第49話
征燈への干渉を止め、俺は変わらず守護霊として時間を過ごしている。
元々、俺の姿が視える子孫のほうが少なかったんだ。
今更守護対象と会話ができなくなったからと言って、感傷的になることもない。
それよりも、今は守護霊界隈での情報収集の必要がある。
こがねくんたちに出会った頃からじんわりと感じる違和感の正体を探らなければ。
やることはたくさんある。
『ねえねえ、
『その名で呼ぶな』
『ええ~本名のがいいのお?』
『いいワケない』
『…………んふふ』
嫁神楽家の中で一番近い霊体たる存在は、晴燈くんを乗っ取ろうとしているこの燈瑠児だ。
母親の守護霊は母親が心配することが起きないとあまり顔を出さない。
父親の守護霊は人語の習得が必要な存在で、しかも出張続きでゆっくり会話をする間もない。
晴燈くんの守護霊は沈黙のまま、ただ不穏な気配だけが揺蕩っている。
つまり、家の中で積極的に会話をしようとしてくるのはコイツだけという状態で、俺は俺でコイツの現代への順応力の高さに舌を巻く事態に陥っていた。
『あのねえ、昨日がっこーで面白いことがあったんだよお~知りたい?』
泥水を含んだような響きはなくなり独特な声音が際立つ発音、言葉は滑らか、古めかしい言い回しもなくなり征燈や晴燈くんと会話をしているような気分になる。
癖のある話しかたは、路次くんに近いだろうか。
『ね~え~、話してもいい?』
『いつも勝手に話しているだろう』
『んふふ、大とと様には弟子がたあ~くさんいたのに、覚えていてくれてるんだね』
『お前は誰よりも奇抜だった。能力がありながら性格が曲解し、歪みに正を見出してしまった故に愚かな暴走を果たしただろう。他の者にもずいぶん迷惑をかけた。そんな輩のことを忘れるハズはない』
『誰よりも大とと様を慕い思い募らせ高みへの夢を見ていただけなんだけどな』
『俺は神になる器ではない』
『だから
『お前がいても神にはならない』
『その姿になっても変化に身を投じる必要はあるよ?』
『……』
『明日、変化が起きる』
『お前はいつから
『基礎を知ればすべてを知る。吾には見合った能力があるしいつでも高みを目指す意欲はある。だから人が扱う卜も簡単』
『そうか』
『んふふ、コイツ本当に罰当たりだよねえ~もっと苦しめばいいのにぃ』
『おい』
『いつかコイツと仲違いして、吾が望むカタチで大とと様と再会できたらサイコーに嬉しいなあ』
『祓うぞ』
『大とと様は変わらず怖~い。けど、畏怖しかなかった頃とは違うんだよね』
あくまでも悪戯を楽しむ童のような視線を細め、スルリと征燈の部屋から抜け出て行った。
燈瑠児は、俺が征燈以外の存在と会話をするとき征燈が「聞こえていない」ことを察している。
征燈との会話を止めて以降、夜な夜なやってきてはお構いなしに会話をして戻っていくのだ。
守護霊だから眠気はないが、かと言ってヤツと交わす言葉は少なくしたい。
ヤツの順応ぶりが俺の中で脅威に変わりつつあることは悟られてはならない。
弱みを見せれば終わりだ。
毅然としていなければ、ヤツの手管に絡め取られる。
生きていた頃からそうだ。
寝首を掻かれないようにとどれほど注意深く相対していたか。
『……明日、か』
こがねくんの知り合いである、式ぬい使いの蛇卦野柚麻くんの病室へ行く日だ。
彼との約束は違えないようにと、こがねくんからも厳重に言いつけられている。
征燈はシャモを取り上げられている以上、行っても意味がないのではないかと考えていそうだが、約束を破るような子孫ではないから放課後に病院へ向かうだろう。
変化は、征燈にだけでいい。
今までならばそう考えて完結していた。
だが俺を含む征燈の環境を考えると、俺の変化も余儀なくされている。
揺蕩うだけだった刻が微風にさざなみ、刺激と言う振動にゆっくりと動き始めようとしているような予感がする。
認識をしてはならない予感が、俺の不安をずっと煽る。
『……』
俺はただ、子孫を護るだけの守護霊でありたいだけだというのに。
守護霊になってもなお、上手くいかないことはあるものだ。
「行ってくる」
「うん! 気をつけてね?」
一緒に病院へ行くとギリギリまでワガママを零していた晴燈くんだったが、征燈から路次くんのタブレットを預かってようやく同行を諦めてくれた。
大変な時に不謹慎だが、路次くんと容易に繋がれるアイテムが手元にあってよかったと思う。
征燈は晴燈くんのワガママに抗う術をほとんど持たない。
たしなめることもほぼ不可能だから、もっと理解までに時間がかかるかと眺めていた。
苦し紛れだったようだが、なんとかなってホッとしている。
晴燈くんに見送られ、乗り込んだバスの中で詰めていた息を静かに吐き出した。
座席は空いていたが征燈は立って、流れていく景色を見つめている。
なにを思いなにを見ているのか俺にはわからない。
守護霊によってはリンクするようにわかる者もいるが、大概は過干渉にならないように交わりを制御することが多い。
俺はそれをやりすぎて、まったく干渉できない状態にまでなっているのだろう。
永く一族の守護霊を担っていたツケでこんなことになろうとは遺憾でしかない。
だからと言って意欲的に情報を摂取する気にならないのは、征燈の性格が影響している。
征燈は神様に守護霊をしてもらいたいと願い続けている状態で、俺はその願いからは外れている存在と認知されている。
つまり征燈にとって俺はどうでもいい存在で、余計なお世話だが今は守護霊らしいから護られてやっている、という感覚が強い。
