第25話 急転

神社へのお参りを済ませた後は、また長い石段を下りてバスに乗り、

昼食の時間を挟んで、この地の産業についての講義を受ける。


食事のほうは、初日の昼とあまり変わらなかったけれど、

美味しそうに食べている生徒達が多かったのは、

きっと運動をした後だからだろう。空腹は最高の何とやら・・・か。


『この旅・・・いえ、宿泊学習でしたか。

 それも、もう終わりが近いのですね。』

バスの中で、私がスケジュール表を眺めていると、

ソフィアが少しだけ寂しそうに言う。


『あっ・・・でも、いつも周りに人が多いので、

 帰ってアカリと、ゆっくり過ごしたい気持ちもあるのですが・・・!』

うん、それも本心だとは思うけど、

秒でフォローしなくてもいいんだけどね・・・


「確かに、どっちの気持ちも分かるけど、

 旅については、これから思い出に残りそうなものが待ってるよ。

 キャンプファイヤーって言うんだけど。」

『はい・・・? また、聞き慣れない言葉が出てきましたね。』


「向こうの世界で行軍する時は、火を焚いて食事を作ったりしてたよね。

 それを、敵に備えるためじゃなくて、お祭りみたいに楽しむものなんだ。」

「火を焚くことを、楽しむ・・・ですか?」


「うん。こっちの世界でも、昔の人達は当たり前のようにやっていたはずだけど、

 今はソフィアも知っての通り、広い場所で火を焚くなんて、

 多くの人は普段しなくなっているんだ。

 だからこそ、時にはそんな習慣を楽しみたい・・・と思うのかもね。」

『なるほど・・・あちらでは当たり前だったことを、

 より便利に暮らしている、こちらの人達が求めることもあるのですね。

 ・・・それも、平和だからこそ、なのかもしれませんが。』


「ああ・・・確かに、敵がいつ攻めてくるか分からないところで、

 火を焚くのを楽しむ気持ちにはなれそうにないね。」

『はい。アカリの住む場所が、そのような心配が無くて、

 安心する気持ちもあるのですよ。』


「キャンプファイヤーの話題から、戦争と平和みたいな話になってない・・・?」

ソフィアと話していると、手を洗っていたらしい美園が戻って来る。


「うん。これも異世界で過ごした影響かな。」

『平和に火を焚けるのは素晴らしい、ということです。』

「そ、そう・・・いや、この国だって、歴史上は争いが絶えない時代もあるから、

 その考え方は、すごく大事なのかもしれないけど。」


「まあ、今はそのお祭りを楽しむことに切り替えようか。」

『は、はい・・・!』

そうして、バスは宿舎へと戻り、

私達以外の多くの生徒も、楽しみにしていたであろう時間が訪れる。



*****



『確かに、皆がとても楽しそうにしているのが分かります。』

組み上げられた木が燃え上がり、賑やかな声が響くのを前に、

ソフィアもまた、この雰囲気を楽しんでくれているようだ。


「灯、持ってきたわよ。三人で・・・ソフィアは灯の中だったわね。

 それはともかく、分けましょう。」

「ありがとう、美園。

 ソフィア、焼き立てのお肉と野菜だよ。」

『・・・! これは、香りだけでも本当に美味しそうです!』


「うんうん、こういう場所で食べると、

 雰囲気込みで、余計に美味しく感じると聞くよね。」

「それは確かにあると思うわ。」

『あっ、アカリの感覚共有が・・・・・・!! 私は今、幸せな気持ちです。』

うん、やっぱり美味しいものを食べるのも大事だよね。



「そういえば、場所によっては火を焚く神事もあるけれど、

 ここは違うのかしらね。」

「うーん・・・特に関わりは話されなかったし、

 そういう行事は無いんじゃないかな。

 どちらかといえば、今あそこで使われてる焚き木は、

 初日の林業見学と関連が・・・」


「ああ、その辺りは繋がっていそうね。」

『なるほど、勉強になります・・・』

うん、もしかすると大人の事情・・・

いや、ソフィアは元々神殿に勤めていたんだし、

そういうことにも、多少は触れているだろうけど。


『なんだか、落ち着いて雰囲気を楽しむ人と、

 余計に盛り上がる人に、分かれてきた感があります・・・』

私の中から場を見渡して、ソフィアがそんな感想を告げる。


確かに、皆が珍しい体験に浮き足立っていたような時間から、

それぞれの楽しみ方をする流れに、移り変わってきたのかもしれない。

・・・一部の人は、だいぶ盛り上がりすぎている感はあるけれど。



「ここが神社の近くなら、苦情とか祟りとか来ないか、

 冷や冷やしてくるところね。」

『後のほうが来たら、恐いどころでは済まない気がするのですが・・・』

「まあ、現実的には先生がそろそろ注意する頃・・・って、

 何か強い気配が来てない?」


「うっ・・・! 突風ってやつかしら?』

『・・・! 焚き火が、崩れそうです!』

「火の近くから、離れないと・・・!」


不意に吹き荒れた風に、周りの生徒達から次々と悲鳴が上がる。

続いて雨が降り出し、最初は慌てていた教師達も、状況を把握し出したのか、

速やかに建物の中へと入るよう指示が出された。


山の天気は変わりやすいとは言うけれど、

この場所にいた多くの人に、その言葉が刻まれたのかもしれない。



「ソフィア、お疲れ様。」

『いえ、アカリがすぐに教えてくれたおかげで、

 火が燃え広がる前に、雨の力を借りることができました。』

「濡れちゃった人達もいるけれど、火事よりは良いわよね。」


そう、途中から降ってきた雨については、

近くにあった雲から、ソフィアが呼び寄せたものだけど。

まあ、近くにそれがある時点で、

自然に降ってきていても、おかしくはなかったのかもしれない。


「それで、認識阻害をかければ、この状況でも行動は出来るよね。」

「ええ。みんな思い思いに避難しているし、

 気付かれにくいはずよ。」

『では、行きましょう。アカリ、ミソノ・・・!』


そして、最初に心配したのは火事のことだったけれど、

私達が気にするべきものは、どうやら他にあるようだ。


『初めは風の勢いで気付けませんでしたが、

 気配の元をたどって、はっきりと分かりました。

 この先で、『子供』が泣いています・・・!』

真っ先にそれと気づいた、ソフィアの示す方向に、私達は駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る