第10話 気持ち
「ちょっと、うちに寄っていかない?」
川辺の捜索を終えた帰り、電車を降りたところで美園が声をかけてくる。
もちろん、私達に断る理由なんてない。
「ミソノさんの神社は、三回目ですね。」
ソフィアが思い返すように口にする。
こちらの服を着て歩き、三人お揃いのパワーストーンをつけた今では、
そこに拒まれるようなものを、彼女が感じることもなくなった。
「アカリ、参拝の作法について復習させてください。」
「うん、まずは鳥居でね・・・」
「二人とも、神社の関係者がこの場にいるんだけど・・・」
「よし、私の復習も兼ねるから、おかしいところがあったら美園が教えてね。」
「あんたは何回来てるのよ・・・!」
三人で話しつつ、私にとっては見慣れた道を進み、美園の家でもある神社へ。
礼をして鳥居をくぐり、拝殿でまた礼をし、柏手を打つ。
「作法も大事だけど、やっぱり気持ちが大事だと思うんだよね。」
「ええ、灯の言う通りね。
作法は合っていても、言われるがままにやってるような雰囲気の人って、
たまにいるのよね。本心を聞けるわけではないけれど、見ていて複雑だわ。」
「気持ち、ですか・・・
疎かにするつもりはありませんが、この胸に刻みたいと思います。」
私がお祈りを終えて目を開けると、ソフィアはまだ祈っていて、
さっき話していた言葉の通り、気持ちをしっかり込めているだろう横顔に、
少し目を奪われてしまった。
「神社の裏側というのは、こうなっているのですね・・・」
「他のところがどうかは分からないけど、
うちは代々神職で、家族もここに住んでいるから、そのための区域もあるわ。
関係者の会合にも使ったりするわね。」
その関係者以外は、立入禁止の旨が記された扉を、
美園がかちゃりと開けて、私達を奥へと連れてゆく。
「まあ、私はもう慣れちゃったけどね。
こっちがトイレで、この先が美園の部屋だよ。」
「あんたは、そりゃそうでしょうね・・・」
「お、お邪魔します・・・」
ソフィアだけが少し緊張した表情を見せながら、
私達は美園の部屋へと案内された。
「持ってきたいものがあるから、ここで待ってもらえるかしら?」
「うん、分かったよ。」
「は、はい。」
鞄などを置いてすぐに、美園が私達を残し、外へと出てゆく。
「・・・アカリの部屋と比べて、雰囲気が違うのですね。」
「うん、神社の中にあるからかな。
私のところよりも、この国に昔からあるような家具が多いよ。
もしかしたら、美園のご両親やその前の世代から、残っていたりするかもね。」
「そ、そんなにも・・・」
落ち着かない様子で、辺りを見回すソフィアに、
私が知るこの場所のことを、少しずつ教えてゆく。
「まあ、そうはいっても、美園が頼み込んで買ってもらったゲームとか、
好きな小説とかが、この辺に・・・」
「ちょっと、アカリ・・・? 他人の部屋を勝手に・・・!」
「何やってんのよ、あんたは。」
「ぐふっ・・・!」
盛り上がってきたところで、
戻って来た美園の手刀が、私の頭を軽く打った。
「ごめんごめん、でも大丈夫だよ。
本当に知らないところは、開けないから。」
「まったく・・・まあ、隠してるわけでもないから、構わないわよ。」
「わ、私もいますが、大丈夫でしょうか。」
「ええ、今更じゃないかしら。
ソフィアさんにも、隠したいものは何も無いわよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「うんうん、どうせならこの調子で、敬語も止めればいいのに。」
「えっ・・・・・・」
「そ、そうかしらね・・・」
あっ、二人とも固まっているようだ。
これはもう少し、かな。
「まあ、無理することでもないかな。言い出したのは私だけど。」
「は、はい・・・」
「ええ、そう思えた時にね・・・」
うん、それは割と近い気がするのだけど。
「それで、美園は何を持ってきたの?