悪いことに俺を視覚や聴覚でも意識することができるから、感情がしっかりと向き合わない限りまともな理解を深めることができない状態だ。
頑固な性格、疎ましく思う感覚などが、守護霊としての現状に適応する能力を妨害している。
俺を認識できない子孫であれば、無条件で情報を摂取し適応することが容易だったろう。
まあ、それができたとしても俺はそうするつもりは微塵もなかったワケだが。
これまでの視える子孫は戸惑いながらも友好的で、かつ俺に興味を持ち接してくれた者がほとんどだ。
征燈は頑として俺を守護霊として認めてくれていない。
理想の守護霊像があるのだから仕方がないとも言えるが、それが今こんなにもネックになってしまうとは。
俺を認めるきっかけがあれば征燈の感覚を共有することは簡単だが、征燈自身が俺を認めるきっかけを己の中に見つけても無視する性格だから困るのだ。
困ると言っても懇願しても聞かないだろうし、自分の望む守護霊ではない俺に寛容になることはない。
まだ成人前の子どもだ。
妥協やら打算やら、利用できるモノの多くを選択肢に入れていない。
今はまだ自分の感情が最優先で、そこには晴燈くんだけが存在している。
晴燈くんのように素直でもないから、俺への情報提供は止めたうえでガッチガチに動かないように包み隠しているような感じだろう。
敵視でないことだけが唯一の救いかもしれないな。
俺が悶々と試行している間にバスは病院へ到着、征燈は若干不審がられながらも蛇卦野氏の病室へのお見舞い受付を済ませて移動した。
若干歩調が遅いのは、病院に居ついている者が視えるからだろうか。
なにも語らず微弱の結界を張り征燈を護りつつ、前回から大きな変化がないかを確認する。
ぬいぐるみ(萌癒氏)が部屋の前に置かれているかと思いきや、学生服を着た少年が扉の前に立っていた。
向こうが征燈に気がついて、顔をこちらへ向ける。
途端に重い勢いで圧がかかり、結界の強度を上げた。
敵意ではないが、本人と言うより従者の警戒が強いようだ。
「こら」
小さな一言で圧を散らすと、強張った顔をしていたのであろう征燈の真正面に歩を進めてきた。
身長は征燈と変わらないようだが、線が細い。
「すまなかった、悪気はない」
「……誰」
こちらは逆に警戒を強めた声音を漏らした。
パチパチと瞬きをした相手は、一瞬慌てたようにも見えたがすぐに落ち着きを取り戻して胸を張る。
「この部屋の主に呼ばれてきた者だ」
『サヲだぞーっ!』
「あ?」
『ピ』
名を名乗らなかった少年の脇から、ぴょこんと出てきたのは獣の耳と尻尾を生やした子どもだ。
姿からするに、この子どもは式神なのだろう。
元気が一番のような笑顔だったが、不信感を拭えない征燈の不機嫌な声を聞いてすぐに逃げた。
少年の脚にしがみつき半泣きになって征燈を睨みつけている。
「すまない、本当に悪気はないんだ」
「そんなことよりアンタ誰なんだ」
『そんなことぉ? サヲなのにそんなことって言われたあ~!』
獣耳の子どもは相当ダメージを負ったようで、びええ、と泣き始めてしまう。
だが泣き声に反応する通行人はおらず、征燈の不快感だけが募っていく。
フォローをしたいが、黙っていた。
「ほら」
膝を折りサヲと名乗った獣耳の子どもを抱き上げた少年は、慈しむように涙を拭いてやり頭を撫でる。
こうしていると優しい兄のように見えるな。
「サヲに当たらないでくれ。俺の名前は
「別に当たってない。一番初めに名乗ればよかっただけだろ」
「っ……そうか、確かに、そうだな……すまない」
「で、アンタも式神使いなの?」
「式ぬい使いだ。こっちが式ぬいのサヲ」
『サヲだぞぉ~グスグス』
「もう泣き止むんだ。柚麻さんに窒息ハグされるぞ」
『ヤダあぁ~』
あの病弱な彼は他人の式ぬいにまで手を出すのか。
本気で嫌がっているのがわかるサヲくんの動きに、いさりくんの目元が和らぐ。
「ちょっと待て。ぬいぐるみの概念が一般と違うんだが?」
「式ぬいはぬいぐるみのカテゴリだが、元は式神だ。一般的概念と違っていてもなんらおかしくはない」
「いや、だって耳とか尻尾あるけど人型じゃん」
「指を指すな。立派に成長したんだ」
「成長」
「時間を経るすべての事象には変化と言う成長が付与されている。式ぬいもまた俺たちと共に成長しその能力を高める可能性を秘めている」
「……まあいいや。それで、俺の先生をしてくれるワケ?」
やや斜め上の並行を辿る会話が時間の無駄だと判断したのだろう。
征燈は様々なツッコミを飲み込み、話を進めにかかった。
いさりくんはハッとして目を瞬かせると、気拙そうに下を向き唇を噛む。
「すまない、つい、目的から逸れてしまった。柚麻さんに呼ばれただけだが、意図はお前の言う通りだろう。お前の式神はどこにいる?」
「師匠に取り上げられてていない」
「いるだろう?」
「いや?」
「……俺の見間違いか? お前の傍にいる山の気は式神ではないのか?」
「ん?」
「?」
とことん話が噛み合わない。
だが、征燈は苛々することなく一緒になって首を傾げている。
いさりくんは超マイペースなようだが、そのペースに人を巻き込むことが上手いらしい。
同世代に慣れてきた征燈も交流がしやすいだろう。
それに、腐植珠の気配を見落とさない有能な能力者だ。
二人がどう腐植珠を開花させるか、楽しみになってきた。
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