第5話 身に纏うは・・・(上)

「ん・・・・・・」

少しばかり目覚めの悪さを感じながら、瞼を開く。

だけど、隣から柔らかな感触を覚えて、そんな気分は吹き飛んだ。


「すう・・・すう・・・」

顔を横に向ければ、ソフィアが私に抱き付いて眠っている。

思わず手を伸ばして撫でそうになり、起こしては悪いと引っ込める。


私が異世界に召喚されていた間も、枕を並べることはよくあったけれど、

当時のお互いの立場もあって、いつもこちらが起きる前に、

係の人達と一緒に、朝食の支度などを始めているものだから、

こうして彼女の寝顔を眺めるのは、珍しい気がする。


今はもう、気遣うような役割も無いのだから、

目が覚めるまでゆっくりと休んでいてほしい。



「あ・・・おはようございます、アカリ。」

そう考えていたら、ソフィアがぱちりと目を開けて言った。


「おはよう、ソフィア。

 ・・・もしかして、起こしちゃったかな?」

「いえ・・・ちょうど目が覚めましたし、

 アカリが起きたのなら、私も合わせたほうが良いかと。」


「もう、向こうの世界とは違うんだし、ゆっくり寝ていてもいいのに。

 それでなくても、こっちに来る時から色々あったんだから。」

そう、召喚された地での最後の戦いから、

私は元いた世界の自分へ、夜眠っている間に合流したような形だけど、

ソフィアは体感的に、休めていたのだろうか。


そして美園との邂逅から、その夜には悪霊祓いもして・・・

言うなれば、こちらに来て初めての、安眠できた時間だったのかもしれない。



「いいえ、私は何も問題はありませんし、

 むしろアカリの寝顔を見たかっ・・・何でもありません。」

ん・・・? 今なんて言った。

ソフィアがぷいと視線を外すのを追いかける。


「たまには私にも見せてほしいけどな。今日みたいに。」

「~~~~! 明日からは、また私が先に起きます。」

・・・さて、こんな会話ばかりしていると、

美園から爆発の呪詛的なものが飛んできそうだから、ベッドから身体を起こす。


「・・・っ!」

少しだけ、体がふらつくのを感じた。


「アカリ・・・?」

「大丈夫。昨日いろいろあったから、ちょっと疲れたのかな。」

「・・・いいえ、アカリ。本当は別の理由に気付いているのでは?」

「うっ・・・」


「よくよく確かめれば、力が減っているのが分かります。

 悪霊を祓う時、それなりに消費していた上に、

 私を長時間、実体で召喚したままだったから、ですよね?」

「・・・うん、私も初めてだったから、試すつもりではあったけど、

 思ったよりも疲れが出た感じかな。しばらく休めば戻るはずだけど。」


「アカリ。夜は召喚を解いた状態にしましょう。

 それに、今も早くそうするべきでは?」

「・・・朝ご飯の時は、実体化するよね?」


「・・・・・・お願いします、アカリ。」

顔を赤くしながら、ソフィアが言った。



*****



『アカリ、今日は私の服を買いに行くということでしたが・・・

 無理はしないほうが良いのでは?』

「大丈夫。少し出歩く程度なら問題ないし、

 最初はどのみち、ソフィアは私の中にいたほうが良いから。」

『それはそうですが・・・』

ソフィアの服は今、向こうの世界の神官服しかないので、

そのまま外に出れば目立ちすぎるのは、本人も理解しているところだ。


「それにね、美園も気合入ってると思うよ。」

『ミソノさんが、ですか・・・?』

「うん。そろそろ来ると思うけど・・・あっ、ほら。」

ソフィアはまだ、私の体調を心配してくれているようだけど、

予定通りの時間に、来客を告げる呼び鈴が鳴った。


「さあ、買い物に行くんでしょう? 私は準備万端よ。」

ファッション雑誌を参考にしているのだろう、

都会でどうかは分からなくとも、この辺りでは最先端といった雰囲気の服で、

美園が玄関の前に立っている。


『えっ・・・? 貴族の服・・・を落ち着いた雰囲気にしたものでしょうか。』

「いや、こっちでは凄く珍しいわけでもないよ。

 一般の人が着るには、結構いいものって感じかな。」

ソフィアが生まれた世界では、そういう感覚になってしまうのは、

一年くらい召喚されていた身としては、分からなくもない。


「ソフィアさんは隠れた状態で来るのは分かってるわ。あんたはどうするの?」

