第5章 大都会の片隅で

第29話 人波の中で

「突然だけど、都会のほうに行くことになったわ。」

宿泊学習を終えて、帰ってから間もない週末、

神社に私達を呼んだ美園が、それを告げる。


「それはまた、急な話だね。」

「何かあったのですか、ミソノ?」

尋ねる私達に、美園が改まった表情で話を続けた。


「私達が最近祓った、悪霊が取り憑いていた呪具があるでしょう?」

うん、忘れるはずもない。

一つは、ソフィアが水神様から力を授かることになった、

あの川の事件を引き起こしたもの。


もう一つは、お狐様と出会った社に置かれていた、

その主か、または遣いにも悪い影響を及ぼして、

私達でも乗り越えるのは簡単ではなかった、認識阻害を引き起こしていたものだ。


どちらも、周囲にいる複数の人を操るような動きを見せており、

強い力を持った存在だったと言えるだろう。



「二人も知っての通り、あの呪具はうちの神社で預かって、

 調べることにしていたけれど・・・

 やはり、その道に詳しい人に見てもらったほうが良い、

 という結論になったのよ。」

「なるほどね。その詳しい人が、都会にいるってこと?」


「ええ、その通りよ。

 それで・・・前にソフィアが、都会に行ってみたいと話していたから、

 もし良かったら、二人も一緒にどうかなと思って。」

「なるほど。都会に一人で行くのが心細いから、

 私達にも来てほしいと。」


「さらっと裏の心まで読んでくるんじゃないわよ・・・!

