第4章 風の吹く場所

第22話 樹と共に在る地

「おはようございます、アカリ。

 今日は早く起きるのでしたよね。」

いつもより少し早い時間に、ソフィアがうきうきした表情で、

私の体をゆさゆさと揺らす。


「うん、集合時間が違うから助かるよ。

 ありがとう、ソフィア。」

朝早いのは少し苦手だけど、

今回は、美園から怒りのモーニングコールが来るようなことも無さそうで、

実際、ソフィアには助けられている。


そして、そのソフィアがいつもより、一段と楽しみだという顔をしているのは、

今朝の起床が、少しばかり早いこととも無縁ではなくて・・・


「宿泊学習、いよいよ今日なのですね。

 アカリに付いて行くだけの身で言うのも何ですが、

 まだ見たことの無い場所へ行けるのは、楽しみです・・・!」

「うん。私もソフィアと一緒なら、

 今まで以上に楽しみだよ。」


「もう・・・でも嬉しいです、アカリ。

 さあ、朝食の支度を始めましょう。」

そうして、ソフィアが顔を赤くしながら作り始めた朝食は、

いつもより一品多くて、そんなところも楽しみながら、

私達は出発の準備を終えて、家を後にした。



*****



『こ、これが、長距離バスというものですか・・・!

 流れてゆく景色が早いです!』

『うん。正確には、速く移動するための道を通ってるからなんだけど・・・

 まあ、長距離なら大体は使うことになるのかな。』

『確かにそうね・・・それはそうと、ずっとこの調子で念話を続けるの?』


『だって、バスの中だと他の生徒達がすぐ近くだから、認識阻害もやりにくいし、

 ソフィアも一緒に、周りに違和感が無いように会話するには、

 この方法しか無いでしょ?』

『私のためにすみません。アカリ、ミソノ・・・』


『いいえ、これはこれで面白いことをしている気分だし、

 ソフィアも気にしないでいいのよ。』

『うんうん、三人で話せるほうがずっと大事だよ。』

『あ、ありがとうございます・・・!』


周りから見れば、私と美園が隣同士の席に座って、

特に話すこともしないまま、主に私が窓の外を見ているように映るだろうけど、

実のところは、私の中にいるソフィアも含めて、

三人の念話が結構な勢いで飛び交っている。


本当の意味で私達だけの、秘密の会話をしているわけで、

美園の言う通り、この状況自体も楽しいものである。



『アカリ、窓の外に大きな看板が見えますが、

 あれは何が書いてあるのでしょうか。』

『ああ・・・旅をする人達に見てもらうための、観光地の宣伝だね。

 この辺で高速移動用の道を出れば、近くにあるんだ。

 きっとあの看板みたいに、この国の昔からのお城の形をした場所だよ。』


『なるほど・・・!

 向こうの王都にも、観光目的という人達は少なからずいましたが、

 この地にもそうした場所があるのですね。』

『うん。この国も広いから、あちこちにそういう観光地はあるし、

 もちろん国都にも、色々な場所があるよ。』


『この国の都・・・! そちらにも、いつか行ってみたいですね。』

『うん、行こう行こう! 長めの休みがある時にしようかな。』


『ソフィア、そこには本当にたくさんの人がいるから、

 ある意味で覚悟も必要かもしれないわ。』

『えっ・・・?』

『あー・・・それは美園の言う通りかも。』


『ど、どういうことですか、アカリ、ミソノ・・・』

『まあ、その・・・辺り一面が人で埋め尽くされるような通りとかね。』

『観光施設に入るにも、人気の高い場所だと、

 長い行列に並ぶ必要があったりするわ。』

『な、なるほど・・・どのような覚悟が必要か分かりませんが、

 それも含めて、いつか見てみたいと思います・・・』


うん、私も美園も、何回か行ったことがあるくらいだけど、

あの混雑は一度体験してみないと、想像しにくいかもね・・・



*****



「さて、ここは研修施設ってところかな。

 まずはお昼を食べて、これからの説明を受けるんだ。」

『お昼ご飯ですか・・・・どんなものが出てくるのでしょう。』

朝方に出発したバスが、お昼近くになって、

ようやく最初の目的地へと到着する。


いや、窓の外の景色に強い興味を示すソフィアと、

美園も一緒に話しながら過ごす時間は、楽しいものだったけれど。


それはともかく、お昼ご飯である。

長い机と、少しばかり座りにくい椅子が並ぶ部屋に通されて・・・

あっ、嫌な予感。


『あの、ソフィア。夢を壊すようで悪いけれど・・・』

『こういう所で出てくるものは、どちらかと言えばね・・・』

『・・・? アカリもミソノも、どうしたのですか?』

うん、もうしばらくしたら、分かると思う。


『なるほど・・・二人の言いたいことは分かりました。

 私は初めて食べるものもあったので、楽しむことは出来ましたが、

 アカリや私が作る時に比べて、その、美味しさは・・・・・・』

『うん、いかにも安い値段で、大量に用意することを重視した感じだよね。』

『まあ、学校側としては安く済むのなら、きっとありがたいことなのよ・・・』

私と感覚共有をして、一緒にお昼の食事を味わったソフィアも、

どのようなものか感じてくれたようだ。


ちなみに、私と美園はこういうことを何回か経験しているので、

入った時点で不穏な気配を感じてしまっている。

食べ物の何とやらは恐ろしいのだ・・・


まあ、これは旅の本題ではないから、

ソフィアにも感じてほしいものは、これからたくさんあるのだけど。



*****



『こちらの世界では、あんな道具を使って、

 太い木を切り倒すのですか・・・!』

「うん。あれはあれで、使いこなすのも大変そうだけど、

 上手くやれば、斧を使うよりずっと楽だと思うよ。」

私達が訪れているのは、山間の土地。

初日の目玉・・・とでも言えば良いのだろうか。

林業について学ぶ時間が取られている。


もちろん、実際の道具を持つわけではないけれど、

安全な場所からとはいえ、迫力のある場面を見られるのは、

周りの生徒達にも好評だったようだ。


そして、こういう場所ではお決まりかもしれないけれど、

木彫りの人形作り体験。

こればかりは、ソフィアにやらせてあげられないのが残念だけど・・・


『あ、アカリ・・・大丈夫ですか?』

「うん、ソフィアも知ってると思うけど、

 こういうのは基本的に苦手だから・・・」

いや、どちらかと言えば、

身体の操作権を渡す魔法とか構築して、お任せしたい・・・


「美園は・・・やっぱり上手だよね。」

『確かに、あの台にあるお手本のように綺麗です・・・!』

「私は普段から、神社の御札を作ったり、

 お祓いの道具とか手入れしてるからね。

 神様の目にも留まるようなものに、雑なことはしたくないわ。」


そうして、概ね楽しい時間を過ごしながら、

宿泊学習の初日は、夕暮れを迎えた。



「明日は、あの神社にお参りするんだって。

 長い石段を上ることになるらしいけど。」

「体力面では少し憂鬱だけど、この土地の神様は気になるわね。

 曖昧な言い方にはなるけれど、良い雰囲気が漂っている気がするの。」

『はい、私も同じ気持ちです。

 例えて言うならば、穏やかな風があの山から吹いてくるような・・・』


私もソフィアほどではないけれど、

何か良い気配があることは、うっすらと感じている。


いや、それをはっきりと感じられるわけではなくとも、

町の人達も、訪れた私達にも、笑顔が多い気がするのは、

そうした影響もあるのかもしれない。


明日の出会いに思いを馳せつつ、

私達は宿舎へと向かうバスに乗り込んだ。

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