第20話 巫女と召喚士

「あれが、狐という生き物ですか?」

空に祈り、雨を降らせ続けながらも、

近くまで駆け寄ってきた存在に、ソフィアが少し目を開けて尋ねてくる。


「あれを生き物と言えるかは分からないけれど・・・

 『狐』ということで間違いは無いよ。」

お社の奥から現れて、明らかにこちらを注目している子狐って、

少なくとも野生のものとは思えない。


本当に『神様』と私達が呼ぶものの遣いであるか、

人々の信仰心が形になったような存在だろう。

それはともかくとして・・・



「私は麗鹿うららか神社の巫女。この地に巣食う悪霊を祓いに参りました。」

現れた二体の『狐』を前に、

美園が一礼し、詞を唱え始める。


「・・・・・・」

結界を隔てた先の『狐』達はそれに干渉することなく、

その成り行きを見守る様子を見せていた。


「結界が、少しずつ薄れてゆくようです・・・」

辺り一帯に雨を降らせながら、集中を高めたままのソフィアが、

すぐにそれに気付く。


「うん。このままいけば、消えてくれるのかな。」

それなら、あとは社の中にあるだろう悪霊の本体を祓えば、

この件は解決するのだろうか。そう思ってはいたのだけれど・・・



「・・・! 奥のほうから、嫌な気配が流れ込んできます!」

ソフィアに言われた直後に、私もすぐに気付く。

それほどに強い、邪気とでも呼ぶべきものが押し寄せてくる。


向こうもなりふり構わず、こちらの排除に動いてきたということだろうか。

その気に呑まれたのか、二体の『狐』も様子が変わり、

こちらを威嚇するような動きを見せ始めた。


「美園、私からも助けを・・・!」

私がかけた言葉は、お祓いの詞を続けながらも、

そっと伸ばされた手に制される。


「うん。分かったよ、美園・・・」

ここは彼女が譲れない場だというのは、それだけで十分に分かった。


「ミソノの詞が、強さを増してゆきます・・・」

きっと、知り合ってまだ日が浅いソフィアにも、

そのことが伝わっているだろう。


圧力を増す悪霊の気配に、美園の詞から発せられるものが、

真っ向から押し合ってゆく。



「あれは・・・ミソノの神社に描かれていた、

 『鹿』の神様ですか・・・?」

やがて、それに気付いたソフィアが、私に小さく尋ねる。


「うん、私にはうっすらと見えるくらいだけど、

 きっとそうだね。」

美園が住む場所でもある、麗鹿神社に祀られた、

鹿の姿をした神様とよく似た存在が、その傍らに現れている。


ここに来るまでの間、美園にだけ認識阻害の影響が小さかったように、

彼女のことをずっと、見守り続けていたのかもしれない。



「ミソノと・・・あの『鹿』の神様が、

 嫌な気配を押し込んでゆくようです。」

ソフィアの言葉通り、先程までの均衡が崩れつつあるのが、

私にもはっきりと分かる。


じりじりと前進する美園達の力が、向こうの結界を弱めてゆき・・・

一際強くなった詞に押されるように、

『鹿』がすっと首を傾け、鋭い角の先を向ける。


「・・・!!」

そして、突進と共に一突きすると、

ぱりんと音が立つかのように結界に穴が開き、

そこから見る見るうちにひびは広がって、やがて形を成さぬほどに崩れ落ちた。



「アカリ・・・!」

「うん、最後は私だね。」

美園も邪気を押し留めるための詞を続けながら、

私のほうをちらりと見て、行きなさいと告げている。


ソフィアもまた雨を降らせ、悪霊の力や狐火の発生を阻害しているから、

この場で集中してもらうのが一番良い。


「それじゃあ、行ってくるよ。」

向こうの世界で覚えた、自前の魔除けのためを術を身体に纏わせ、

二人が開いてくれた道を、私は歩き出した。



「あの操られた人達だけこっちに来ないと思ったら、

 最後の守りってことか。」

私がお社に近付いてゆくと、正気を失っているのが一目で分かる、

柄の悪い人達が、ゆらりとこちらへ向かってくる。


悪霊の性質は様々だと、美園から聞いてはいるけれど、

ここに居るのはなんだか、慎重なところがあるようだ。


「まあ、守備隊というには、随分と質が悪いけどね・・・!」

本能のままに掴みかかってくるような相手を、

ひらりとかわし、後ろに回り込む。


異世界での私の職業ジョブだった召喚士は、基本的には後衛だけど、

敵に懐へ入られたら即終了、では話にならない。

騎士団のような戦い方は合わなかった私だけど、

身のこなしをはじめとした戦闘訓練は、一通り受けている。

だから、こんな攻撃に当たりはしない。


そのまま、がら空きの相手の背中に一撃・・・

入れようとして、違和感に気付く。


「この人達・・・狐火を身体に纏ってる・・・?」

近付けた手から感じた異常な熱に、すぐに引っ込めて距離を取った。

ソフィアが雨を降らせているから、ある意味分かりにくかったかもしれない。


「こちらにとっての脅威はともかく・・・

 有効打を与えるなら、もう一押し欲しいところだね。」

少しだけ考えて、すぐに結論は出る。

だって私は、召喚士なんだから。



「ソフィアに授けられた水神様の力・・・少しだけお借りします。」

きっと今も、あの川の社で佇んでいるだろう水神様に、

一言、断りを入れてから、召喚術を発動する。


召喚しょうかん、神気の水!」

ソフィアとの繋がりを通して、水神様の力が宿った水を、

私の右手に纏わせる。


「これで、あなた達は終わりだよ!」

再び掴みかかってきた、操られた人達をすっと避けて、

その脇腹に、続いて鳩尾に拳を叩き込む。


相手は皆、一撃で崩れ落ちて、

私を阻む者はいなくなった。



「さて、嫌な気配の元は・・・

 間違いなく、あの社の中だね。」

はっきりと分かる程の邪気をたどり、

お社の前に立つと、以前の川で見かけたものと似た形の呪具が、

祭壇のところに置かれている。


それはこちらを威圧するように、強い気配をいまだ保っていて、

直接手で触れるのは、少し危険そうだ。



「今度は、ソフィアの力を借りるよ。

 召喚サモンホーリー・なるライト!」

私が喚び出したのは、ソフィアが得意としている、聖なる光の魔法。


呪具の圧に負けないよう、この手に厚く纏わせた上で、

ぐっと掴み、力を込めて祭壇から引き離す。


それに抵抗するような意思を、少しの間感じたけれど、

やがてそれも止み、辺りから嫌な気配が霧散してゆくのが分かった。


「ソフィア、美園・・・」

振り返れば、二人とも集中を保ったままではあるけれど、

こちらに笑顔を向けているのが見える。

ようやくこの事件も終わりを迎える時が来たのだと、小さくうなずきを返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る