第2章 水底に潜むもの
第8話 川辺の蛇
「悪霊と水難事故?」
「ええ、まだ悪霊と決まったわけではないけれど、
その恐れがある話が、うちの神社に入ってきたのよ。」
「一体、何があったのですか?」
「ここから少し離れたところに、流れが急な川があるんだけど、
その深くて危なそうな辺りへ、子供達がふらふらと歩き出したらしいわ。
周りの大人が気が付いて、すぐに止めたそうだけど。」
「・・・! それは、只事ではなさそうだね。」
「はい・・・!」
週末の朝一番に、私とソフィアの部屋にやって来た美園が語るのは、深刻そうな話。
前日に学校で、気がかりなことがあると聞いてはいたけれど、
私達の想像をだいぶ上回ってきている。
「それから、関係があるかはまだ分からないけれど、
もう一つ。」
「うん・・・?」
「その現場近くで、真っ黒で少し大きめの、
蛇が目撃されたのよ。」
「へび、ですか・・・?」
「ああ、ソフィア。こっちの世界ではよくいる生き物だよ。
でも、たまに毒を持ったのもいるから、
もしそうなら、悪霊とか関係なく危ないけどね。」
「ええっ・・・!」
「それもそうなんだけど、この件で気になるのは、
その場にいた人達が、蛇のことを妙に印象的に覚えてるのよね。」
「・・・つまり、力を持った存在、ということですか?」
「ええ、私はそう考えているわ。」
力を持つ者に、人が引き付けられるというのは、
体格が良かったり、華麗な技を見せるスポーツ選手や、
佇まいだけで目を奪われるような役者さんとかが、身近な例だろうけど、
この世界では人が使うものとして一般的ではない、
魔法や霊的な力でも、同じなのかもしれない。
傍から見て不自然さを感じるくらい、みんなが覚えているということは、
それだけの何かがあるのだ。
「蛇か・・・確か、神様の使いとか言われるんだっけ?」
「ええ、伝承によっては、そのように語られることもあるわ。」
「でも、それが悪霊に・・・?」
「まだそうと決まったわけではないけれど・・・
こういうのは、また別の話では人に害を成すものとされることも、
珍しくないのよね。」
「自然の恵みとか脅威が反映されてるから、
どちらの側面も存在するとか、時々聞くよね。」
「なるほど・・・こちらにはそうした伝承が、いくつもあるのですか?」
「うん。蛇といえば、八つの頭と尾を持つ怪物も出てくる、
この国がどんな風に形作られていったか・・・みたいな神話もあるし、
様々な地方に伝わる、もっと身近な伝承もたくさんあるよ。
私も、そのほんの一部しか知らないだろうけど。」
「そうなのですね・・・たくさんの伝承、興味深いです。
八つの頭と尾の怪物は、実際に出てこられては困りますが。」
「それは現実で見たことは無いから、大丈夫。
・・・ソフィアのいたほうだと、他人事ではないかもしれないけど。」
「はい、それだけの存在は耳にしたことはありませんが、
そうしたものに人が襲われるのは、珍しくない話ですからね。」
「異世界、大変だったのね・・・」
思い出すように語るソフィアを前に、美園が少し遠い目をしていた。
「ところで、これからその現場に行くってことでいいのかな?」
「話が早いわね。その通りよ。」
「よし! もちろん行くよね、ソフィア。」
「はい・・・! ただその前に、できれば・・・」
「うん、食べ終わってからにしようね。」
「それはそうね・・・」
朝食を終えてから、それほど時間は経っていないけれど、
美園が手土産に持ってきたお菓子を、じっと見つめるソフィアを、
悲しませるつもりは私達には無かった。
*****
「これが、電車というものですか・・・!」
駅の中へと入り、改札の向こうを眺めて、
ソフィアが声を上げる。
今日の目的地は、電車で数駅のところ。
どんな風に移動するか話していた時点で、興味津々の様子だった。
ちなみに、今回も認識阻害の魔法はかけているので、
私達の会話が、周囲に怪しまれることはない。
「それじゃあ、切符を買うよ。」
「は、はい・・・!」
「私達が行くのはあの駅だから、文字の近くに書いてある金額を入れるんだ。」
「わ、分かりました・・・」
購入場所近くに掲げられた、大きな路線図を見ながら、
ソフィアが頑張って切符を買おうとしている。
先に検索して、準備しておくことも出来るけれど、
こういうことを体験してもらうのも、悪くないだろう。
路線図を見ながら、この辺りにどんな駅名・・・ひいては地名があるのか、
知ってもらうのも良いだろうし。
「アカリ、買えました・・・!」
「よし、じゃあ私も買って・・・行こうか。」
無事に切符を買い終えて、微笑むソフィアと共に、駅の改札を抜ける。
「ところで、ミソノさんや他の人達はどうして、
何か触れさせるだけで、抜けられているのですか?」
「それは、説明が少し長くなるから、後で話すね。」
うん。そっちのやり方のほうが、おそらくは多数派というのは、
早々にバレていたようだ。
「そもそも、灯だって持ってるじゃない。」
「えっ・・・?」
「まあ、そうだけど、ソフィアに合わせたかったからね。」
美園から冷静な指摘が入ったけれど、こういうのは気分が大事である。
・・・それはそうと、次はソフィアの分も用意しておいたほうが良いだろうか。
「は、速いのですね・・・それに揺れませんし、
私の知っていた乗り物では、考えられないほどです。」
「うん、向こうの動物が引くのとは、大違いだよね。
この世界でも、こういうのが広まる前は、あっちに近いやり方だったけど。」
電車で移動する間、ソフィアは窓の外の景色をずっと眺めていた。
「ここが、問題の川だよね。
・・・少し見るだけでは、怪しいところは無さそうだけど。」
「はい・・・私も、今は何も感じません。」
やがて着いた駅から、少し歩いたところで、一つの川へと道は交差する。
「そうね・・・でも特定の場所や条件によって、
何かあるかもしれないから、まだ何とも言えないわ。」
「じゃあ、少し歩き回ってみる?」
「まずは、それが良いかしらね。」
「はい、私も賛成です!」
そして私達は、橋のたもとから川辺に下り、歩き出した。
「あっ・・・?」
「ソフィア、何か感じたの?」
「はい。嫌な気配ではなく、むしろ逆なのですが、
あちらのほうから力を感じます。」
「行ってみようか。」
「ええ、そうしましょう。」
それから、しばし歩いたところで、
ソフィアが見付けたのは、川沿いの茂みのような場所。
「ここは・・・何かを祀っているところね。
推測ではあるけれど、水害などが起きないように、
ずっと以前から、お参りしている人達がいるのではないかしら。」
「そうですか・・・! こんな場所もあるのですね。」
「うん、規模は小さくても、こういう所は意外と多い気がするよ。」
「では、私達も・・・!」
「うん、今ここで起きていることが、無事に解決するように。」
「お祈りをしましょうか。」
そうして、この川辺をずっと見守ってきただろう、
今は名も知らぬ神様に、心からの祈りを捧げ、私達はまた歩き出した。
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