第12話 水神様の力

「え・・・・・・あれって、龍?」

「き、気のせいだろ・・・?」

折しも雨が降り出し、辺りに霧が立ち込めてゆく中、

小さな中洲に取り残された人達が、呆けた様子で口にする。


伝説上の存在として、実際に出会うことはなくとも、

その姿は多くの人が思い浮かべることができる、それが龍という存在だ。


この地に住む人達は、ずっと昔からそれを心に浮かべ、

時に荒れ狂う水の力が、人を脅かさないよう、願い続けていたのかもしれない。



その『龍』が、上流から押し寄せる濁った流れを前に、

睨むような視線を向ける。

いや、水と深い関わりのある存在が、それだけで済ませるはずもない。


「えっ、こっちの水が引いていく・・・!」

「川の流れが、変わったのか・・・?」

中州と土手を隔てていた水の流れは、どんどんと狭まり、

やがて、小川程度の幅となった。



『皆さん、今のうちです! 避難してください!』

ソフィアが伝達の魔法で、その場にいる人達に声を届ける。


先程、悪霊の影響下から逃がすために使った光の蝶は、

まだ空に浮かべたまま、こんな使い方も出来る。


「い、行くぞ!」

「ほら、しっかり掴まって・・・!」

その言葉に我に返った様子で、人々が子供達を抱えながら、

土手へと上がり、去ってゆく。


あとは、悪霊の本体を祓うだけだ・・・!



「美園、私達があと一つやりたいことを、伝えられるかな・・・?」

『・・・いえ、その必要は無さそうよ。』


「うん? それって・・・」

「アカリ、見てください。龍が・・・!」


うねるような濁った流れに構わず、

『龍』が川の中へと飛び込んでゆく。


やがて水面に現れたのは、その下で何かがもみ合うような、

形を変えて繰り返される大きな波紋。

それが何によって引き起こされているかは、疑いようもない。


「ソフィア、もう一押し出来るかな?」

「はい、アカリ・・・! 瞬間強化魔法ブースト!」


『・・・っ! 水神様に届ける身にもなってほしいけど、

 やれるだけやってやるわ・・・!』

「すみません、ミソノ。どうかお願いします!」

「私からも頼んだよ、美園!」


ソフィアから放たれた強い魔力を、美園の祈りが行くべき所へと伝えてゆく。

水面に浮かぶ渦はますます大きくなり、やがて・・・


「・・・!!」

きらりと輝く何かを口にくわえた『龍』が、顔を出した。



「あれが、悪霊の本体でしょうか。」

「わっ! こっちに飛んできた。」

ぶんと振られた首が、その口から離れたものを、

私達の前へぽとりと落とす。


「これは・・・こっちの世界の呪具みたいなものかな。

 すごく嫌な感じがするけど。」

「はい・・・先程までこの辺りに漂っていた気配と同じです。

 あの龍と争ったせいか、弱まっているようですが、それでも・・・」


見れば、呪具には噛み跡のようなもの。

それが、この物の存在を傷つけているように感じられる。

元はもっと、強い力だったのだろうか。


「それじゃあ、ソフィア。」

「はい・・・! 神聖魔法ディバイン!!」

ソフィアの両手から光が放たれ、呪具を包み込んでゆく。


少しの時が経った後、その周囲に漂うもやのような気配は、

完全に消え去っていた。



「お疲れ様、ソフィア。」

「ありがとうございます、アカリ。

 ・・・えっ?」

互いに声をかけたところで、すっと近付いてきた気配に、

私達もすぐに気付く。


悪霊の憑いた呪具を、川底から引きずり出してくれた『龍』が、

目の前へとやって来ていた。


「ありがとうございました。」

「感謝いたします・・・!」

急いで姿勢を正し、私達は礼をする。

水にまつわる平穏を昔から願われてきただろう、この存在がなければ、

今回の事件は間違いなく、もっと大変なものになっていた。


「・・・!」

その顔が天に向けられ、空気を震わすような音が響くと共に、

小さな光の玉が浮かび上がる。


「これを、私に・・・?」

そして、視線がこちらに戻ると共に、

それはソフィアの手の中へと吸い込まれていった。


やがて、満足そうな表情・・・と言って良いのか分からないけれど、

纏う雰囲気が柔らかくなったと感じた直後、

小さな社のほうへと飛び去り、姿を消してゆくのを、

私達はもう一度、深く礼をして見送った。



*****



「お帰り、美園。」

「ただいま・・・で良いのかしら?

