第13話 澄み渡る空の下で
「今日は晴れて良かったね。」
「ええ、この前はあんな天気だったけれど、
外を歩くなら、このほうが良いわ。
・・・水神様のいらっしゃる地で、言うべきことかは分からないけれど。」
「あー・・・でも、晴れの日と雨の日、
どちらも人にとっては必要なものだからね。」
「大丈夫です、二人とも。
私がお借りしている力から、嫌がるような反応はありませんよ。」
「それなら安心ね・・・いえ、常に意思が通っているとしたら、
むしろ緊張するのだけど・・・」
水神様の力を借りて悪霊を祓った、次の週末。
その後の状況を確かめるために、私達はまた川辺を訪れている。
「それにしても、拍子抜けするくらいに、何も無いわね。
あれだけの人に影響を与えていたから、
残滓のようなものが残る可能性も考えていたけれど。」
「うん、ソフィアも異常は感じないよね?」
「はい! 川やその周囲に、嫌な気配は全くありません。」
とはいっても、あれから何も事件は起きていないようで、
こうして実際に調べてみても、本当に何も無い。
調査としては肩透かし気味ではあるけれど、もちろん歓迎すべきことだろう。
「・・・いえ、待ってください。
水神様の社のほうから、たくさんの人の気配が・・・?」
「えっ・・・! でも、嫌な感じは無いんだよね?」
「ともかく、行ってみましょうか。」
ソフィアの探知に引っかかった、前回を思えばありえないような状況に、
私達は早足でその場へと向かう。
「本当に、人がたくさんいる・・・?」
「間違いなく、水神様の社に集まっているわね。」
「もう一度、厳重に探知を・・・!
やはり、悪霊の影響ではないようですね。」
ある意味、失礼なことを言っているような気もするけれど、
初めて来た時には、『蛇』の騒ぎもあったことだし、
この前は人の手がしばらく入っていないように見えたから、
慎重になってしまうのも仕方ない。
「とりあえず、話を聞いてみる?」
「ええ、私に任せて。」
「ミソノ、お願いします。」
こういう時に、当たり障りなく情報を引き出すのは、
以前から悪霊の絡む事件を調べていた、美園が慣れている。
ソフィアはまだこちらの世界に詳しくないし、
私は余計なことまで喋りそうな自覚はあるからなあ・・・
「・・・とりあえず、大体の事情は分かったわね。」
「私達自身には認識阻害をかけてたけど、
向こうは見えてたかあ・・・」
「確かに、現れた時点で反応していた人もいましたね。」
さて、美園が話を聞いてみると、
あの日、現れた龍がこちらの方へと飛び去ってゆくのを、
夢うつつの気分ではあったけれど、見ていた人がいたらしい。
その話が広まり、この地に伝わる文献などが調べられた結果、
昔から人々が水の安全を祈願していた、この場所に行き着いたということだ。
今は地域の人達が参拝の列を作り、
これからの社の手入れについても、話し合いが行われるらしい。
「一度は途切れてしまったようですけど、
ここに住む人達は、昔からここでお祈りをしていたのですね。」
「うん。今回の出来事があったおかげというのも何だけど、
これからも、きっと続いていくんじゃないかな。」
「信仰が失われかけるというのは、他人事ではないわね・・・」
ソフィアと私はともかく、神社の娘である美園は、
ここで起きたことに、少し複雑そうな表情だ。
「でも、またこうして人が集まるようになったんだから、
今回はいいお手伝いが出来たんじゃないかな。」
「はい! そうですね、アカリ。」
「ええ、それは確かね。」
「今は姿を見せていないようですが、確かに感じます。
ここにある存在が、この川や辺りに住む人達を、見守っていることを。」
ソフィアが胸に手を当てながら、辺りを眺め渡す。
「水害は悪霊と関係なく、いつか起きてしまうかもしれないけど・・・」
「ええ、その時はまた水神様が、
龍の姿で現れるのかもしれないわね。」
未来のことは分からないけれど、今回の感謝とこれからの願いを込めて、
私達もこの地の人と一緒に、祈りを捧げた。
*****
「さて、この辺りを調べるのも終わりかしらね。
思ったよりも、早く済んでしまったけれど。」
「ちなみに美園、この後の予定は・・・?」
「え・・・? 長ければ一日がかりのはずだったから、
もちろん空いているわよ。」
「それじゃあ、ソフィア。」
「はい・・・! 良かったらミソノも、
景色の良いところでお弁当を食べませんか?
私、作ってきたんです。」
ソフィアが鞄から、包みを取り出す。
こうなることを薄々分かっていたのだろう、朝から張り切っていたなあ。
「えっ・・・ソフィアが、お弁当を?」
「はい。こちらの料理について、だんだんと分かってきましたので、
次は自分でも・・・と思いまして。」
「ソフィアは向こうの世界でも、よく作ってたんだ。
行軍中とか、持ち回りにするのが普通なのに、一番積極的だったよね。」
「あの時は、それが自分の役目だと思っていましたし・・・
何より、アカリには美味しいものを食べてほしかったですから。」
「それは嬉しいけど、疲れてる時とかは無理しないようにね・・・
って、今更言うことでもないけど。
確かにソフィアが作る時は、すごく美味しかったよ。ありがとう。」
「ど、どういたしまして、アカリ・・・」
「・・・これ、やっぱり私はいないほうが良いんじゃないの?」
「そ、そういうつもりはなかったのです、ミソノ・・・」
「あはは・・・それじゃあ、やっぱり川の近くが良いかな。」
笑顔が引きつり出した美園を連れて、
『龍』も現れた辺りの草地に、敷物をしいて腰を下ろす。
「お、美味しいわ・・・!
本当に料理が上手だったのね、ソフィア。」
「ありがとうございます! アカリはいつも美味しいと言ってくれますが、
他の方がどう思うかも、少し気になりまして。」
サンドイッチや、いくつかの手作りのおかずは、
美園にも好評なようだ。
「言ってはなんだけど、灯はあれだから、落差も相まって驚くわ。」
「はい。手の込んだ調理が苦手なことは、私もよく知っています。」
「うん、自覚はしてるよ、自覚は・・・」
それはそうとして、自分で作るならシンプルなものが得意だし、
一定以上に何かしようとすれば、高確率で失敗したり、
そもそも気分が乗らなかったりするのは、昔からなのだ。
「それはともかく、こんな風に落ち着くのも良いんじゃない?」
「ええ・・・悪霊を祓う時は大変だったから、本当にそう思うわ。」
あの時、濁った川の水や、荒れた流れを前に忙しくしていたけれど、
今はこうして、穏やかな雰囲気に包まれている。
「やはり、こういう時は晴れていたほうが良いですね。」
「うん・・・!」
「水神様も、そう思っているかもしれないわね。」
澄み渡る青空と、太陽の光を映して、
きらきらと光る川面を見ながら、私達は落ち着いた午後の時間を過ごしていた。
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