第21話 温かな光

「アカリ・・・! 無事で良かったです。」

呪具をお社の祭壇から引き離し、区域の入口近くまで戻ってくると、

ソフィアが心配そうに声をかけてくれる。


美園もお祓いの詞を続けたためか、息を整えているようだけれど、

ほっとした表情で視線を送ってきた。


既に、辺りから嫌な気配は消え去り、

ソフィアが水神様の力で雨を降らせたり、美園が詞を紡がなくとも、

場の平静は保たれているようだ。


「あとは、これを完全に浄化すれば終わりかな。」

「・・・!」

ソフィアの聖なる光で包み込んだ、呪具を示すと、

その気配を感じ取ったのか、場に留まっていた二体の小さな『狐』が、

びくりとした様子で後ずさる。


「これは・・・! 早めに済ませたほうが良さそうですね。

 アカリ、私の前に手を出してください。」

ソフィアもそれをじっと見つめると、

すぐに表情を引き締め、私に伝えてきた。


「うん。お願い、ソフィア。」

「はい・・・! 神聖魔法ディバイン!!」

その両手から強い光が放たれ、呪具を焼くように照らし出すと、

やがて嫌な気配は、完全に消え去っていった。



「ふう・・・終わりました、アカリ。」

「お疲れ様、ソフィア。」

今はただの金属の塊に戻ったような呪具が、

私の手の中でころりとしている。


「私が回復している間に終わったわね・・・

 でも、本当に良かったわ。」

ようやく息が整ったらしい美園も、ほっとした様子で声をかけてきた。


「うん、美園が頑張ってお祓いをしてくれたおかげで、

 これを祭壇から引き剝がせたよ。」

「アカリが、私の力を強めに召喚するのが分かりましたが・・・

 そんなことになっていたのですね。

 本当にミソノのおかげで、アカリも私もやるべきことに集中できました。」

「そ、そう・・・ありがたく受け取っておくわ。」

うん、褒められた時に美園がこういう反応になるのは、いつものことだ。



「あっ・・・! 『狐』さん達が・・・」

呪具の邪気が祓われて安心したのか、

距離を置いていた二体の『狐』が、私達に近寄ってくる。


「『狐』といえばそうなのだけど・・・

 神使様とでも言ったほうが良いのかしら。」

ソフィアの呼び方に、美園が微妙な表情をしているけれど、

当の神使様・・・とも言える存在達が、気にした様子もないので、

おそらく問題は無いのだろう。


それならざっくり間を取って、『お狐様』とかどうだろうか・・・

ついでにモフりたいとか言ったら・・・さすがに怒られるよね。主に美園から。


「えっ・・・! わ、私ですか・・・?」

余計なことを考え始めた時に、ソフィアの声が響いて見れば、

お狐様達が、じっと視線を向けていた。


「ソフィア・・・これは、水神様の時と同じ・・・!」

「こちらの神使様も、力を授けてくださるというの・・・?」

二体のお狐様が目を合わせ、うなずき合うと、

温かな気配を感じる光の玉が浮かび上がり、

ソフィアが差し出した両手の中に吸い込まれてゆく。


「あ、ありがとうございます・・・!」

深く礼をするソフィアを見届けると、

お狐様達は、お社のほうへと駆け出し、その姿を消していった。



「操られた人達については、匿名で通報しておいたわ。

 こちらのことを知られるわけにはいかないし、

 おそらく不審火にも関わっているから、あとは公的機関に任せましょう。」

「アカリやミソノが持っている電話と同じことが、

 あの大きな箱に入ったものでも出来るのですね。」

「いや、元々は個人で持つような電話は無くて、

 外から連絡が必要な時は、あれを使うのが普通だったらしいけどね。」


思わぬところで、電話というものの歴史をソフィアに語ることになったけれど、

ともかく、この件で私達がやるべきことは、これで終わったようだ。


「それじゃあ、帰ろうか。」

「はい、そうしましょう・・・!」

「二人とも、うちの神社でご挨拶はしていくわよね?」


「うん、もちろんだよ!」

「ミソノの神社の神様にも、本当に助けられました・・・!」

「それは良かったわ。では、行きましょうか。」


そうして帰りにお祈りをした、麗鹿うららか神社の境内は、

あの『鹿』の姿をした神様に、温かく見守られている気持ちになった。



*****



「ねえねえ、あの不審火騒ぎ、解決したって本当かな。」

「うん。この前捕まった人達が自供したらしいよ。

 お酒に酔ったみたいで記憶は曖昧だけど、

 なんとなくやってしまったのは覚えてるって・・・!」


「最初に捕まった人も含めて、元からあの辺でたむろってた、

 ちょっと恐い人達らしいよね。

 でも、解決したのなら本当に良かった・・・!」

「うん。事件があった辺りに住んでる他校の友達も、

 ようやく安心して眠れるって言ってたよ。」


あれから数日経って、この地域にとっての不審火騒ぎも、

ようやく終息を迎えたようだ。

この学校の生徒達からも、明るい話題として語られることが増えた気がする。



「私達としては、数日前に解決したことではあるけれど、

 こうして周りの声が聞こえてくると、本当に終わった気持ちになるわね。」

「うん。あのすぐ後とか、まだ不安そうな話を耳にすると、

 ちょっと感覚のずれを感じたよね。」

『はい・・・でも、アカリとミソノがいる場所の雰囲気が、

 明るいものになって良かったです。』


私達はそんな噂話を小耳に挟みながら、

特に変わることなく、私の中にいるソフィアも交えて、

三人で昼食の時間を過ごしている。


「それに、もうすぐ宿泊学習というところだったし、

 これで後ろ髪を引かれることもなく、家を数日空けられるんじゃないかしら。」

「ああ、そうか。言われてみれば、近い日取りだったね。」

『シュクハクガクシュウ・・・?

 それは何でしょうか、アカリ、ミソノ。』


「えっと・・・ソフィアも知ってる通り、

 この学校というのは、若者や子供が勉強をするための場所なんだけど、

 年に一、二回、少し離れた場所に出かけて、

 その地域の文化とか、歴史的なものを見て学ぶこともあるんだよ。」

「まあ、毎日同じように机に向かっているだけじゃなくて、

 刺激を与えるような意味も、あるのかもしれないわ。」


「うん。私達、生徒の側にとってみれば、

 実質的に旅行として、楽しみにする人も多いよね。」

『えっ・・・! それは、つまり・・・』


「もちろん、ソフィアも一緒に来るよね?

 こっちへ来てから、今までで一番遠くへ出かけることになるよ。」

『はい! お願いします、アカリ・・・!』

「ふふっ、ソフィアにとっては本当に旅行だものね。」


学校に戻って来た明るい雰囲気と、

もうすぐ訪れる、ちょっとした旅の時間を前に、

私達は楽しく笑い合っていた。

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