第4話 今とこれから

「私を呼んだ用事って、これで終わりでいいのかしら?」

ちょっとした騒ぎの末に、ソフィアとの顔合わせを終えたところで、

美園が尋ねてくる。


「いや、むしろ本題はこれからなんだよね。」

「はあ・・・? 私、この件はもうお腹一杯なんだけど。」


「まあ、それはそうかもね。

 美園がいきなり攻撃してこなければ、もっと早く済んでたとは思うけど・・・」

「うぐっ・・・! わ、分かったわよ!

 さっさと話しなさい。」


「ありがとう。とはいっても、今までの説明で、

 八割方終わってるようなものだけど・・・」

ちょっと後ろめたい表情の美園に、相談したかったことを伝える。


「なるほど。あんたとソフィアさんが、周りの人にどう見えるか・・・ねえ。

 確かに、私はすぐに違和感を覚えたけど、

 それは灯のことを、昔からよく知っているからよ。

 最初のように隠れていれば、大抵の人は何も感じないんじゃないかしら。」

「それなら良かったよ。ソフィアが嫌な思いをせずに、

 外を出歩けるための対策が、必要になるかもって思ってたから。」


「えっ・・・? むしろ危険があるのは、アカリのほうでは・・・」

「私より、ソフィアのことが心配だよ。」


「はいはい、お互い心配し合ってると、話が長くなるから。

 それで、今みたいに実体化している時は、どうなのかも知りたいかしら?」

「さすが美園、話が早いね。」


「と、当然よ! あんたのことなんだから。

 それで、今のソフィアさんだけど、その辺を歩いてる人と、そう変わらないわね。

 注意してじっと見ていれば、違和感はあるかもしれないけど。」

「そっか。ありがとう、美園!

