二
船を降りた二人を迎えたのは、江戸の喧騒だった。
往来では、片肌脱ぎになって大八車を引く車力が行き交い、
日本橋の
そうして、やっとたどり着いた両国橋のたもと。火除け地として設けられた広小路には、多種多様な見世物小屋が集まっていた。
竹を編み作られた壮大な籠細工、愉快な踊りや寄席。曲芸ならば、曲独楽に曲扇子、果ては曲屁に至るまで。人間ばかりではない。猿の軽業、猫の芝居。更には孔雀、
「なァ、颯介。猫の芝居だってよ、猫の芝居!」
「お前、目的忘れてないか」
そんなやり取りをしながらも見つけたのは、海を
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 世にも珍しい人魚の
客から銭を受け取り、代わりに札を渡して小屋の中へ案内する。口上を続けながらも次々と客を入れる様は小気味良い。
「女房を質に入れても見るしかない! いや、もしかしたら既に旦那を質に入れる算段をつけてるかもしれない。そこの旦那、質に入れられる前に見ていきな!」
遊びあるく商家の若旦那、風雅な装いの御隠居と付き人、はしゃぐ娘御たち、田舎から出てきた二人連れの武士、好奇心旺盛な
蓮太郎と颯介はその後へ続くが、期待に弾む胸を隠しきれずに問う。
「なァ、人魚の木乃伊ってのは、本当に本物なのかい?」
「人魚の仲間が木乃伊を奪い返しにきたというのは?」
木戸番は得意げな笑みを浮かべ、手慣れた様子で二人を案内する。
「それは、入ってからのお楽しみだよ!」
ほどなくして、見世物小屋の主人が布に覆われた“何か”を客の目の前へと運び込む。
「とざい、
大仰な口上に、客席の空気が引き締まる。
「ここに取り出したりますは、世にも珍しき人魚の木乃伊! しかし、皆々様、焦らないでくださいまし。まずは
声を低めたことが、かえって客の好奇心を
「あれは昨年、この人魚の木乃伊を初めてお披露目した日のこと。暮れ六つが近づき、私はそろそろ小屋を閉めようかと思ったのです。そうしましたら何かを引き摺るような、ズル……ズル……という音が聞こえてくるではありませんか。不思議に思う間もなく、そちらの入口から現れたのは……、なんと、人魚!」
入口付近に座っていた蓮太郎は
「柳のような髪から鋭い目を覗かせ、『帰セ……、帰セ……』と呻きながら私に迫るのです。危うし……! と思ったところで、木戸番が駆け付け事なきを得たのでした。しかし川へ去っていく人魚の尾を、私はハッキリとこの目で見たのです。この人魚の木乃伊と、同じ色をしておりました。きっと、同族の者が取り返しにきたのでしょう」
なればこそ、この人魚の木乃伊は本物であると言外に示している。
「それでは、ご覧に入れましょう!」
そうして幕が取り払われた途端、客は皆、息をのんだ。
瑞々しい
驚くべきはそれだけではない。魚の半身から繋がる上体は人の形をしていた。十にも満たない幼子が胸の上で手を組み、目を閉じている。そのあどけない頬はふっくらと丸みを帯び、木乃伊と言うにはあまりにも張りがある。
蓮太郎が思い描いたような
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