第34話 賑やかな一夜

呪具についての相談を終えて、日もだんだんと暮れかけてきたので、

美園の家で予約してくれた宿へ。

もちろん、私の親にもきちんと話してあるし、

受付で同意書とやらを提示する準備は出来ている。


『学校の宿泊学習で泊まったよりも、綺麗な建物ですね。』

「うん、ああいう行事で集団で泊まるのと、

 美園の家が大切な娘を預けるために、選ぶような所を比べるとね。」

「さらっと私を、変な引き合いに出さないでくれる・・・?

 まあ、良さそうなところだから、感謝してはいるけど。」


なお、ソフィアは今回も、私の中に隠れている。

宿代を節約・・・という理由ではなく、異世界の生まれであるソフィアに、

身分証明書といったものを求められれば、一発でアウトなのだ。


それに、私とソフィアは繋がっているから、

例え裁判のようなことになろうとも、私達は一心同体だと主張するだろう。

・・・うん、異世界の人を裁けるような裁判があるのかは知らない。



「広めの部屋で二人同室・・・安全面でも安心感でも、

 ご両親がしっかり考えてる感があるよね、美園。」

「さあね・・・このほうが宿代が安いとかいう理由だったりするかもしれないわ。」

『ミソノ、それは・・・・・・』


「まあまあ、見た感じ恥ずかしがってるだけながら、

 そこまで言わなくてもいいよ、ソフィア。」

『なるほど・・・! アカリはよく見ていますね。』

「だから、それを本人の前で言ってどうするのかしら・・・?」


「おっ・・・これは伝説に語られる、枕投げの予感かな。」

『そんな伝説が、この世界にあるのですか、アカリ・・・!』


「やるわけないでしょう・・・?