 それなりに重労働ではあったけれど。」

小さな社での祈りを終えた美園が、私達の待つ川辺へと戻って来る。

さすがに疲れた表情だ。


「本当にお疲れ様でした。み、ミソノ・・・」

「あ、ありがとう、ソフィア・・・」


「いや、ついさっき敬語は止めてたのに、

 どうして二人とも、また恥ずかしそうにしてるの?」

「さ、先程は必死だったので・・・」

「誰もがあんたみたいに、気軽に出来るわけじゃないのよ・・・」

うん、心当たりがないわけではないけれど、

ちょっとだけ心にくる言葉を聞いた。



「ところで、ソフィア・・・

 あなたから水神様の気配がするのは、気のせいかしら?

 さっき何かあったのは、聞こえていたけれど。」

「はい、実は・・・・・・」

「うん、私も補足するよ。」

ちょうどこちらへ戻ろうとしているところだったから、

詳しく話せていなかったけれど、

つい先程起きたことを、美園に伝える。


「龍の姿になった水神様から、力を授かった・・・ねえ。

 先週くらいまでの私なら、叫び出してるかもしれないけど、

 今日、自分がやったこともそうだしね・・・

 見たことがない世界に踏み込んだ気分だわ。」

「うん、美園もようこそ異世界へ、ってところかな。」

「ここは私の居たほうではなく、アカリの住む世界なのですが・・・」

まあ、向こうでは私も、精霊と契約して召喚などしていたので、

今回の出来事は、それと似たところかなと思っている。


「それで、その力というのは、どんなものなのかしら?」

「少しですが、水を操ることが出来るようになりました。」

尋ねる美園の前で、ソフィアが手の平の上に、小さな水球を浮かべる。


「なるほど、やはり水神様の力といったところかしら。

 まさか、結構な大きさに出来たりとか・・・?」

「出来るかもしれませんが、アカリにも負担がかかるので、

 今は止めておきます。」

「ああ、そこまで気にしなくていいけど、

 私の召喚の一部にもなるのは確かだね。」

いくら使えるとはいっても、常識外の量を出したりなどは出来ないだろう。


「それから、これはどうする?」

「悪霊が取り憑いていたと思われる呪具ね・・・

 もう祓われているようだけど、うちの神社に持っていくわ。

 出所を調べられるかもしれないし。」

「うん、お願い!」

「よろしくお願いします。」

嫌な感じの消えた呪具の始末は美園に託して、

今日、私達がやるべきことは終わったようだ。



「それじゃあ、そろそろ帰ろうかしら?」

「そうですね。アカリ、私の召喚は解いて構いませんよ。」


「いや、せっかくだから・・・はい!」

「えっ?」

異世界の神官服を纏った姿から、

町を歩くための服装に、ソフィアを衣替えさせる。

最近はこうしていることも多かったから、今の私には難しくない。


「アカリ・・・つい先程、かなり力を消費したはずですが。」

「でも、このほうが三人で帰る感じで、良いでしょ?」

「そ、それはそうですが・・・ありがとうございます。」


「はいはい、見ていると余計に疲れてきたから、

 そろそろ行くわよ。」

「うん!」

「行きましょう、アカリ、ミソノ。」


これから降り出すであろう雨の気配や、

上流での荒天による濁った水は変わらないけれど、

先程より穏やかになった川の空気を感じながら、私達は歩き出した。

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