソフィアもいつか、ああいった場所に気兼ねせず居られるように出来ればと思う。
「それで、今日帰るまでに、都会を観光する場所は、
美園からの希望があるんだったよね。」
「ええ。昨日は人の多い場所や、海の見える場所に行ったけれど・・・
この辺りの、昔ながらの雰囲気が感じられる所って、見てないわよね。」
「ああ、なるほど。確かにそういう旅もありだね。」
「昔ながらの・・・ですか。」
「ええ。神社にも通じるものはあるけれど、
そうした雰囲気を楽しむのも、良いものだと思うのよ。」
「ちなみに、その近辺に例の場所もあるのは、
あとで行きたいという希望かな。」
「そ、それはついでに寄れればと思っていたくらいよ。
じゅ、順番が違うわ、順番が。」
「・・・ミソノ?」
「まあ、それは後でのお楽しみにということで。」
「わ、分かりました、アカリ。」
うん。美園が何も考えていなかったとは思わないけれど、
まずは最初に言った通り、この都会で昔ながらの雰囲気を楽しむことにしよう。
*****
「この地が昔どんなものだったか、私には分かりませんが、
昨日行った場所とは、大きく雰囲気が異なるのは、確かに感じます。」
やがて、電車を乗り継いでたどり着いた場所で、
ソフィアが辺りを見回し、興味深そうにしている。
それは、年季を感じる看板の文字であったり、古びた暖簾であったり、
建物そのものにも、おそらく新しいものではないと、一目で分かるものがある。
いわゆる女子高生である私と美園、そして異世界から来たソフィアには、
この景色が、本当の意味で『懐かしい』ものかは分からないけれど、
それでも、何かを思い起こさせるものがあることを、感じさせられる。
「そうだ、ソフィア。
せっかくだから、たい焼きの露店で食べてみようか。」
「ああ、いいわね。」
「たい焼き・・・ですか?」
「うん。私達が生まれるずっと前からある、
手軽に食べられる、甘くて美味しいものだよ。」
「はい・・・! ぜひ食べてみたいです!」
甘くて美味しいの部分に、一番反応していた気はするけれど、
ソフィアにも、こういうのを楽しんでもらうのは良いと思う。
「はふっ・・・! ほ、本当に美味しいです!
それに、お魚の形なのですね。」
「うん。この国で縁起がいい・・・
向こうで私が見たのだと、戦勝を願う時に飾る植物とかが、意味は近いかな。
そういう意味のある魚を、元にしてるんだよ。
それもあって、昔から人気があるみたい。」
「なるほど・・・! 美味しくて、良いことも起こりそうな食べ物は、
確かに嬉しいですね。」
口元に少し付いた餡を拭いながら、ソフィアが楽しそうに言う。
「それにね、お店の人が喜んでたよ。
外国のお客さんに食べてもらえるのは、嬉しいって。」
「そういえば、買い物ですので、認識阻害は弱めにしていましたが・・・
私への反応があったのですか。」
「うん。髪が金色だから、別の国から観光に来た人・・・
というイメージがあったんだと思う。」
「ええ。異国の人に、自分達の文化を楽しんでもらえるというのは、
きっと喜ぶ人も多いわ。」
「そうですか・・・!
私は異国どころか、異世界の生まれなのですが、
喜んでいただけたのなら良かったです。」
風に揺れる金色の髪と、ソフィアの笑顔は、
この景色の中で、とても絵になるように思えた。
「それから・・・これは神社の娘としての興味でもあるけれど、
この辺りには神社も色々あってね、
それぞれに健康、商売繁盛、学問などのご利益があるとされているのよ。
もし良かったら、行ってみない?」
「うん。私達もこのところ、よく神社に行っているからね。
こういうのも前より、楽しめる気がするな。」
「はい・・・! 私もいくつかの力をお借りしている身ですし、
この場所にも、ご挨拶したいと思います・・・!」
そうして、昔ながらの雰囲気が漂う場所を歩きながら、
その町並みに佇む神社にお参りをしてゆく。
ご利益を強く求めて歩き回るわけではないけれど、
この地の空気というものを感じながら、伸び伸びと行くのは楽しくて、
それだけでも、私達にとって良いものに触れられたような気がした。
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