第19話 狐火と黒雲

「おはよう、美園。」

一夜明けて、いつもの待ち合わせ場所で美園と合流する。

・・・少し、眠そうに見えるけれど。


「ふわあ・・・おはよう、灯。

 ソフィアも、一緒にいるのよね?」

『もちろんです! おはようございます、ミソノ。』

私の中から、ソフィアも明るく声をかけた。


「おはようございます、ソフィア。

 ・・・それにしても、絶対に夜更かししたと思ってたのに、

 灯も、ソフィアの声も、元気そうね。」

『はい。睡眠時間は確保するよう、私が伝えましたので。』

「うん、全部ソフィアのおかげかな。」


「・・・何か、灯の肌色も良く見えるし、

 それ以上のものがあるように感じるけど、まあいいわ。

 それより、調べて分かったことがあるなら、共有しましょう。」

少しばかり、美園にジト目を向けられている気もするけれど、

気にしないことにして、学校へと歩きながら、昨夜の成果を話してゆく。



「悪霊によるお稲荷様への影響や、狐火のことは私も思い当たったけど、

 お社の具体的な位置まで特定してたの・・・?

 こういう時の灯の勢いは、本当に凄いわよね。

 ・・・それで、あとはどうやって悪霊を祓うか、ということになるけれど。」

「うん。そこはもちろん、美園にもお祓いとかしてもらう前提だけど、

 考えてることはあるし、今夜なら条件が良いかも。

 天が味方してくれそうだから。」


「天が味方・・・? どういうことかしら。」

「美園、今朝の天気予報は見た?」


「うん・・・・・・? ああ、察しはついたわ。

 ソフィアはそれで大丈夫なのかしら。」

『はい。確実にとは言えませんが、出来ると考えています。』

「そういうことだから、考慮に入れた上で作戦を立てようか。」


「ええ、授業の合間とか、昼休みにも考えてみましょう。」

「うん。美園は眠そうだし、体調が悪いことにして、

 伝説に語られる、保健室へ二人で抜け出すってのを試してみる?」


『アカリ・・・!?』

「いや、あんた保健委員でもないでしょう・・・」

うん、ちょっといい考えだと思ったんだけどな。



*****



「それじゃあ、いよいよ出発だね。

 ソフィア、美園、準備はいい?」

「はい、アカリ・・・!」

「ええ、問題ないわ。」

そして夜が訪れ、私達はまた美園の神社へと集合する。

ソフィアも今は、こちらの世界の服を着た姿だ。


「初めに、うちの神様にお参りしていきましょう。」

「うん、それが良いだろうね。」

「お願いします、ミソノ。」

お祓いの準備を済ませた格好で、美園が真剣な表情で言う。

私達も、考えることは同じだ。


これから踏み込む先には、悪霊だけではなく、

それに影響されたお社がある。

信頼できる神様の加護があるなら、この上なく心強いだろう。


「これより、悪霊を祓ってまいります・・・!」

美園の言葉にも一段と力がこもるのを感じながら、

私とソフィアも隣で祈りを捧げ、私達は目的地へと歩き出した。



「またここまで来たけれど・・・

 本当に悪霊がいるとは思えないほど、静まり返っているわね。」

そして到着した公園は、昨日と何も変わらず、

静かな空気だけが流れている。


「はい。しかし・・・静かすぎるのかもしれないと、

 今なら思えます。」

冷静な表情で、ソフィアが言った。


確かに、それは分からなくもない。

いや、本当に誰もいなければ間違いなく静かだろうけど、

ソフィアと異世界で過ごしていた頃の経験で言えば、

そろそろ敵が出てきてもおかしくないのに、その気配がしない。

何かが隠れている不気味さに近いんだ、この空気は。


「とにかく、今は進むしかないかな。

 道はこっちだから、付いてきて。」

私が先頭に立ち、公園の中央にある草地を、ぐるりと囲む道を歩いてゆく。

途中で脇道に入り、奥の小高い場所へ続く坂道に差し掛かれば、

目的地はもうこの先だ。


「っ・・・何かこの道が間違ってるような、違和感を覚えてこない?」

「はい。私も感じています、アカリ・・・!

 あちらの世界にもありましたが、人を寄せ付けない類の術ですね。」

「そうね・・・私は二人よりも軽いようだけど、

 確かに影響を受けている気がするわ。」


「それって、きっと美園はあの神様の加護が強いからだよね。」

「そりゃあ、生まれ育った場所だもの。」


「解呪の魔法を使いましょうか? アカリ。」

「いや、本気を出すのは後に取っておこう。

 もうすぐのはずだから。」

そうして、自分達を立ち去らせようとする感覚に抗いながら、

頂上へと円を描くような坂道を歩き続け、

視界が開けたところで、それは現れた。



「この先は・・・通してくれそうにないね。」

行く道を塞ぐように浮かぶのは、数体の浮遊する炎のような何か。

いや、これが狐火というものだろうか。


「あの奥にあるのが、お社だろうけど・・・」

「不可視の結界のようなものが立ち塞がっています。

 そして・・・操られた人でしょうか。変わった格好で・・・」

うん、ソフィア。操られたからそういう服装というわけじゃなくて、

元からそういうのが好きなんだと思う。

厳しい目で見れば、柄が悪いという言い方になるんだろうけど。


あの人達が、この辺りにたむろしていて影響されたのか、

もしくはここで悪さをして祟り的なものを受けたのか、

原因は分からないけれど、少なくともこの現象を引き起こしているものの、

支配下にあることは間違いないだろう。


何にせよ、ここまで来たのなら、

あとは攻め込むしかないだろう。


「ソフィア、準備はいい?」

「はい、アカリ・・・!」

最後の確認を終えて、私は召喚士としての力を集中する。



召喚サモン、ソフィア!」

そしてソフィアが光に包まれ、

異世界の神官服をまとった姿で、私の傍に現れた。


「私の中にある、水神様の力を・・・!」

ソフィアが手を組み、強く祈ると、

ぽつぽつと雨が降り出す。


今日の天気予報は曇り、ところにより雨。

空を見上げれば厚い雲もあることは、家を出る時に確認している。

元から雨が降る要素はあったのだから、それを引き寄せれば良い。

少しだけ授かった力でも、これくらいは可能だ。



やがて、小雨くらいの降りとなったところで、

気分がすっと楽になる。


「狐火が、消えてゆくわ。」

「相手の認識阻害も、解かれたようですね。」

私達を寄せ付けまいとしていた力が消えて、

気分がすっと楽になる。


そう、これはただの雨ではない。

水神様から力を授かったソフィアが、

この場で強い祈りを捧げ、降らせているものだ。


相手方が火を形どった力を使っていることもあり、

効果は高いことだろう。



「まずは第一段階、突破かな。」

「ええ、次は私ね。」

美園がお祓いの道具を手に取り、前に進み出る。

その先には依然として残る結界と、近寄る二つの小さな姿・・・

『狐』の存在があった。

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