第7話 身に纏うは・・・(下)

「アカリの中から見ている時にも思いましたが、

 大きな建物がいくつも並んで、人も本当に多いのですね。」

「うん、向こうで考えると、国都くらいだったかな。

 ここまで人が多いのって。」

午前中に私達が買った服を身に纏い、

ソフィアが今度は自分の足で、町を歩いてゆく。


「ただ・・・先程から何か、

 敵意とは違いますが、視線を向けられている気がします。」

「ああ・・・これでも髪の色とかで、

 見慣れない人という印象にはなっちゃうかな。」

「それは仕方ないわね。

 この町は、外国から観光に来る人とか、そういるわけではないもの。」


「あとは、単純にソフィアが可愛いから、人目を引きそうな気もするよね。」

「あ、アカリ・・・?」

「さらっと何言ってるのよ、あんたは・・・」

いや、これは本当だから仕方ない。

というか、真面目に対策をしたほうが良いのでは・・・?


「こうなったら、緩めに認識阻害かける?」

「そ、そうしましょうか。」

「急に便利そうなもの、持ち出してきたわね。」


「向こうでは死活問題だったんだよ。

 大技を使うのって溜めが必要だから、発動するまで邪魔されないように・・・」

「アカリが準備している間、私がよく使っていましたね。」

「・・・異世界が大変な場所だったのは、よく分かったわ。」

そしてソフィアが、慣れた手つきで認識阻害の魔法を使い、

私達にじろじろと視線が向けられることは無くなった。



「それで、せっかく駅前までまた来たんだし、

 ソフィアは何か、自分で確かめて買いたいものはある?」

「そうですね・・・あっ・・・!」

何か思い付いた様子のソフィアが、言いかけた後に黙り込む。


「うん・・・? 遠慮しなくていいよ。」

「そ、その・・・こちらの世界の肌着を、試してみたいと思いまして。」

少し顔を赤くしながら、その答えが返ってきた。


「ああ・・・そういえば、そんなところも違いがあると話したっけ。」

「なるほどね。今までの話を聞く限り、

 ソフィアさんがまた、驚いてしまうんじゃないかしら。」


「ええ・・・? これほどの種類が・・・」

数分後、美園が予言した通りに、

ソフィアが驚いた顔で、いくつもの商品を見回している。


「うんうん、たくさんあるよね。

 私は着けやすさだけ考えて選んでるけど。」

「まあ、あんたらしいわね。」


「えっと・・・アカリ。

 どちらが好み・・・良いと思いますか?」

「うん、ソフィアがつけるなら、こっちかな。」

「・・・最初に言いかけたことについては、追及しないでおくわ。」

うん、ここは美園の言葉に甘えておくことにしよう。



*****



「さて、肌着の買い物は終わったけど・・・うん?」

お店を出て、また三人で歩き出したところで、

何かの音が耳に飛び込んでくる。


「これって・・・叫び声?」

「はい、私にもそのように・・・そちらの方角から、嫌な気配も感じます。」

「嫌な気配って・・・・・・この感じはまさか、また悪霊なの?」

私の声に、ソフィアも美園も表情を険しくしながら答えた。


「美園。悪霊って、昨日退治したばかりなのに、

 そんなに次々と出てくるものなの?」

「いいえ、逆ね。強い力を持った悪霊がいたからこそ、

 引き寄せられてきたと考えるほうが自然だわ。」


「ああ・・・分からなくはないか。

 雰囲気が悪い学校とかの噂を聞いて、余計にそういう人が集まってくるとか。」

「ええ、全てがそうとは限らないのでしょうけど、

 今回はあんな悪霊がいたことだし、その可能性が高いと思うわ。

 ・・・それで、確かめに行くってことでいいかしら?」


「うん、もちろんだよ!」

「はい、私もです!」

すぐにでも向かおうとする美園の言葉を、断る理由なんてない。

私達は、声の聞こえたほうへと走り出した。



「こ、これは・・・!」

やがて目にしたのは、商品が散乱した一軒のお店。

見れば、窓ガラスなども割られていて、酷い有様だ。


話を聞くと、ガラの悪そうな人が来店した後、

急に気が変わったように、暴れ出したらしい。

