第11話 姿形

それは、注意して見ていなければ、

あるいは、この辺りで最近起きた出来事を知らなければ、

違和感を覚えるほどの光景ではないのかもしれない。


川沿いで遊ぶ数人の子供、その少し後ろには見守るような大人達。

流れる水や周囲の草木に、子供が急に興味を示すのは珍しくないだろうし、

厳しい親でもなければ、それに付き合うのもありふれたことだろう。


けれど、昨夜のうちに上流で降った雨は、川の水量を増やし始めていたし、

これから天気が崩れる予報の中、近付く黒い雲にも構わず、

皆がここに留まっているとすれば・・・?



「これは・・・良くない状況だね。」

「ええ。昨日見かけた人達も多いし、

 まず間違いなく、悪霊の影響下にあるでしょうね。」

今日も様子を見るため、川辺へとやって来たところで、

目に飛び込んできた光景に、美園も隣で顔をしかめている。


『アカリ、ミソノさん。もうこの人達だけでも、

 早めに浄化したほうが良いのでは・・・』

今は私の中にいるソフィアも、心配そうだ。


「どうかな、美園。」

「うーん・・・ソフィアさんの言う通りだと思うけど、

 昨日も言った通り、悪霊の本体を祓わないと解決にならないのよね。

 次に何をしてくるか分からないし・・・」


人に害を成す霊的存在を、私達は一緒くたに悪霊と呼ぶけれど、

美園の言葉を借りるならば、その性質も行動もそれぞれに違っていて、

形だって定まったものではない。


何かに取り憑いたり、擬態することもあれば、

寄り集まって一つになることもある。


今、ここまでの動きを見せていることは、

悪霊が自らを晒している状態とも言えるので、

それがリセットされる可能性を考えれば、美園が慎重になるのもうなずける話だ。



「うわっ!?」

「へ、蛇だ!」

しかし、悪霊とは正反対とも言える、

水にまつわるこの地の平穏への願いが、形になった存在があるとするならば、

放っておくはずはないのかもしれない。


「ソフィア!」

『はい、探知魔法ディテクト!』

すぐさま発動されたソフィアの魔法が、向く先にあるものを捉えてゆく。


『間違いありません。今、あの場所にいるのは、

 私達が昨日出会ったのと、同じ存在です。』

「美園、向こうに合わせようか。」

「ひとまずはそれで良いでしょうけど、その後は・・・」


『二人とも、話の続きがあります。聞いてください。』

考え込む表情を前に、ソフィアがいつになく強い声で、

私達にそれを伝えてゆく。


「・・・ソフィアと美園の負担が大きいけど、行けるかな?」

『アカリ、私が行使する力の源は、あなたなのですよ?

 いえ、今はそれを言っている場合ではありませんね。』


「やるべきことの道筋は把握したわ。

 ・・・正直なところ、実現できるのか自信は無いけれど。」

『私も確証と言えるほどのものはありません。

 けれど、今はこれが最善と考えます。』

淡く浮かび上がったソフィアの顔が、力強さをもって私達を見つめる。

ああ、自分のやるべきことを見定めた表情だなと、

異世界で共に戦った日々を、私は思い出した。



『お願いします、ミソノ!』

「・・・! 分かったわ、ソフィア。

 やるだけやってみる・・・!」

その言葉に背中を押されるように、

美園が強くうなずき、駆け出してゆく。


さあ、私達も始めよう。

「準備はいい? ソフィア。」

『はい、アカリ!』


召喚サモン、ソフィア!」

この世界に溶け込むためのものとは違う、

ソフィアの全力を引き出すための召喚を発動すれば、

神官服を纏った、見慣れた相棒の姿が、私の隣に現れた。



「まずは、あの人達を祓おうか。」

「はい・・・! ライト・バタフライ!」

ソフィアの手から放たれた、光を纏う蝶が、

川辺で騒ぐ人々の頭上をひらひらと舞う。

私達に気付かれないよう、遠隔で力を行使するための魔法だ。


「あれ・・・?」

「俺達は、何をしていたんだ?」

やがて、我に返ったように、

人々が落ち着きを取り戻してゆく。


「今、蛇がいたよな。

 空も暗いし、ここを離れたほうがいいんじゃないか?」

「ああ、よく見れば川の水も濁ってる。

 なんだか嫌な雰囲気だな。」

うん、今がどういう状況か気付いたようだし、

川から離れてくれれば良いのだけれど・・・


「わあっ・・・!」

「き、急に水が・・・!?」

それを許すまいとする意思が働いたのか、

上流から一息に流れてきた水が、土手と接する一帯に流れ込む。


中州というには小さいものだけれど、人々はそこに取り残された形だ。

子供も多くいる中、歩いて渡るには危険が伴うだろう。



「こんなこともあるとは思ってたけど、本当にやってきたか・・・」

「場が整う前で、良かったと言うべきでしょうか。」


そう、この川の上流で降ったという大雨は、

放っておいても、今の景色を作り出したかもしれない。

だとすれば、もう少し時間が経った後、

川に流れる水が増えたところに、悪霊が介入していたとしたら・・・?

今回は行動を早めたことが、幸いしたのかもしれない。


その一番の理由である蛇・・・

いや、おそらくは別の言葉で呼ぶべき存在が、

濁った川の流れを睨んでいる。


それを挑発するように、波打つ水が降りかかるのを、

伸ばされた尾がぴしゃりと打った。


きっとその視線の向こうには、私達も祓うべきものがいる。

そのために、これからすべきことは・・・



『準備が出来たわ、始めるわよ!』

胸元に提げた翡翠の石から、美園の言葉が届く。


「うん、お願い!」

「私達も、すぐに合わせます!」


『どうか、私達の力を・・・・・・!』

少し離れた場所で、美園が祈りを捧げるのを感じた。


「ソフィア、どう?」

「はい・・・はっきりと感じます。

 細い線のようなものですが、繋がりました。」


「それじゃあ、いこうか。」

「はい。この力を、彼の存在に・・・!」

ソフィアが口にする繋がりを、私も隣で感じている。


異世界の神官から放たれる魔力が、こちらに来てからの縁を通じて、

この地の祈りに乗せて届けられてゆく。

それが向かう先は・・・



川辺で鎌首をもたげる、蛇の姿が光を纏いはじめる。

ソフィアが探知した通り、その拠り所は昨日見付けた小さなやしろだ。

私達と翡翠の石で繋がった美園が、そこで祈りを捧げることにより、

異世界の魔力を、行く先に合った形にして伝えることができる。


それは、ソフィアという水瓶から、細い蛇口に長い管を付けて、

多少は零れることも構わずに、水を流すようなものだろうけれど、

それでも確かに、届けられるものはある。


『蛇』の胴が伸び、手足らしきものが生えてゆく。

悪霊と絡めて話すのは、畏れ多い気もするけれど、

霊的な存在であるならば、定まった形は無い。


やがて、頭に小さいながら角が生まれ、ひげも伸びたようだ。

それは、水にまつわる信仰の、一つの形。



『水神様の力が、増したようね・・・!』

少し離れた場所で祈る美園も、何が起きたかを感じているようだ。


「あの姿は・・・」

「この辺りの地域に伝わる、伝説上の存在だよ。」


その変化が収まった時、川辺に浮かんでいたのは、

まさしく『龍』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る