いや、私はなんとなく分かるけど・・・」
「ええ。この神社で作っている、特別な意味を持つ食べ物よ。」
「・・・緑色? 草が入っているようですね。」
美園が持ってきた、少し大きめの皿に乗せられたものを、
ソフィアがじっと見つめている。
「うん、その通りに『草餅』って言うんだ。
この国では昔から作られていて、今でも好きな人は多いと思うけど、
美園の神社にとっては、大切なものでもあるんだよね。」
「ええ、草餅自体、魔除けの意味があるとされているけれど、
うちの神社では鹿をお祀りしていて、草をよく食べる生き物でもあるから、
同じものを口にすることで、繋がりを求める意味があるのよ。」
「なるほど、食べ物からの繋がりを・・・」
この神社の名前は、
美園の姓でもある
そして、美園が持ってきた、この神社で手作りされた草餅は、
少し独特な香りと、ここの雰囲気がよく合っている気がして、
たまに食べる機会があると、いつも嬉しく思う。
「今日は、おそらく悪霊を防ぐ意思を持つ、力を持った存在に出会ったけれど、
届いたのは私の声だったわよね。
灯とソフィアさんも、もっとそんな風になれれば良いと思うの。
今の二人なら、これを口にすることで効果があるんじゃないかしら。
・・・神社違いではあるから、気休めかもしれないけれど。」
「ううん、巫女として頑張ってきた美園が言うんだから、私は信じるよ。
さっきも言ったでしょ? お祈りや作法も気持ちが大切だって。」
「はい、私もです・・・!」
三人お揃いのパワーストーンを見つめた後、一緒に草餅を食べる。
その香りと、ほんのりとした甘さが、口いっぱいに広がってゆく。
「どうしましょう。効果を感じるよりも先に、
美味しいという気持ちでいっぱいになってしまいます。」
「あはは、ソフィアらしいけど、
それだけでも、良かったんじゃないかな。」
「ええ、うちの神社にとって大切なものを、喜んでもらえるのは嬉しいわ。」
どれくらいの効果があったのか、確かめることが出来るのは、
次にそれに出会った時になるだろうけど、
少なくとも私達にとって、この時間はとても意味があるものだろう。
*****
「アカリ、今日は一日中、私を召喚したままでしたが、
疲れはありませんか?」
家に帰り、夕食を終えた後、
ソフィアが心配そうに尋ねてくる。
「うん、今の状態なら問題は無いよ。」
歩き回った疲れが無いわけではないけれど、
ソフィアが気にかけている点については、本当に大丈夫だ。
「やっぱり、ソフィアがこの世界のものに触れて、
慣れてきたからじゃないかな。
もちろん、パワーストーンの効果も大きいと思うけど。」
この世界の服を着て、私と美園とお揃いのパワーストーンを身に付ければ、
実体を保ったままでも、ソフィアの召喚による消費は少ない。
こちらの食べ物を美味しそうに食べていることも、一因だろうか。
召喚術に限らず、私が知る魔法の類はもれなく、使用者の力を消費するものだけど、
今のソフィアの存在が、この世界のものとして受け容れられているのなら、
召喚し続けたままでいても、影響は少なくなっているのかもしれない。
現に私は、身をもってそれを感じている。
「ですが、もし全力を出す時には・・・?」
「うん、その時は、今のようにはいかないかな。」
もちろん、悪霊を祓う場合などは、消費を抑えた状態ではいられないだろうけれど。
「それでは、アカリ。今日は召喚を解いて休んではどうでしょう。
明日は、もしかすると・・・」
最近覚えた天気予報を見ながら、ソフィアが提案してくる。
「ううん、このままでいいよ。
そこまで心配するほどのものではないだろうし・・・」
その顔をじっと見つめて、私は笑顔で答えた。
「私も、きっとソフィアも、そうしたい気持ちでしょ?」
「・・・ええ、アカリの言う通りです。仕方ありませんね。」
苦笑しながらも、うなずいてくれたソフィアの頭を撫でる。
そうして並んで布団に入った後、明日も頑張ることを誓い、おやすみを言った。
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(筆者注)
作中の神社名および、その風習等はフィクションであり、
実在のものと一切関係はございません。
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