 それなら、あとはソフィアのための服を買えば、

 この状態でも出歩いたり、一緒にご飯を食べに行ったりできるね!」


「あ、アカリ、本当に・・・!」

「・・・さらっとハードルが上がっていってる気がするけど、

 まあ、あんたならそうでしょうね。」

喜びの声を上げるソフィアの向かいで、美園が少しため息をついて言った。


「よし、それなら早速、外を出歩いてみようか。

 美園も一緒に来る?」

「いいえ、私は止めておくわ。

 今夜、悪霊祓いに行こうとしていたし、その準備もしたいわ。」


「え・・・悪霊祓い?」

「あんたは昨日まで見えなかったから、分からないかもしれないけど、

 町外れの辺りで、夜中に妙なものが揺れ動いてるのを見たり、

 それを面白がって近付いた人が、気を失ったり、

 行方不明になった後、気が触れたような状態で見付かったりしてるのよ。」


「ええ・・・? 結構大きな話じゃない、それは。」

「そうなんだけど、悪霊の疑いなんて公に発表されるわけはないし、

 そういうのは気のせいとか、一時の体調不良とかで片付けられるわ。

 捜査に向かった人達にも、被害が出ちゃってるみたいだしね・・・

 それで、話が回ってくるのは、私達みたいな神社ってわけよ。」


「ああ、お祓いとかするもんね。」

「まあ、町外れの普段使われない土地のお祓いなんて、

 お金を出して頼む人はそう居ないと思うけど・・・

 こういうのが解決されず、放っておかれるのも嫌なのよね。

 神社の娘としても、私個人としても。」


「うん、美園ならそうだよね。」

「さっきのアカリを見た時の行動・・・よく分かる気がします。」


「そういうわけで、私はこれからその準備をするの。

 買い物なら、あんたとソフィアさんで行ってもらえるかしら。」

「あ、美園、それなんだけど・・・」


ソフィアと目を合わせ、うなずき合ってから、美園に伝える。

「私達も手伝うよ! その悪霊祓い。」



「はあ? 手伝うって・・・それはありがたいけど、

 灯をいきなり、悪霊のいるような場所へ・・・」

「私達が大丈夫ってことは、

 美園も身をもって、分かってるんじゃない?」

私の隣で、ソフィアも微笑みながら美園を見る。


「それは・・・そうかもしれないけど・・・」

「じゃあ、今日色々話を聞いてもらった、お返しってことで。

 私だって、美園が一人で行って怪我でもしたら、嫌なんだからね。」


「わ、分かったわよ。それじゃあ、お願いするわ。」

顔を赤くしながら、美園が言った。



*****



「わざわざ、送ってもらわなくてもいいのに。」

「ううん、ソフィアに外の景色も見せたかったし・・・

 確かめたいこともあるからね。」


ソフィアには、外へ出る前に召喚術を解いて、

私の中へ入ってもらっている。

『アカリ、この世界の町並みは、向こうと本当に違うのですね。』

窓の向こうから眺めるだけではない、実際の雰囲気を楽しんでいるようだった。


「確かめたいこと・・・?」

「うん。もうすぐ分かるはずだから、

 このまま向かってくれればいいよ。美園の家に。」


「わ、分かったわ。」

少し怪訝そうな顔をしながらも、私達は何度もしてきたように、

肩を並べて美園の家へと向かった。



「・・・そろそろ、神社だね。」

「うん。あんたなら言わなくても分かるでしょうけど。」


「美園が思う神社の範囲って、どの辺りからかな。

 やっぱり、鳥居から?」

「うん・・・? まあ、そうなるかしら。

 一般的には、鳥居で礼をしてから入るのが作法・・・

 さっきソフィアさんがやったような、結界として捉える見方もあるわ。」


「そっか・・・ソフィア、もし嫌な感じがしたら、すぐ教えてね。」

『は、はい・・・!』

「ああ、そういうこと。

 周囲に全く影響が無いわけでもないでしょうから、確かにそろそろかしらね。」


『アカリ・・・来ました。

 このすぐ先から、良くないものを感じます。』

神社の鳥居まですぐ近くとなったところで、ソフィアが語りかけてくる。


「分かったよ、ソフィア。

 ・・・美園、今日はここまでみたい。」

「ええ、分かったわ。」


「・・・全力を出せば、もう少し先まで入れそうとも言ってるけど。」

「それは止めて!?」


「うん。今は止めておくよ。

 じゃあ、待ち合わせの場所と時間が決まったら、連絡して。」

「ええ、また後でね。」

声をかけ合い、美園が鳥居の向こうへと歩いてゆくのを、

ソフィアと共に見送った。



『・・・ミソノさんのお家は、この世界の身近な神殿のようなもの、でしたね。

 ということであれば、私は・・・』

「ううん。まだ慣れてないだけだと思うよ。」


『慣れていない、ですか・・・?』

「うん。ソフィアは覚えてる?

 私が召喚士になったばかりの頃、精霊との契約が上手く出来なかったこと。」


『はい。もちろんです・・・!』

「きっと、今のソフィアもそんな状態なんだよ。

 この世界にもっと触れてゆけば、あの向こうにも行ける気がするんだ。」


『そういうものでしょうか・・・』

「うん。だって私は、ソフィアと会う前に特別なことをしたつもりは無いけど、

 あれに拒まれたことなんて、一度もないよ?」


『そ、そうなのですね・・・では私は・・・』

「だから、意外とすぐに行けるかも・・・ってことだよ。

 こっちの服を着てみるとか・・・美園とも、もっと話してみれば?

 最初はあれだったけど、悪い子ではないでしょ?」


『そうですね・・・アカリを心から心配しての行動だったと思います。』

「うん! まあ、今日のところは帰ろうか。

 夜には悪霊退治のお手伝いも入ったことだし。」

『はい、アカリ・・・!』

そうして私達は、鳥居の前から引き返し、家へと帰った。



*****



――そして今、初めての悪霊退治を終えて、私達は帰路につく。


「ねえ、美園。明日はソフィアと三人で、買い物に行かない?」

「えっ・・・? 確かに、そんな話も午前中にしてたわね。

 今日は世話になったし、いいわよ。」


「ありがとう! ソフィアも、それでいいよね?」

「はい、もちろんです!」


そうして、ソフィアは私の中へと戻り、

私達は神社へと帰ってゆく美園を見送る。

明日はまた違う景色が見られるだろうかと、思いを馳せながら。

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