第27話 穏やかな風に乗って

「よし・・・誰にも気付かれてないね。」

静まり返った宿舎の前。

私と美園と、この世界の服を身に纏い、飾り紐を抱いたソフィアがいる。


「認識阻害と、お狐様の力の併用は上手く行きましたか?」

「うん。同じ部屋の生徒達には、

 私と美園がちゃんと寝てるように見えてるはず。

 もしトイレとかに起きる人がいても、安心だね。」

「あの時のお社でも、『人を化かす力』が使われてたから、

 こういうことが出来るのは分かるんだけど・・・

 術の発動元が、私達が初日に作った木彫りの人形とは思わなかったわ。」


「あはは・・・何か起点となるものがあれば、術がより安定するのは確かだけど、

 ちゃんとした物を、家まで取りに帰るわけにもいかないからね。

 私達が自分の手で彫ったものだから、効果としては問題ないよ。」

「アカリやミソノが言った通り、様々なものは繋がっているのですね。」

「この繋がり方は予想外だわ・・・」


ちなみに、ソフィアは飾り紐と一緒にいたい様子だったので、

術の発動自体は、私が召喚術でソフィアの力を喚び出している。

私とソフィアも、確かに繋がっているのだから。



「それじゃあ、行くよ。美園は私の背中に掴まって。」

「これ、本当にやるの?」

「大丈夫ですよ、ミソノ。

 アカリと私は、何度も使ったことはありますから。」


「はいはい、出発するよ。」

まだ不安そうな美園を私が背負い、ソフィアは飾り紐をしっかりと抱いて、

身体強化の魔法を発動する。


「ちょっ・・・! は、速いわよ。

 これ、もう少し何とかならないの・・・?」

「のんびりしてたら朝になっちゃうし、少しだけ我慢してね。」

「この子を、早く帰してあげたいですからね。」

少しばかり脅えた声が、私の背中から聞こえるけれど、

今は飾り紐を送り届けることを、優先させてもらおう。


宿舎からそう遠くない場所にある、

神社へ続く山道に入り、念のために認識阻害を強化した上で、

頂上へと続く石段を駆け上がる。


魔法を使えばあっという間だと、あの時美園に言ったのは、

まるっきり冗談というわけではないのだ。



最初に登った時と同じように、周囲の空気が変わり出し・・・

鳥居が近付いてきたところで、歩みを一度止める。


さすがに人の家の門とか玄関みたいな場所を、

駆け抜けて突破する気持ちにはなれないし・・・

この子にも、確認は必要だろうからね。


「あなたのお家は、この先で間違いありませんか?」

ソフィアが飾り紐に語り掛けると、それは光に包まれ、

初めに出会った時と同じ、子供の姿へと変わる。


「・・・!」

そして、今度は笑みを浮かべ、

こくりとうなずく様子に、ソフィアも微笑んだ。


「それでは、もう少しです。一緒に行きましょうか。」

ソフィアが『子供』の手を取り、

今度はゆっくりと、石段を登り始める。

私達もそれに続き、やがて鳥居の前へとたどり着いた。



この場所には変わらずに穏やかな風が吹き、

だけど少しだけ違うようにも感じる。


最初に訪れた時には、辺り一帯を包むように吹いていた風が、

今は招き入れるように、神社の奥へと向かっている。


「・・・・・・!」

そして『子供』がソフィアの手を放し、笑顔を見せると、

鳥居へと駆け出した。


きっと、この先は今、私達が進むべき場所ではない。

誰に言われずともそれを感じながら、その様を見守っていると、

『子供』が鳥居の境で振り返り、こちらにぺこりと一礼する。

そしてその姿は、光となり消えて行った。



「無事に、あの子を帰せたのですね。」

「うん。お疲れ様、ソフィア。」

「色々と信じられないものを見た気持ちだけど・・・

 私達も、最後にご挨拶をして、帰りましょうか。」


美園が詞に近い響きで、この度の来意と、

明日にはこの地を離れる旨の挨拶を紡ぐ。

そして私とソフィアも並んで、祈りを捧げた。


「では、帰りましょう。」

「うん。行こうか、ソフィア。」

「はい・・・いえ、少し待ってください。

 神社の奥から気配が・・・!」


気付けば、風の流れが変わり、

奥からこちらのほうへと向かう形となっている。


そして、それに乗って光の粒が流れ込み、

ソフィアの前で寄り集まると、小さな玉を形作った。


「これを、私に・・・ということですね。」

ソフィアが掌を差し出せば、光の玉はその中へと、

静かに吸い込まれてゆく。


「ありがとうございます。大切にしますね。」

一礼するソフィアに、鳥居の向こうから、

『子供』の姿が一瞬現れ、微笑んだように見えた。



「これで、この旅も本当に終わりなのですね。」

「まあ、まだ朝からバスに乗って、

 景色を見ながら帰る時間もあるけどね。」


「はい・・・しかし、今の時間を思えば、

 きっとこの出来事が、私の心に一番残るのでしょう。」

先程まで子供と繋いでいた手を、ソフィアがそっと胸に当てる。


「確かに、私達もそうね。

 それに、おまけもいただいた気持ちだわ。」

「うん。この景色も、本当に綺麗だね。」


私達が石段を下り始める頃には、風の流れは元に戻り、

辺り一帯を包むように、穏やかに吹き始めている。


そして、その風が空の雲を全て吹き飛ばしたかのように、

帰り道を歩く私達の頭上には、満天の星空が広がっていた。

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