第2話 始まりは嵐のように(上)

「アカリの幼馴染・・・ですか?」

「うん。美園っていうんだけど、その子の家が神社・・・

 向こうの世界で言えば、身近なところにある神殿みたいなところなんだ。」


私が異世界からソフィアを連れて戻った朝・・・

といっても、魂の一部を呼び出されたようなものだから、

変わらず女子高生としての日々を送っていた、自分もまたいるのだけれど・・・


ともかく、ソフィアにとっては初めてとなる、

こちらの世界の朝食を賑やかに終えて、少し落ち着いたところで、

これからの話をすることに決めた。


「身近な神殿のような場所の生まれ・・・

 そのミソノさんという人にも、力があるのですか?」

「うん。ソフィアのところに呼ばれるまでは、はっきりとは分からなかったけど、

 今なら、あるって確信してるよ。」


「なるほど・・・つまり、私達のことを相談するのですね。」

「そういうこと。この世界の人達から見てどうかは、私も分からないからね。」


ソフィアも感付いているだろうけど、

私達の状態は、こちらの世界では・・・いや、向こうでだって普通ではない。

それに、魔法を使える人がその辺を歩いているわけでもない此処では、

うっかりすれば、私達の存在は都市伝説まっしぐらである。


こういうことは、知識がありそうなところに相談するのが良いだろう。

・・・私の幼馴染という言葉に、ソフィアが少しばかり、

ぴりっとした雰囲気を漂わせているのは、ご愛敬ということで。



*****



美園に電話をかける。

ちょっと相談したいことがあって、直接説明したほうが早いから、

急で悪いけど来てほしいと頼むと、文句を言いつつも了承してくれた。

この辺りは、幼馴染ゆえの気安さである。


「ソフィア・・・?」

その様子をじっと見つめるソフィアを、私は不安にさせてしまっただろうか。


「アカリ・・・この世界の人達は、こんなにも簡単に遠隔通信を・・・?」

「あっ・・・そういえば、向こうには無かったよね。」

うん、電話に驚いていたようだ。

向こうの世界でも、魔法を使えば技術的には可能だけれど、

コストが大変なものになるため、遠い国のごく一部で使われているという噂が、

ソフィアの耳に届く程度だったらしい。


こちらでも、国や大きな企業が環境を整えてくれなければ、

簡単に出来るようなものではないし、

私達もしっかりと、利用料は取られているのだけれど・・・



そんな話をしているうちに、美園がやって来る時間になった。

ソフィアには一度、私の中に戻ってもらう。


扉を開けたら、いきなり見知らぬ女の子が出てくるとか、

彼女にはきっと刺激が強いだろう。

この後、どんな反応が返ってくるのか、

期待と不安が入り混じりつつ、来客を告げる呼び鈴の音を聞いた。



話すべきことはたくさんあるけれど、

まずはいつものように、美園を迎え入れる。

・・・私を見た瞬間、その目がすっと細まったのは、気のせいだろうか。


だけど、特に何も言われぬまま、

これまで何度もしてきたように、私の部屋へと案内したところで・・・


「あなた、何者なの?」

美園の冷えた声が響いた。



*****



「何者って・・・私だよ。灯だよ?」

「ええ、見た目はそうでしょうね。

 だけど、昨日の今日で、なんで気配が別人みたいになってるのよ・・・!」


あっ・・・これはまずい。

私に何かあったのは完全にバレているし、

こうなった美園を止めるのは、ちょっと大変なのだ。


「えっと、言ってることは間違ってない気がするけど、

 私は私のままだからね、美園?」

「それだけで、どう信じろというのよ。

 じゃあ、子供の頃に一番好きだった料理でも、聞かせてもらおうかしら?」


「はあ・・・? 一番って聞かれても困るけど、

 カレーとかハンバーグのことを言ってるの?」

「そうだった気もするけど・・・

 誰も答えられるようなものしか、挙げていないわね。」

うん、自分で質問を決めておいて、

それは理不尽じゃないかな、美園・・・?


『カレー・・・? ハンバーグ・・・?

 あっ、後でいいので教えてください、アカリ。』

そしてソフィアは、まだ見ぬ料理に思いを馳せているようだ。



「それじゃあ・・・あんたの背中とお尻にあるほくろの数は?」

「私が見えないところを聞いてどうするの・・・!?」

うん、お風呂に一緒に入ったことは何度もあるけど、

熱心に鏡で自分の後姿でも確かめない限り、分かるのは美園だけだよね?


『そんなの、決まっています。背中に二つ、お尻に一つです!』

「ちょっ・・・!?」

対抗心を燃やしてしまったのか、

私の肩から、ソフィアがひょこりと顔を出す。

確かに見せたことはあるし、このままでは埒が明かないのも確かだけど、

これは終わったかもなあ・・・



「・・・っ! 出たわね、悪霊!

 灯の身体を返してもらうわよ!」

言葉を続ける暇もなく、美園が御札を取り出し、私達に突き付ける。

あれは私が調子を崩していた時に、悪霊避けと言って渡されたものだ。


「アカリ、あの手にあるものから、良くない気配を感じます。

 少し力を借りますね。」

「わ、分かった・・・!」

今まで私が触れて、何か起きたことは無かったけれど、

ソフィアが断言するのなら、間違ってはいないのだろう。

彼女を危険に晒すことは、絶対にしたくない。


「ごちゃごちゃ言ってるんじゃないわよ!」

「!!」

私達の会話に構わず、美園が御札をこちらに放ってきた。



「結界!」

ソフィアがすぐさま力を行使し、私達の前に光の壁が現れる。


「なっ・・・!」

美園が目を見開く中、御札は光に弾かれて、

勢いを失いはらりと落ちた。


「美園、ソフィアは悪霊なんかじゃないよ。

 だから、落ち着いて・・・」

「こ、これで終わるわけがないでしょう!?」

声をかけてはみたけれど、全く耳に入らない様子で、

美園が何枚もの御札を取り出し、ぶつぶつと唱え始める。


これも前に見せてもらったことがある。

御札に力を込めたり、悪いものを祓ったりする時の、ことばというやつだ。

・・・この状況で、そんな時間のかかることをするのは、

私達から見れば、致命的な隙なのだけど。


「封じます、アカリ。」

「うん、お願い。」

ソフィアが光の結界をさらに作り出し、美園の四方を囲む。

それを万一にも壊されないよう、込める力も強めてゆく。


「さあ、覚悟しなさい!

 この御札で・・・・・・」

私達を見据えた美園が、その鼻先まで光の壁が達し、

ぐるりと包囲されていることに気付く。

力を込めたであろう御札も、ソフィアの光に当てられ、床に落ちてゆく。


「・・・これ、詰んだ?」

ぽつりと零れた言葉が、部屋に小さく響き、

これから美園にどう話を聞かせようか、私は頭を悩ませた。

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