 宿に迷惑だし、あんたと私でやっても、結果は見えてるわ。」

「今ならそこに、ソフィアの防御結界が・・・!」

『え、え・・・?』

「完封するつもりかしら・・・!?」


「そこでソフィアが、そっちの味方になると解釈しないあたり、

 よく分かってるよね。」

「それなら、同じ言葉を繰り返すわ。

 やる前から、結果は見えてるのよ・・・!」

『話の流れがよく分かりませんが、私がアカリの敵になるのは、

 アカリがどうしてもと言わない限り、お断りしたいですね。』

「うん。それをやるつもりは無いから、安心して。」

ソフィアの声が、ほんの少し沈んだものになったので、

冗談はこのくらいにしておこう。



「そういえば、もうすぐ夕食だったよね。

 部屋まで持ってきてくれるから、何か買いに行く必要も無いか。」

「ええ、ここまでしなくても良かったのにね。」


「まあまあ、夜に子供を出歩かせるのは、

 親としてはやっぱり心配なのかも。」

「そろそろ、あんたのご両親について、

 突っ込みでも入れたほうが良いのかしら?」


「うん・・・? 私は自由にするのが一番だって、

 親も思ってるんじゃないかな。」

「そうね、あんたを見てるとそれが正解だと思うわ。」

『なるほど・・・アカリは自由に、

 しかし羽目は外しすぎないように・・・というところでしょうか。』

「何に目覚めてるの? ソフィアは・・・!」


さて、そんな話をしている間に、夕食の時間だ。

こういう宿だと、やっぱりと言うべきなのか、出てくるものがある。


『アカリ、ミソノ。

 これは初めて見る料理ですが、何でしょうか・・・?』

「ああ、ソフィアのところでは、間違いなく出てこないよね。

 これはお刺身・・・安全な魚を、生のまま食べるように切ったものだよ。」


『魚・・・川を泳いでいるのは見たことがありますが、

 生で食べるのは、想像がつきません・・・』

「うん。向こうでやったら、ほぼ間違いなく体に悪いと思う。

 いや、こっちでもその辺を泳いでるのは、絶対に駄目だけどね。

 こうやって食べられるよう、気を遣ってる人達もいるんだよ。」

「ええ。それも、この国特有のものかもしれないけど、

 私達はここで生まれ育ってるわけだから、抵抗は無いと言えるのかしらね。」


「まあ、感覚共有をするだけだから、

 ソフィアも一度、味わってみたら?」

『はい・・・それではお願いします、アカリ。』

うん、何か覚悟を決めるような空気を少し感じたけれど、

感覚が繋がったことを確認して、お刺身を口に運ぶ。


『・・・!! これは、甘みがあると言うのでしょうか。

 とても、美味しいです・・・!』

「良かった。お魚にも色々種類があるから、

 それぞれ味や食感が違ってね。

 口に合うのなら、たくさん楽しめると思うよ。」


『私はまた一つ、アカリのおかげで大切なものを知ることが出来ました。

 本当にありがとうございます・・・!』

「いや、大げさだからね・・・?」


それからも、少しずつ色々な料理が出てきて、

私と美園も満足することが出来たし、ソフィアも楽しんでくれたようだ。


『今日味わったものは、手の込んだ調理や、

 味付けをしているように思いました。

 私の料理も、もっと美味しいものを作れるのでは・・・?』


あっ、自分の料理を向上させようと、考え始めたようだ。

いつも美味しいから、考えすぎなくても良いとは思うけど・・・

今度、料理の本でもプレゼントしようかな。



「さて、夕食も終わったし、

 もう宿の人が出入りすることも無いだろうから・・・

 ソフィア、召喚するよ。」

「い、いいのですか?」


「まあ、客の部屋を監視してるなんてことになったら、

 宿としては大変なことになるからね。気にすることは無いと思うわ。」

「わ、分かりました・・・アカリ、お願いします。」

そしてソフィアが、今日の半ば以上を過ごしたのと、同じ姿で現れた。


「こういうの、本で読んだ『お泊り会』みたいで、嬉しいです。」

「ああ・・・そういえばそうね。」

「宿泊学習の時は、出てくるわけにもいかなかったからね。

 まあ、あの時はあの時で、そんなイベントも無く寝るか、

 深夜に三人で抜け出すことしかしなかったけれど。」

「後者については、よく聞くお泊り会よりも、

 余程思い出に残りそうなイベントでしょうけどね・・・」


「ふふっ・・・でも、向こうの世界にいた頃に、

 アカリのほうでの学生の習慣みたいなものを聞いて、

 少し憧れてはいたのですよ。

 こうして実現するなんて、夢のようですが。」

「そうだったのね・・・それなら、ソフィアが楽しめそうな話でもする?」

「いや、それもいいけれど・・・」

私は荷物の中に、密かに忍ばせていたものを取り出す。

いや、ソフィアもとっくに知ってはいるけれど・・・


「さあ、罰則デコピン付きカードゲームの時間だ!」

「そっちのほうに走るのね・・・まあ、分かったわよ。」

「はい、楽しみです・・・!」

私とソフィア、二人だけでも時々遊んではいるけれど、

やっぱり三人以上のほうが、ゲーム性は高まるよね。


ちなみに、ソフィアの記憶力が良いのはよく分かっているので、

それが問われる系の遊びでは、勝てる気がしない。


なお、熱が入りすぎると気配をうっかり読み出すことがあるので、

私達の遊びには、そんな注意点も必要である。



「・・・うん。私が一番負けたことだけは、

 間違いない気がするわ。」

しばらくの時が経った後、

少しおでこを赤くしながら、美園が口にする。


「その、強く叩きすぎていたらごめんなさい、ミソノ・・・」

「いいえ、灯のほうが余程強めに打ってくるから、

 ソフィアは気にしないでいいのよ。」

「あ、アカリ・・・?」


「いや、私は抑えてるつもりなんだけど、

 そもそもの力が強いらしくてね。」

「分かってるなら、もう少しの配慮を希望するわ。

 ところで、ソフィアは大丈夫なのかしら?」


「いや、私とソフィアは繋がってるから、

 叩く前に、物理攻撃無効みたいにしておくのは、簡単だよ。」

「ほう・・・何か私に思う所でもあるのかしら?」


「ううん、こういう時は正面から戦えることを、

 楽しく思ってるよ。」

「くっ・・・! 枕の一つでも投げたくなったのに、

 私の中の何かが邪魔をしてくるわ。」


「アカリと戦うという表現は苦手ですが・・・

 競い合う関係は、楽しそうにも感じます。」

「私とソフィアだったら・・・

 どっちのほうが恥ずかしがってるか、とか?」

「もう・・・その言い方が既に恥ずかしいです、アカリ・・・」


「・・・私、そろそろお風呂に入って来るから、

 二人でゆっくりしていていいわよ。」

美園が静かに寝間着やタオルの準備を始めたので、

言葉に甘えることにしようか・・・

「いや、配慮する方向ではないのですか、アカリ・・・?」


ともかく、ソフィアと美園と三人で、

賑やかな時間を過ごせたことは、とても楽しい出来事だったと思う。

眠りにつくまでもう少し、私達なりの時を過ごそうか。

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