第30話 風は吹いて

「それじゃあ、しばらく休めたことだし、

 そろそろ行こうか?」

「はい、アカリ・・・!」

「ええ。まだ旅は始まったばかりだものね。」

冷えた飲み物を楽しんだところで、私達は席を立つ。


「この辺りの散歩は・・・もういいよね。

 まずは駅まで戻ろうか。」

「はい・・・ところで、駅へと向かう道は、

 あの一つだけなのでしょうか?」

「いいえ、そんなことは無いわよ。

 私もあそこを、すぐに引き返したいわけではないからね。」


「そうですね・・・私もミソノと同じ気持ちと、

 他の道も見てみたい思いがありまして。

 ここから離れた通りにも、また別の雰囲気があるようですから。」

「あはは、ソフィアはしっかり見てるよね。」

「何か、私が少し残念な立場に追いやられた気がするわ。」


うん、ソフィアの純粋な好奇心が、私達の心に吹き抜けたところで、

希望通りに高架下をくぐり、別の道から駅へと歩き出す。


「ここは・・・人も多いですが、乗り物も多く通っているのですね。」

線路を挟んで反対側にあたる道は、また違った空気が漂う。

左右に並ぶ建物も、私達の住む町からすれば大きなものばかりなので、

ソフィアも引き続いて、周囲を興味深そうに見つめている。


行き交う人の数も、先程までよりはだいぶ少ないので、

多少は落ち着いて、この場所を楽しめているだろうか。


そう感じ始めた頃に、思いもよらぬ出来事というものは、

飛び込んでくるのかもしれないけれど・・・



「アカリ、ミソノ・・・何か嫌な気配を感じませんか?」

「うん・・・? ああ、なんとなくだけど、分かるかな。」

「・・・・・・私は、あまり感じられないわ。

 霊体ではないのかしら。」


「うん。その通りだよ、美園。

 多分、ソフィアが感じているのは・・・」

「はい。確かに『悪霊』とは違っているようです。

 これはきっと、『悪意』なのでしょうね。」


「悪意・・・? 確かに、これだけ人がいれば、あってもおかしくは無いわ。

 でも、それを一つ一つ気にしていれば、切りが無いのではないかしら。」

「それは、きっとミソノの言う通りなのでしょう。

 ただ、私も全てを感じられるわけではありませんし、

 ここまではっきりと、感知できるとなると・・・」


「ああ、何かありそうなんだね。

 とりあえず、そこへ向かってみる?」

「それなら、仕方ないわね。

 でも、こんな場所だし、本当に気を付けなさいよ。」


「うん、十分に気を付けるよ。

 ね、ソフィア。」

「はい、認識阻害などは十分にかけた上で、近付きます・・・!」

そして私達は、小走りにソフィアが感じた場所へと向かった。



そこにいたのは、私達よりはおそらく少し年上の・・・

平板的な言い方をするなら、若い女性とでも表されそうな二人。


そして、そこに話しかけている、

いかにもという感じの、やや柄の悪そうな男性が数名。


話の詳しいところまでは聞こえていないけれど、

少なくとも女性たちのほうは嫌がっているのが、はっきりと分かる。

男性たちはそれを知ってなお、強引に話を進めようとしているようだ。


「灯。分かっているとは思うけど、

 いきなり止めに入ったり、その勢いで殴りかかったりするのは、

 お勧めできないわよ。」

「うん。美園が私をどう思っているか分からないけど、

 後者の手段は、なるべく取らないようにするよ。」

「いや、その回答に不穏なものを感じるんだけど・・・?」


「まあ、本当なら、通報するのがいいんだろうけど、

 それを待つ時間があるのか分からないから・・・ソフィア。」

「はい・・・! これはきっと、急に強い風が吹いて、

 悪意がある人達の、目にゴミでも入ってしまうだけのことです・・・!」

ソフィアが前方に手をかざすと、びゅうと風が吹き抜け、

たまたま巡り合わせが悪かったのだろう、

男性たちが目を抑えるなどして、苦しみ始める。


『今のうちです、逃げて下さい。』

その風に乗って、女性たちが何かを耳にしたような表情で、

背中を押されるように、ぱたぱたと小走りに去っていったのも、

きっと、何かの偶然なのだ。



「というわけで、私達が認識阻害で、少し離れたところから見ている間に、

 何かが起きたみたいだね。」

「白々しいにも程があるわ・・・!」


「まあ、少し目が痛くなるくらいで、

 本質的に人を傷つけるような風ではない・・・ように思えますから、

 過剰な介入ではないはずです。」

「うんうん、ソフィアの言う通りだね。」


「灯・・・妙なごまかし方を、ソフィアに教えてるんじゃないでしょうね。」

「まあ、それは置いておくとして、

 あそこでほっとしている顔を見ると、やっぱり間違いとは思えないんだよね。」


「・・・ええ、それはその通りだと思うわ。

 いつも今みたいにするわけには、いかないでしょうけど、

 ソフィアや灯が、余程強く感じるものなら・・・ということになるのかしら。」

「はい。簡単に力を使うべきでないことは、私も分かっているつもりです。」

「そうだね、そのことはしっかりと心に留めておこう。」


「しかし・・・悪霊とは違うことは感じていましたが、

 このようにはっきりと分かる、悪意もあるのですね。」

「うん。元は人が持つ『負の感情』・・・とでも言えばいいかな。

 そこは同じなのかもしれないね。」

「そうね・・・もしかすると、そうした思いを強く持った人が、

 別の存在となる出来事を経て、『悪霊』というものに成るのかもしれないわ。」


「それじゃあ、そろそろ行こうか。

 まだまだ都会で見られるものや、勉強になるようなものもあるだろうし。」

「そうね・・・立ち止まっていても、仕方ないわ。」

「はい、行きましょう。アカリ、ミソノ・・・!」


私達もまた、世間から見れば『若者』と呼ばれることだろう。

まだまだ分からないことや、それでも貫き通したいものはあるけれど、

前に進み続けることで、新しいものが見えるのかもしれない。


やがて見えてきた大きな駅で、私達は人波をかき分けるようにして、

次の目的地に続く改札をくぐった。

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