その後、犯人はどこかに去ってゆき、お店の人達はもちろん通報済みということだ。


「前触れもなく豹変したとなると・・・

 悪霊が憑いて、その人が持つ攻撃性が刺激された可能性があるわね。

 元からそういうものを、強く持っていそうな雰囲気だったらしいし。」

情報を集め終えたところで、美園が考えを聞かせてくる。


「もちろん、他の原因も考えられるけど、私は悪霊を疑うわ。

 あんたらはどうかしら?」

「うん、私も同感かな。

 ここに残ってる気配、昨日祓ったやつに似たものを感じるんだよね。

 ソフィア、合ってる?」

「はい。その通りです、アカリ!」

私達の意見は、すぐに一致した。


「それじゃあ、悪霊ということで間違いなさそうだけど、

 人に憑いていると、少し厄介なのよね。

 今回みたいな場合だと、除霊しようとすれば、ほぼ確実に襲いかかってくるし、

 上手く捕まえないと、肝心の霊に逃げられる可能性もあるわ。」

「なるほど。暴れる人の対処と、霊を逃がさないこと、

 両方が必要となるってことだね。

 ・・・それって、早速これの出番じゃない?」

美園の話を聞いて、私は胸元に輝くものを示す。

さっき完成したばかりの、三つお揃いの翡翠のネックレスを。


「ああ・・・あんたが前に出るってことね。

 じゃあ、最後はソフィアさん?」

「うん、そういうこと。」

「アカリ・・・大丈夫なのですか?」

ソフィアが心配そうに聞いてくるけれど、多分これが一番良いやり方だ。


「大丈夫、私達なら出来るよ!」

だから自信をもって、私は笑みを返した。



*****



「いました! あれが嫌な気配の中心です。」

「ここまで近づけば、はっきりと分かるわね。

 強めの悪霊が、あの人に憑いているわ!」

「了解。じゃあソフィア、今度は強めに認識阻害をお願い。」

「はい!」


裏路地に入ったところで、私達が見つけたのは、

確かにガラの悪そうな、大柄な男性一人。

昨日の悪霊と似通った気配を振り撒いている。


「美園、御札貸して。」

「ええ、分かったわ。」

速やかに御札を受け取り、相手に向かってゆく。

それはもう、私達の力と干渉することはない。むしろ・・・



――――


「もう一つというのは、これなんだけど・・・」

ソフィアの着替えを終えたところで、私が取り出したのは、

午前中に買って来た、三つの翡翠のパワーストーン。


「ええ、それもあったわね。どうするつもりなの?」

「まずは、ソフィアと美園に一つずつ渡して・・・」

「は、はい・・・」

「うん・・・?」


「二人とも、この石には少しだけでも力があって、

 相性も悪くないって言ってたよね。」

ソフィアと美園が共にうなずくのを見てから、話を続ける。


「今渡した石に、自分の力を込めてもらえるかな?」

「はい・・・! やってみます、アカリ。」

「簡単に言ってくれるわね・・・」

反応に差がある気もするけれど、向こうの世界には聖なる力を込めた武器があって、

ソフィアにもそうした魔力付与エンチャントの経験があるのは知っている。

美園は普段から御札に力を込めているのだから、出来ないということは無いだろう。


「もう少し・・・注ぎ込めるでしょうか。」

「ソフィア、あまり無理しなくても、石に力が行き渡るくらいでいいよ。

 美園はどうかな?」

「あまり力の通りは良くないけど、何とかなったわ。」


「それじゃあ、残りの一つに・・・まずは美園の力をお願い。

 できれば、さっきのと相乗効果もあるといいな。」

「さらっとハードル上げてきたわね。

 まあ、いいわ。やってやるわよ・・・!」

美園がもう一つ渡した石と、先程の石も隣に置いて、

初めより少し苦戦する様子ながらも、その力を込めてくれる。


「はい、出来たわよ。これでいいかしら?」

「うん、ありがとう!」

二つの石が共鳴するのを感じながら、私はその片方を受け取った。


「次は私・・・ということでしょうか。

 ただ、やはり干渉が心配ですが。」

「ううん、違うよ。

 今度はソフィアの力を借りて、私がやるんだ。」