 ええ、そうよ。ここからだと移動だけでもだいぶ時間はかかるし、

 あんな人の多いところまで、一人で行って用事を済ませるのは疲れるわ。

 誰かと一緒のほうが、気は楽なのよ。」

「うん、正直でよろしい。」


「アカリ、よく分かりましたね。」

「だって、子供の頃に二人で遊んでた時、はぐれたらすぐに泣いてたし、

 少し前に、美園が一人で同じようなお使いに行かされた時、

 愚痴を聞いてあげたのは、他ならぬ私なんだから。」


「あんたねえ・・・ソフィアにまで余計なことを広めてるんじゃないわよ。」

「え・・・? 私がソフィアに隠し事をするとでも?」


「うぐっ・・・! ええ、ええ、そうでしょうね。」

「アカリ・・・ミソノが本当に嫌なことは、隠して良いのですよ。」

「うん、多少は気を遣うよ。多少はね。」

「信じて良いのか、分からない言い方をするんじゃないわよ・・・!」


そんなこんなで、少しばかりドタバタした後、

落ち着いたところで・・・


「ともかく、都会に行くのは次の週末よ。

 一応は神社のお仕事ってことになるけれど、

 日帰りであちこち見て回るのは難しいし、友達の案内も兼ねて、

 一泊できるよう親に掛け合っておくわ。」

「さすが美園、仕事が出来るって感じがするね。」

「・・・今のアカリのような行動を、手のひらを返すと言うのでしょうか。」


うん、ソフィアの勉強の成果と、辛辣な言葉を同時に受けた気がするけど、

それから、美園の希望は無事に通り、

私達は都会への小旅行に出かけることとなった。



*****



「電車に乗るのは、あの川へ行く時にも経験したことですが・・・

 乗り換えというものをしてから、

 周りに人が、だんだんと増えてきたように思います。」

そして出発の時を迎え、都会へと近付きつつある中で、

ソフィアが不安げに、辺りを見回し始める。


「うん。都会へと向かってゆく方向に乗っているから、

 私達と同じように、そちらに出かけようとする人が、

 どんどんと増えてゆくんだよ。」

「今はまだ、朝といっても良いくらいの時間だから、

 都会のほうが行き先の電車が混んで、

 逆に夕方くらいになったら、都会から離れてゆくほうが混みやすい・・・

 なんて話もあるわね。」

「なるほど・・・都会との行き来をする人達は、

 そんなにも多いものなのですね。」


うん、人が多いなんて言葉では、表しにくいものがあるけれど・・・

私達がこれから向かう先で、ソフィアにも実際に見てもらったほうが、

それをしっかりと感じられるかもしれない。


「あ、アカリ・・・こんなにも溢れそうなほど、

 電車というものは、人を乗せるのですか?」

あっ・・・そう考えている間に、大きな駅まであと数駅というところで、

都会の洗礼のようなものは始まってしまったようだ。


「多分、次の駅でもまた少し増えるから、

 心の準備をしておいてね、としか今は言えないかな・・・」

「は、はい・・・!」


「それから、都会の駅に着いたら、

 最初からこんな状態の電車に、乗り込むようなことがあるかもね。

 大きな駅とかなら、下りる人もその分多いだろうけど。」

「わ、分かりました・・・! 戦場へ行く覚悟でいます!」

「ちょっ・・・大げさすぎるわよ。」

うん、今はこれ以上、ソフィアを不安にさせるのは止めておこう。


ちなみに、認識阻害を始めとした対策で、

私達の所までぎゅうぎゅうに押し込まれたり、話し声が響かないようにはしている。

ソフィアを危険な目に遭うことは、絶対に避けたいからね・・・



「とりあえずだけど、この国で一番というくらい、

 人が多いと言われている、とある道へ行ってみようか。」

「こ、この駅の中だけでも十分に多いですが、

 それ以上の何かがあるのですか?」


「確かに、私も試しに見てみたことはあるけど、あれはある意味で壮観よね。

 せっかく都会に来たのだから、一度見ておくのは良いと思うわ。」

「み、ミソノもそんな経験を・・・分かりました。

 少し・・・ではなく不安ですが、

 そこへ連れて行ってください、アカリ・・・!」

うん、覚悟は決まったようだ。

どうにか混雑が控えめな車両に乗り、それが待っている駅へ。

電車を降りた時点で行列のような状態なので、

人波に呑まれないよう、ソフィアの手をぎゅっと握って歩いてゆく。



「な、なんですか、これは・・・・・・アカリ?」

「うん。何かと言われれば、道の仕組みとしてはどこにでもある、

 『交差点』ってやつなんだけどね。」


「そ、それはそうかもしれませんが、

 いえ、交差する数も多いような気がしますが、

 信号が変わる度に、何か大きな群れが移動を始めるような光景が・・・」

「そうなんだよね。ただ人がたくさんいる、交差点のはずなんだけど、

 この場所の熱量というか、ただそれだけでないものを感じてしまう、

 そういう場所なんだ。」


「ほら、写真を撮っている人があちこちにいるわよ、ソフィア。

 そういう思いを抱くのは、私達だけでもないってこと。」

「そ、そうですね・・・しかし、この人達は一体どこへ行くのでしょう。」


「うーん・・・色々ありすぎるからね。

 新しい流行の服を買う人とか、音楽の媒体を買ったり、

 あるいは演奏を聴きに行ったり。映画も見る人もいそうだよね。」

「ええ、強いて言うなら遊んだり、買い物をする場所が多い・・・のかしら。」


「まあ、私達もここに詳しいわけではないけれど。

 一度くらい行ったり、話を聞いたりする限りは、そんな風に思うよ。」

「は、はい・・・」

だいぶ圧倒された様子で、ソフィアが私達の話にうなずいた。



「ふう・・・歩いている間も、ずっと人に呑まれたような気分でしたが、

 飲み物をいただいて、ようやく落ち着けた気持ちです。」

せっかく来たのだからと、少しばかり散歩してみたところで、

ソフィアがだいぶ疲れてしまったので、近くのカフェへ。


都会に着いてから、雰囲気に呑まれている感があったソフィアも、

少し調子が戻ってきたようだ。


「ごめんね、ソフィア。

 思った以上に影響を受けちゃったみたいで。」

「いえ、アカリ。

 私も私で、周囲の気配を感じすぎてしまったせいでしょう。」


「ああ、今までの調子で、気配を探ろうとしちゃった?」

「はい。しかしここは人が多すぎて・・・

 いえ、単純な数だけではなく、アカリが教えてくれた、

 熱量というものかもしれません。」


「そうだね。私もこういう場所で、

 ソフィアに教えてもらった気配の探り方をしたら、

 情報量が多すぎて混乱するかも・・・とは思うよ。」

「私はやり方が違うのでしょうけど、

 ここで目的のものを見つけるのは、おそらく困難でしょうね。」


「アカリもミソノも、そうなのですね。

 私も、意識的に気配を探らないようにすることと・・・

 場所に合わせて、より薄く感じることを考えたいと思います。」

「あはは、さすがソフィアは一段上の考え方をしてくるね。」


「おかげで、良い勉強になりました。

 連れてきてくれてありがとうございます、アカリ、ミソノ。」

「勉強じゃなくて、観光のつもりだったんだけどね・・・」

「まあまあ、ソフィアにとって為になる時間になったのなら、良かったよ。」


少しばかり慌ただしい旅の幕開けになったけれど、

この先もたくさんのものを感じられれば良いな。

そんな風に考えながら、私達は暫しの休息の時間を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る