第28話 ただいま

『アカリ、筋肉痛は大丈夫ですか?』

「うん。そこまでひどくはないけど、こっちの世界で使うと、

 ここまで反動があるとは思わなかったなあ・・・」


穏やかな風吹く神社へと、泣いていた『子供』・・・

離れ離れになるまでは、長らく神社の一部でもあっただろう存在を、

深夜に送り届けた翌日、私を待っていたのは、まさかの筋肉痛。


いや、原因が昨夜の身体強化にあることは、

分かり切っているのだけれど。


『向こうの世界にいた頃、アカリは魂の一部を喚び出された状態でしたし、

 国を挙げての召喚で、魔力の補助も多くありましたからね。

 こちらの肉体で行使する場合、勝手が違うことも考えられるかと。

 ・・・安易に使う前に、私も思い当たるべきでしたが。』

「いや、それを言うなら私自身がまず気付くべきだし、

 気にしないで、ソフィア。」

ソフィアが申し訳なさそうにしているけど、

そもそも言い出したのは私だし、彼女は何も悪くない。



「他の生徒達も、山登りそのものの影響で、

 筋肉痛という人も多いみたいね。

 そのおかげというのも何だけど、怪しまれたりはしないと思うわ。」

美園も少し疲れた表情を見せつつも、フォローを入れてくる。


「ところで、私もご多分に漏れず足腰が痛いけど、

 腕も痛いってどういうことかしら?」

「うん、次があるかは分からないけど、

 その時は速さを抑えるよう心掛けるね・・・」

しっかり掴まりすぎたというやつだよね、それは・・・

あっ、ソフィアがちょっと黙ってるから、後でちゃんと話すとしよう。



「そういえば、灯は肉体があるから、

 筋肉痛が余計にひどい・・・というようにも聞こえたけど、

 ソフィアの場合、どうなるのかしら?」

『そうですね・・・私は本来、魂だけの存在ではありますが、

 疲れなどはしっかりと感じますし、アカリが召喚してくれている間は、

 その身体にも影響は反映されます。』

ふと問いかけた美園に、ソフィアが答え、

思い返すように話を続けてゆく。


『アカリの件で話したのは、魔力の補助という点も大きいですね。

 魂だけの状態であれば、その魔力とも溶け合いやすいと言われますから。

 そこが関わって来る場合、肉体があるかないかの差も、確かに考えられますね。』

「そ、そうなのね。詳しい説明、ありがとう。」

うん。ソフィアが真面目に考察したい話題と重なったせいだろうけど、

予想を上回る密度の答えが来て、面食らったのは何となく察した。


『そういえば、筋肉痛の症状を考えるなら、

 アカリがミソノを背負っていたことも、計算に入れる必要がありますね。

 やはり、自分と同じくらいの人を背負うのは、影響は少なくないでしょう。』

「・・・・・・私、もう少し痩せるわ。」


『えっ・・・・・・? あっ・・・!

