幕間3 眠れない夜に

「ん・・・・・・」

私の隣から、少しだけ気怠げな声が聞こえてきて、目を覚ます。


「ソフィア、もしかして眠れないの?」

美園を起こしてしまわないよう、ソフィアに顔を寄せてから、

ささやくように尋ねた。


「・・・! あ、アカリ。

 いえ、全く眠れないわけではないのですが、

 それが少し浅いようで、何度か目を覚ましてしまっています。」

「そっか・・・昨日はたくさん移動したし、

 初めて経験することも色々あったからね。

 身体が少し、付いてきていないんじゃない?」


「はい、そうなのかもしれません・・・

 それに、アカリの部屋の布団に比べると、

 やはり慣れないようで・・・」

「うん・・・? でも行軍の時よりは、

 ずっと休みやすいんじゃ・・・ああ、いつも必要以上なくらいに、

 早起きしてたのが誰か、思い出したよ。」


「そ、それは・・・アカリのために何かしたい気持ちもありましたが、

 確かに、他の人達よりは眠りが浅かったのかもしれません。」

「うん、まあそれは今更か。

 ところで、あまり眠れないのなら、少し窓の外でも見てみる?」

いつもなら、眠れるまでぎゅっとすることもあるけれど、

今は旅先だ。ここでしか出来ないことをするのも良い。


「はい、そうですね。

 よろしくお願いします、アカリ。」

うなずくソフィアの手を取って、そっと二人で立ち上がり、

足音を立てないように、窓際へと歩いていった。



「まだ、日が昇るまで少し時間があるかな。

 すごく早起きしちゃったね。」

「はい・・・でも、これを夜景というのでしょうか。

 大きな建物の光がいくつか、この時間でも灯ったままで、

 でも空には星もあって、少し不思議な光景です。」


「うん、こういうところは、防犯上の理由とかで、

 ずっと電気を付けたままの建物も、それなりにあるだろうね。

 ・・・それって、王城の警備で火を絶やさないのと似てる気もするけど。」

「はい・・・そう考えると、似ているのかもしれませんね。」


「昨日はあちこち行ったけれど、どこが楽しかった?」

「やはり、海です・・・

 伝承や噂話で聞くことしか、向こうでは出来ませんでしたから。」


「そっか・・・楽しんでくれたなら良かったけど、

 海で泳ぐ習慣とかは、聞いたことはない?」

「いえ・・・海辺で食べられるものを収穫するために、

 水の中に入るのとは違うのですよね・・・?」


「うん、向こうの世界ではあるのか分からないけれど、

 こっちの人達は、海の中に入って遊ぶ習慣もあるんだよ。

 もちろん、危なくない時期だけだったり、そもそもの好みとかはあるけれど。」

「そうなのですか・・・私には想像がつきません。」


「確かに、そうだろうね・・・それじゃあ。」

携帯端末を取り出して、そんな風に楽しんでいる人達の写真を検索してゆく。


「ほ、本当です・・・! これだけ広い水の中に入って・・・

 流されてしまいそうな先まで、進んでいる人もいるのですね。」

「遠くに行きすぎると、本当に戻れないほど流されちゃうから、

 注意は必要だけどね。

 でも、暑い季節になれば、こうやって楽しむ人は多いんだよ。」


「それは・・・興味も出てきましたが、同じくらいの不安も・・・

 そ、そして、ここにいる人達は、

 何といいますか、薄着が過ぎるのでは・・・・」

「ああ、普通の服で水の中に入れば、重くなって動きにくくなるし、

 こんな風に軽くて、身体にぴったり合うほうが、泳ぐ時は楽だと言われてるよ。」


「そ、そうなのですか・・・

 ああ、確かに神官服を濡らしてしまった時を思い出すと、

 重かったり動きにくいというのも、分かる気がします。」

「それとね・・・体を鍛えている人とかが、その成果を人に見てほしいとか、

 好きな人にアピールするために、こういうのを身に付ける話も聞くかな。」


「やっぱり、そういう意味もあるのですか・・・!

 は、恥ずかしいです。」

「うーん、ソフィアがそういう恰好をするなら、

 見てみたいとは思うけどね。」


「もう、アカリ・・・その、どうしてもと言うのなら考えますけど、

 アカリにしか、絶対に見せたくありませんからね。」

「うん、それはそれで嬉しいけど。」


「あっ・・・その時は、アカリの同じような服も、

 私のためだけに見せてください。

 それなら・・・や、やっぱり恥ずかしいですけど、構いませんよ。」

「うん、ソフィアが着てくれるのなら、約束するよ。

 でも、それならすごく厳重な認識阻害をかけるか、

 人のほとんどいない海・・・いや、それは無理があるか。」


「厳重な認識阻害ですね。

 アカリのためなら、その季節が来るまでに改良することも考えます。」

うん、急に力が入ったのは気のせいだろうか。


「まあ、そこに無理をしてまでとは言わないけど・・・

 それ以外だと、お風呂場で見せ合うとか?」

「な、なるほど・・・いえ、そこで見せ合おうとすると、

 もう、何と言いますか・・・」

「うん。また別の方向が出てきてしまうかもね。」

それ以上は、言わぬが花というやつか・・・



「そういえば、水着とは違うけれど、

 こういう宿にも、備え付けの寝間着があるのは見た?」

「はい・・・ただ、私達は誰も着ていませんでしたよね。」


「うん。みんな、自分に合ったものが良いという考えかな。

 美園は神社の娘だから、その辺りで何か気を遣ってる可能性もあるし、

 私とソフィアは、行軍にも参加してたからね・・・」

「はい。合わないものを使うのは、

 それだけで自らを危険に晒すとも言えますからね。それに・・・」


「それに・・・?」

「やっぱり、アカリが選んでくれた服を、いつも着ていたいです。」

「あはは。ありがとう、ソフィア。」

ちょっと顔を赤らめるソフィアの頭を、優しく撫でた。



「少し、空が白んできたかな。」

「結局、眠れませんでしたね。」

ソフィアと話している間に、本格的な眠気はやってこないまま、

朝は近付いてきたようだ。


「でも、こうしているのはやっぱり楽しいし、

 気持ち的には休めているのかな。」

「そうかもしれません、アカリ・・・」


「さて、これからどうする? このまま日の出を眺めてみるか、

 眠れないとしても、布団の中に戻るか。」

「えっと・・・お布団が良いです。

 その、出来れば触れていてくれると嬉しいのですが。」


「うん、そうしようか。

 もし汗でもかいちゃったら、そのまま一緒に、

 もう一度お風呂に入るのも良いし。」

「はい・・・そうですね。」

また少し、顔を赤くしながらも、ソフィアがうなずいてくれる。


そのまま体を寄せてきたソフィアを連れて、布団の中へと戻る。

「このお布団と枕は少し合わないようですけど、

 アカリがいれば、落ち着ける気持ちです。」

「うん。私もこうしているのが一番かな。」

朝が来る前に、私達がもう一度眠りに落ちるのかは分からないけれど、

それでも構わないかと思いつつ、お互いの体をぎゅっと寄せ合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る