第26話 帰る場所

「強風に向かって進むのは、ちょっと辛いけど、

 私達にもはっきりと気配が見えてきたかな、美園。」

「ええ、確かに感じているわ。

 これは・・・あの神社と縁がある存在・・・?」

火事を防ぐために、ソフィアが降らせていた雨はもう止んだけれど、

そもそもの原因となった強い風は、変わらずに吹き続けている。


『アカリ、ミソノ・・・大丈夫ですか?

 守りの結界を、もっと強めることも出来ますが。』

「ありがとう、ソフィア。

 でも、認識阻害も使ってもらってるし、今はこれくらいでいいよ。」

「ええ、前に進めないほどではないからね。」

これが無ければ、もっと大変な思いをすることになっていただろうけど、

何も感じないほどに、壁を作ってしまうのも違う気はする。


この先で荒れている力が、人を蝕むようなものではないことは、

三人とも気付いているだろうから・・・



「ところで、ソフィア。

 さっき、『子供が泣いてる』って言ったよね。

 ただ、向こうから感じる気配って・・・」

『はい・・・アカリが言いたいことも分かります。

 ただ、そのように感じたのは、今も間違いとは思えないのです。』


「うん・・・?」

「ソフィアがそこまで言うのなら、きっとそうなんだろうね。

 ともかく、早めに向かうとしようか。」

隣で美園が怪訝そうな顔をしているけれど、

ソフィアの表情を見て、私はその通りなんだろうと、

理屈ではないところで強く感じた。



『あっ! いました、あそこです・・・!』

間もなく、私達の前に現れたのは、

ソフィアが予感した通り、一人の子供。


明らかに今の時代のものではないだろう、少し汚れた服を身に纏い、

その泣き声が響くたびに、辺りに強い風が吹き荒れてゆく。


「確かに、見た目は子供なのね。

 詳しく言うのなら、力を持った霊体でしょうけど。」

「まあまあ、美園。

 ソフィアにとっては、きっと大事なことだから。」


「ええ、それは分かったけど・・・

 あの『子供』に、私達はどう接するべきかしらね。」

「ソフィア、こっちの服を着た状態で召喚するよ。

 姿を見せてあげて。」

『はい、アカリ・・・!』

私がすぐに召喚術を使うと、傍らにソフィアの姿が現れる。


「では、あの子と少しお話してきますね。」

「うん、仲良くなれるといいね。」

「風が吹き荒れてるのには変わらないから、

 身を守る準備だけは、しておいたほうが良いわ。」

私達の言葉に、女神のように微笑んで、

ソフィアは歩き出した。



「どうしたのですか?」

ソフィアが身をかがめ、子供のそばで視線を合わせながら、

優しく話しかける。


「・・・!! ・・・!!」

その姿を視界に入れながらも、泣き続ける様を前に、

ソフィアが指先から小さな灯火を・・・『狐火』を温かな程度に浮かべたものを、

目の前でひらひらと揺らす。


「・・・・・・!」

すると、泣いていた子供が、

少しではあるけれど、注目する素振りを見せた。


「悲しいことがあるのなら、私と一緒に遊びませんか?」

「・・・!!」

続いて話しかけるソフィアだったけれど、

『子供』が涙をいっぱいに浮かべたまま、ぶんぶんと首を振る。


「もしかして、お家に帰りたいのですか?」

「!!」

それを見て、ソフィアが優しく尋ねた言葉に、

子供が目をぱちりと見開き、こくりとうなずいた。


「そうですか・・・あなた一人では難しくても、

 私達がいれば、お家に連れていけるかもしれませんよ。

 ほら・・・」

ソフィアが微笑み、私達のほうを振り向く。


「そこにいる、私の大切なお友達も、とっても頼りになるんです。

 私達のことを信じてくれるなら、あなたのことを教えてくれますか?」

「・・・・・・!」

子供が泣き止み、こくりとうなずくと、

その身体は光となって消えてゆく。


そして、すぐそばの地面に現れたのは、

半ば土に埋もれた、見覚えのある飾り紐だった。



「あの神社と通じるような気配はあったけれど、そういうことだったのね・・・」

「うん。説明書きにあった、

 強風で飛ばされたものに間違いなさそうだね。」

まずは美園を中心に、辺りの地面にお祓いをしてから、

土を払い、飾り紐を取り出してゆく。


「それにしても、ソフィアにあんな特技があったとはね。」

「はい。迷子や、お家に帰ることが出来ない子供がいたら、

 助けるのも神殿のお勤めですから。」

水神様の力を借りて、ソフィアが水を手に浮かべ、

出来る限りではあるけれど、汚れも落とす。


その作業の途中ではあったけれど、

ソフィアの表情と、次に続く言葉を察して、

私は隣からそっと手を重ねた。


「それに・・・私も以前は、そんな子供の一人だったそうですから。

 他人事とは思えないのですよ。」

「あっ・・・ごめんなさい、ソフィア。」


「いいえ、気にしないでください、ミソノ。

 淋しい気持ちが全く無いわけではありませんが、

 今の私には、帰る場所があるのですから。」

私の手をぎゅっと握り返しながら、ソフィアが微笑んで言った。



「約束した通り、すぐにお家に連れて行きますからね。」

そして、綺麗になった飾り紐に向かい、

ソフィアが優しく話しかける。


「さて、美園。今夜はまた夜更かしかな。」

「ええ・・・ソフィア。出かける準備をするのに、

 少しだけ待ってもらえるよう、その子に伝えてもらえるかしら。」

「はい、任せてください・・・!」

吹き荒れた風は止み、静けさが戻った夜の中で、

私達はこの後の行動について、話し合い始めた。

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