「うん? いつも通りというか、これで行くよ。」


「・・・どうしてあんたはいつも、

 動きやすさに全振りしたような格好なのよ・・・!」

「ん・・・? 楽だから。」


「はあ・・・仕方ないわね。」

『えっと・・・アカリ。この世界の一般的な価値観は分かりませんが、

 ミソノさんのほうに支持が集まりそうな気が・・・』

「うん、それは否定できないかな。」

二人に少しばかり言われつつも、

私は普段通りの服を着て、美園と共に家を出た。



『服がこんなに・・・目が回ってしまいそうです。』

私の中から、ソフィアが驚いた様子で語り掛けてくる。


「まあ、仕方ないよね。

 一つのお店に服がたくさん、そしてお店自体も複数あるんだから。」

駅前の少し賑やかな場所に出れば、服の選択肢はもう数え切れない。


『アカリ・・・あの透明で大きな箱の中にある服は何ですか?』

「あれは、本当にこっちの貴族みたいな人達向けの服。」

『あっ・・・・・・』

とはいっても、女子高生の私達に大層な予算があるわけではないから、

量販店を中心に見て回ることにした。


「ソフィアさん、いくつか見てみたけれど、好みのものはあるかしら?」

こういうものは、美園のほうが詳しいので、少し見繕ってもらう。


『ええと・・・・・・アカリは何か、好みはありますか?』

あっ、頭がパンクしかけている気配がする。

私もソフィアも、向こうの世界でお洒落とか全く考えなかったのは、

似た者同士なのかもしれない。


「じゃあ、私の好みでいいなら、着やすくて・・・イメージしやすい、

 ふわりとした感じのがいいかな。」

「着やすいのは分かるけど、イメージしやすい・・・?」


「それは家に帰ってから話すよ。

 あとは、こっちの服に慣れてきた頃に、

 ソフィアに自分で選んでもらうのはどうかな。」

「ええ、それもそうね。」

『は、はい・・・!』

そうして、ソフィアの金色の髪に似合いそうな、

黒や白のシンプルなものをいくつか選んで、私達はお店を出た。



「実は、もう一つ選びたいものがあるんだけど、二人ともいいかな?」

「ええ、構わないわよ。」

『私はもちろんですが・・・何を買うのでしょうか。』


「それは、着いてからのお楽しみ。

 というか、実際に見て説明したほうが早いからね。」

ソフィアが不思議そうにする中、少しうろ覚えではあるけれど、

その手のものを売っていた場所に、二人を連れてゆく。


「ここって・・・パワーストーンとかのお店じゃない。

 実際に効果があるとは限らないわよ。」

中へと入ったところで、美園が私に声をかけてくる。

もちろん、店員さんには聞こえないように。


「もちろん、それは分かってるよ。

 でも、一つだけでも、力はほんの少しでもいいから、

 ソフィアから見ても、美園から見ても、相性の悪くないものを選びたいんだ。」

『は、はい・・・! 少し大変かもしれませんが、やってみます。』

「はあ・・・仕方ないわね。」

そして、学生らしき二人・・・実際には三人だけれど、

店内を回りつつ石をじっと見つめる様子に、

少し戸惑う気配を店員さんから感じたけれど、私達はようやく見つけ出した。


『これなら良さそうです、アカリ。』

翡翠ヒスイか・・・美園はどう?」

「ええ。これなら少しだけど、力も感じるわね。」


「よし、小さいのが三つあるから、これにしよう。」

『は、はい・・・』

「灯・・・手頃な部類のお店とはいえ、値札は見てるの?」

「うっ・・・こ、これくらいなら。」

『アカリ、本当に大丈夫なのですか・・・?』

正直なところ、三つも買うと少しばかり痛いけど、

これからのことを考えると、手に入れておきたい。

どうにか手持ちのお金で何とかなり、支払いを済ませる。


「それじゃあ、帰って昼ご飯を食べたら、

 買ったものを、ソフィアに身に付けてもらおうか。」

『昼ご飯・・・! 分かりました。』


「そうね。何か買って帰る?」

「・・・手頃なものでいいかな?」

「ああ、私もお金は出すから、気にしないで。」

「助かります・・・」

美園にも色々と助けられつつ、

私達は午前中の買い物を終えて、帰路についた。

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