「アカリが・・・ですか?」

「うん! 昨日から何度も、美園の悪霊祓いの力は近くにあったけど、

 私自身には、一度も干渉していないよ。」


「えっ・・・! それでは!」

「そう、美園の力には、昔から触れてきたおかげかな。

 私なら、ソフィアと美園、両方の力を受けることが出来るんだ。」

だから、翡翠は三つ買うことにした。

ソフィアの分と、美園の分、

そしてもう一つは、両方の力を込めた私の分だ。


「・・・でも、アカリは複雑な魔法が苦手だったと思いますから、

 頑張ってくださいね。」

「うぐっ・・・!」

「ちょっと、大丈夫でしょうね・・・?」

うん、私が召喚士になったのは、精霊と契約さえできれば、

あまり手の込んだ魔法を使わなくていい、という理由もあったんだ・・・


その後、思ったよりは長めの時間をかけて、

私が身に付ける分のパワーストーンは完成した。


――――



そして今、私の手の中で、

御札に美園の力が込められてゆく。


悪霊に憑かれた人も、気付いて殴りかかってくるけれど、

そんなものに当たることは無い。


「アカリは、向こうの世界で前衛ではなかったのですが・・・」

「うん? そっちの前衛って、どんなことをするのかしら?」


「剣や槍を持ち、鎧を装備して、敵に正面から当たることが主な役割ですね。」

「ああ、それなら灯には合わないでしょうね。

 だってあいつが得意なのは・・・」


大振りな相手の攻撃をかわし続け、決定的な隙を見付ける。

・・・もちろん、懐に飛び込むのみだ。


「いわゆる、徒手空拳ステゴロってやつだから。

 昔から喧嘩に負けたことなんて、一度も無いのよ。」


御札を握り締めながら、私の拳が相手の鳩尾に突き立った。



「美園、これはもっと貼り付ければいい?」

「ええ、そうね。そっちに力を送るわ。」

倒れた相手に、翡翠を通して美園の力が込められた御札を、

次々と貼り付けてゆく。


間もなく、憑いていた悪霊が嫌がるように、

その身体を離れ始めた。


「ソフィア・・・!」

私はもう片方の手に、ソフィアの力を込めて、

それをしっかりと捕える。


「はい・・・! 逃がしません。」

あらかじめ認識阻害と共に、目立たぬ程度に張り巡らされていた光が集まり、

悪霊を跡形もなく消し去った。



*****



「随分と、慌ただしい一日になっちゃったね。」

「まあ、事件が無事に解決して良かったわよ。

 あの人には少し気の毒だけど、ああいう悪霊に好まれる点もあったみたいだし、

 そこは仕方ないわね。泥酔して暴れてしまった・・・という落とし処かしら。」


「認識阻害はしっかりとかけておきましたから、

 あの人が私達の顔を覚えていたり、誰かに見られたということも無いはずです。」

「ありがとう! 私達も目立ちたいわけじゃないしね。」

こうして、私達がしたことは町の人達に知られぬまま、

悪霊を祓うという目的は達成した。


「それじゃあ、今日はお開きかしら。」

「あっ! 待って。美園の家まで送っていくよ。

 いいよね、ソフィア。」

「はい!」

「うん・・・? ああ、そういうことね。」

そして私達は、美園の家でもある神社へと向かってゆく。


「ソフィア、どうかな?」

「はい・・・! ここまで来ても、力が干渉することはありません!」

鳥居の前で、ソフィアが声を弾ませた。


ソフィアが胸元に提げた翡翠は、

私が持つものを通じて、美園の力とも繋がっている。

それに、彼女が身に纏っているものも、

拒まれるとは考えにくい、この地で売られていた服だ。


まだ完全に慣れたわけではないだろうけど、

少なくとも神社に入れない、なんてことはもう無い。


「じゃあ、参拝の仕方を教えるから、一緒に行こう!」

「はい!」

「この神社の巫女が目の前にいるんだから、

 他に分からないところでもあれば、すぐに教えるわ。」

そうして私達は、三人並んで夕陽が照らす参道を進んでいった。

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