 す、すみません、ミソノ。そういうことを言いたかったわけでは・・・!』

うん、ソフィアの元いた世界では、

食料の事情的に、食べ過ぎなんて状態は起きにくいからね。


今のがいわゆる、地雷を踏んだというやつであることに、

自分で気付けたことを、凄いと思うことにしよう・・・

冗談を抜きにしても、ソフィアがこちらの世界について、

理解が進んできているのは確かなことだろうから。


「いいのよ、これは私の問題だわ・・・」

「美園、大丈夫。そこで重さを意識するほど、私は弱くないよ。」

「フォローになってないのは気のせいかしら・・・!?」

うん、ちょっとした事故はあったけれど、

美園もこのくらい元気なほうが良いだろう。



*****



「あとは、お土産を買いたい人は買って、帰りのバスに乗るだけね。

 灯とソフィアはどうするの?」

「それはもちろん、夕食で美味しかったお肉を、

 少しでも再現できそうなものだね。使えうお金の制限はあるけれど・・・」

『私も賛成です、アカリ・・・!』


「あなた達、ぶれないわねえ・・・

 でも、夕食といえば、山菜も美味しかったのは確かだから、

 両親達に、その辺りを買ってみようかしら。」

「うっ・・・そういうところに気を回せる美園には、

 少し遅れを取った気がする。」


『アカリのご両親は、仕事の関係で、

 離れて暮らしているのでしたよね。』

「うん、だからこそ、私は好き勝手やれているとも言うけれど。」

「あんたの場合は、本当にそうとしか思えないわ。」


『そ、その、いつかアカリとご両親が会う時が来たら、

 私もご挨拶して良いのでしょうか。』

「それはもちろん! いわゆる霊感が、どこまであるのかによって、

 伝え方はちょっと考えたほうが良いかもだけど。」


「まあ、ソフィアが拒絶されるようなことは、無いと思うわよ。

 むしろ、生活面をちゃんと見てくれる人が出来たって、

 歓迎されるのではないかしら。」

「うん、自分で言うのもなんだけど、私もそう思うよ。」


「は、はい・・・! それでは、アカリの夜更かしには、

 これまで以上に注意しなければなりませんね。」

「うっ・・・今回みたいな時以外は、なるべく気を付けるね。」

「息が合っていて何よりだわ、あなた達は。」


そうして、帰りのバスでもソフィアが外の景色を眺めつつ、

私は筋肉痛で少し静かに、美園は夜更かしの影響も加わって眠そうに、

移動の時間を過ごして、私達は学校へと戻ってきた。


「まだ終業には早いけど、これで解散というのが良いね。」

「まあ、私達みたいに色々していなくとも、

 長距離の移動は疲れるから、妥当だとは思うわ。」


『旅は楽しかったですが、

 ここまで来ると、早くお家に帰りたくなるものですね。』

「うん、本当にね。」

「私も同感よ。」

そのまま宿泊学習も解散となり、

美園といつもの帰り道を歩き、週末に一度集まる約束をして別れ、

私とソフィアも久し振りな気持ちで帰宅した。


いや、丸一日家を空けていたのは、昨日だけではあるのだけれど、

初日は朝から出かけ、今も夕暮れが近い時間だから、

気持ちとしては、そう短いとも感じないものだ。



*****



「ただいま、ソフィア。」

『は、はい・・・! いえ、私も一緒に行っていましたが。』


「あはは、それはそうなんだけど、言ってみたくなってね。」

『あっ、アカリ。その・・・』


「うん、分かってるよ。」

少しもじもじした様子のソフィアを、こちらの服を着た姿で召喚する。


「ただいま戻りました、アカリ。」

私の隣に現れると共に、ソフィアがこちらに向かい、微笑んで言った。



「私も一緒に、旅してたんじゃなかったの?」

「旅の間、私はほとんどアカリの中にいましたから、

 今は本当に、ただいまの気持ちです。」

さっきの言葉と同じことを、笑って返すと、

ソフィアが微笑みの中に、少しだけ真面目な顔も見せつつ言う。


「その、ずっと、こうしたかったんですから。」

そして、私の胸の中へと、ぽふりと飛び込み、

そのままぎゅっと抱き着いて来た。


「うん。それは私も、同じ気持ちだよ。」

甘えるソフィアの頭を撫でつつ、もう片方の手で抱き締め返す。


「アカリ・・・子供のような我儘を言ってもいいでしょうか。」

「もちろん。ソフィアなら、いくらでも。」


「それでは・・・えいっ!」

ソフィアが私の背中に周り、もう一度ぎゅっと抱き着く。


「その・・・気にしているような状況ではなかったのは、

 十分に分かっているのですが・・・あの時、アカリの背中を独り占めできる、

 ミソノがうらやましかったです。」

「それは、本当にごめんね・・・

 ソフィア、ちょっとだけ手を上にあげて。」


「は、はい・・・?」

「それじゃあ・・・はい! これで、あの時と一緒だよ。」

身をかがめ、両手でソフィアの身体を支えながら立ち上がれば、

昨夜、美園を背負った時と同じ体勢となった。


「はい・・・! 本当に子供のようですが、

 嬉しいです、アカリ・・・!」

「うん、それなら良かった。

 ところで、朝からずっと移動で、結構汗もかいちゃってるから、

 一緒にお風呂に入って、ゆっくりしない?」

「はい、そうしましょう!」


そしてソフィアを背負ったまま、私はお風呂場まで歩き出す。

背中越しにも伝わる嬉しそうな様子と、ちょっと緊張したような息遣いに、

私もまた、温かいものを感じていた。

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