第23話 山の頂へ

『今日のお昼ご飯は、その・・・並の美味しさでしたので、

 それほど期待はしていませんでしたが・・・』

うん、ソフィアが言葉を選んでいるけど、伝えたいことは痛いほど分かる。

そして、この先に続くものについても・・・


『この近くで採れたという、夕御飯のお肉と山菜は、

 本当に美味しかったですね、アカリ・・・!』

「うん、あれは私もびっくりするくらいだったよ。

 やっぱり新鮮なものは、一段違うのかな。」


「確かに驚くほどの美味しさだったけど・・・

 明日が山登りだから、体力に自信が無い人達からは、

 これが最後の晩餐だとか、噂にもなってたわよ。」

「ああ、そういう考え方もあるのか・・・私は大丈夫だけど。」


『最後の晩餐、ですか・・・?』

「ああ、元は遠い国の、有名な伝承にある言葉だけど、

 ここで皆が言ってるのは、明日になれば登山で大変な思いをするから、

 今夜の美味しいご飯が、楽しめる最後の時間・・・みたいな感じかな。」

うん、元の話の背景まで語ると、長くなりそうだから、

その辺りをソフィアに教えるのは、また今度にしておこう。


『ああ・・・向こうの騎士団で、厳しい訓練がある前にも、

 上質な食事が出される話がありましたね。』

「あっ、それ私も聞いたなあ。

 行軍の時に、騎士の誰かが後衛組に話してたんだっけ・・・」

「異世界が大変なのは、よく分かったわ・・・

 灯、元から体力はあったと思うけど、もっと強くなってるわよね。」


「うん、あのくらいの高さの山なら、そんなに苦労しないと思う。

 あとは、魔法を使えばあっという間かな。」

「ちょっ・・・! それは反則みたいなものでしょう。」

『この世界では、魔法を使う人は基本的にいないようですから、

 周りから見れば、確かにそうなのでしょうね。』

「あはは、もちろんこんな時に使うつもりは無いから、大丈夫だよ。」


「それはそうと、そろそろ消灯時間だから、

 部屋に戻って寝ないと、怒られるわよ。」

「ああ・・・学校行事での泊まりって、こういうのが面倒だよね。」


『寝る時間の決まり事ということですか、アカリ?』

「うん。その時間になったら、部屋の電気を消して、

 中で騒いだり、外に出たりしないで、ちゃんと寝なさいということだね。」

「学校側からすると、その辺りが徹底されないと、

 宿舎や近所の人達に迷惑をかけることになるから、

 こういう決まりがあるんだと思うわ。

 もちろん、夜更かしは翌日の学習にも悪い影響があるだろうし。」


『ああ・・・アカリにちゃんと休んでほしいという気持ちは、

 つい先日、身をもって感じたばかりです。』

「あはは・・・今夜はすることも無いし、早く寝るようにするよ。」

「ええ、明日は体力を使いそうだし、私もしっかり休むよう心掛けるわ。」


そうして、私達にしては珍しく・・・というのも何だけど、

宿泊学習の初日は、特に波乱も無く過ぎていった。



*****



「うん・・・! ちょっと涼しすぎるくらいが、

 山に来たって感じがしていいよね!」

「ええ・・・山登りへの心配はともかく、

 空気が澄んでいるようで、心地良いわ。」

翌朝、バスに乗り込んだ私達は、

頂上の神社へと続く、山道の入口へとやって来た。


『山の天気は変わりやすいから、気を付けるように・・・という話がありましたね。

 天気予報を見る限りは、大丈夫なように思えましたが。』

「それが、全体的には晴れていても、

 局所的に崩れることもある、って聞くんだよね。」

「ええ・・・私も山に詳しいわけではないけれど、

 注意するに越したことは無いわね。」


「ちなみに、その辺りはソフィアが授かってる、

 水神様の力で何とかなったりするの・・・?」

『えっ・・・雨を呼び寄せることは出来ても、止めることはどうなのでしょう。

 それ以前に、完全に自分達の都合で、授かった力を使うのは・・・』


「ああ、もちろん無理に使ってほしいなんて、

 言うつもりは無いから安心してね。

 出来るのか出来ないのかは、純粋に気になるけど。」

『はい・・・私の中にある力と、向き合ってみたいと思います。』

「まあ、使う機会が訪れないに越したことはないわよね。」


そんな会話を交わしつつも、やがて出発の号令がかかり、

私達は山頂へと歩き出した。



『麓にいる時から感じていた気配が、

 上へ登るにつれて、だんだんと濃くなってゆくのを感じます。

 これはやはり、あの神社から発せられるものなのですね。』

「うん、私も感じるよ。

 今まで出くわしてきた悪霊とは、真逆のものに包まれてる気がするね。」

「ええ・・・・・・確かに神様が・・・

 いらっしゃる場所と・・・いう気がするわ・・・」


「美園、ちょっと呼吸が荒いけど。」

『無理は禁物です、ミソノ・・・

 外傷では無いので効果は微妙ですが、回復魔法をかけましょうか?』

「いえ・・・そこまでは大丈夫よ・・・

 でも、水を飲んで、少し息を整えても良いかしら・・・」


最前列と最後尾に教師はついているけれど、

基本的には自分のペースで登って良いことになっているので、

ちょうど近くにあった木の長椅子に美園を座らせ、休んでもらう。


私は少し抑える感じで歩いていたけれど、

だいぶ前のほうにいるようだから、問題はないだろう・・・あれ?


「もしかして、これでも美園にはペースが早すぎたかな・・・?

 ごめんね。」

「いいえ、それに付いていけると思ったのは、

 ・・・付いていきたかったのは、私よ。」

『ミソノ・・・?』


「・・・全く、美園は時々無理するよね。

 ちゃんと動けるまで休んでから、出発するよ。」

「ええ、もう少しで大丈夫よ。」

『そ、それなら良いですが・・・・・・』


「ソフィア、何を考えてるか分かる気がするけど、

 初めて会った日の、美園の行動を思い返してみて。」

『・・・・・・ああ、そうした面もあるのは理解しました。』

「余計なことを蒸し返さないでくれる・・・?」

うん、美園もいつもの調子に戻ってきたし、そろそろ大丈夫かな。



それからしばらくの間、石段を一歩一歩上がってゆくと、

だんだんと、それに近付いていることに気付く。


「もう少しだよ、美園。」

「ええ、そのようね。」

『この場所に漂う気配の元を、すぐ近くに感じます・・・!』


周囲の空気も麓とは変わり、美園の神社とはまた別の、

だけどある意味では似通ったものが、満ちてゆくのを感じる。


そして、最後の石段を上がれば、

穏やかな風が吹き抜けて、私達の前に大きな鳥居が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る