第46話

「気をつけてな」

「お疲れ様でした」


 バス停まで見送ってくれたのは雪李くんだった。

 結局、竜樹くんに怒られるまで征燈を弄り倒したこがねくんは「至急の仕事」で呼び出されて先に出てしまったのだ。

 そこからは征燈の慰め大会になり、ほどなくして竜樹くんが解散宣言をした。

 お兄さんたちはこれから各々で帰宅するらしいが、誰も校内バスに乗る予定はないらしい。

 自転車通学だと言う雪李くんが代表で見送りに出てくれた。


「グミのこと、あんま気にすんなよ。ホントその時だけだからさ」

「はい」

「じゃな」


 バスが来る前に雪李くんは去って行った。

 最終バスはあと数分で到着する。

 征燈はベンチに深く座り、長くため息を吐き出した。


『どうした』

「静かになった」

『賑やかではあったな』

「竜樹さんのおかげで全然疲れてないハズなのに、なんつーか、疲れた」

『気疲れだろう。今日はゆっくり寝るといい』

「寝るかよ。アイツと話しつけねえと」

『今日じゃなくてもいいだろう』

「今できることは今やりたいんだよ」

『……そうか』


 こがねくんに弄り倒されて羞恥心に疲労していた精神は、遭遇した燈瑠児の存在を思い出してすぐに回復する。

 意志の強い視線を見え始めたバスに向け、口をひん曲げて不快感を漏らしていた。


『その前に、晴燈くんが待っているぞ』

「さっき帰るって連絡入れてるから、拗ねたりはしないと思うけど」

『その割に返答が遅いようだが』

「アイツのせいだろ」

『事実の確認をせずに人のせいにすることは危険だ』

「あの行動で晴燈が危険な目に遭ってたなら、マジで捻り潰す」


 そんなことできるハズもないのに、本気で言っているからその自信がどこから湧いて出てくるのか知りたい。

 俺が手を貸さないとわかっているだろう。

 今はシャモも手元にいない。

 ……ここにきてゴンを使うつもりか?


『ゴンは防御特化になっているから、攻撃には向いていないぞ』

「わかってるよ」

『なら、どうやって捻り潰すつもりだ』

「殴る」


 拳を固める征燈は本気で言っているようだ。

 うん、まあ、鍛錬を積めばなんとかなるかもしれないが、まだその域に達していないお前には難しいと思うぞ。

 そんなことを俺が言っても聞く耳はないだろうがな。


 タブレットとにらめっこをしている小等部の教師がひとり乗っているだけのバスに乗り込み、広大な敷地の学園をあとにした。



 帰宅をするとすぐに、晴燈くんに服から知らない匂いがすると騒がれた。

 臭いと言われなかっただけマシだったようだが、それでも疑うような質問や態度に弟からの信頼を失ったような絶望が征燈から漏れていた。

 大学外の場所で練習をしたと言えば、どこでどんな練習をしたのかと聞かれて返答に困りながらもなんとか誤魔化す。

 休日の遅めの夕飯を済ませる頃には母親が「はるちゃん、お兄ちゃんゲッソリしてるわよ」と言わしめるほど見るからに疲れが浮いていた。

 謝る晴燈くんの頭を撫で、弱々しい笑顔を見せた征燈は食後すぐに自室に入った。


『ヘロヘロではアイツは殴れないぞ』

「うっさい」


 ベッドに転がり深呼吸をする。

 着替えたまま放置していた服の山からズボンを取り出し、ポケットをまさぐった。

 忘れていたのかと思ったが覚えていたらしい。

 人差し指と親指で摘まみ、室内灯にかざしてみる。


「これってお守りって認識なのか」

『どうにでもなる。が、それなりの能力がなければ使うことはできないから、お守りと言う認識で合っているだろう』

「嫌味かよ」

『ああ』


 舌打ちをして、それでもしばらく腐植珠を見つめ続ける。


『山母神は俺の能力を理解している。だから腐植珠を持たせてくれたんだ。どうだ、凄かろう』

「お前はそれなりの能力を持ってるって言いたいのかよ」

『言いたいのではなく、言っているんだ』

「俺しか護らねえヤツが凄いワケないだろ。俺の凄い基準でお前は最下位だ」

『は? 最下位?』

「一番はゴン、その次にシャモ、その次にこれ、その次がお前」

『俺を式神等と同等にすること自体大間違いだ』

「俺基準にそんな間違いないんで」

『そうでしたそうでした。お前の基準は晴燈くんをうまく護れるかどうかだからな。俺なんかは最下位で当然なんだろうよ。だがな、腐植珠よりかはマシだと思うが?』

「全部俺基準だっつってんだろ」


 征燈は、自分の声が思う以上に大きくなっていることに気がつかなかったようだ。

 不機嫌に言い放った直後にドアがノックされ、反射的に腐植珠を握りしめた。


「兄ちゃん? 誰かとお話してるの?」


 晴燈くんの声に反応して立ち上がった征燈は、すぐにドアを開ける。

 ドアの端に半ば隠れるように立っていた晴燈くんは、征燈を見てパッと明るい表情になる。


「どうした?」

「疲れてるのに色々聞いちゃって、僕のことウンザリしてたらどうしようかと思ったんだ」

「そんなワケないだろ」


 手を伸ばせば素直に手を取り、晴燈くんは室内に入る。


「お菓子食べてた?」

「いや?」

「本当~?」

「ホントだよ」

「甘い匂いがするよ? あ、でも……芳香剤みたいな匂いになった」

『腐植珠の気配を察したのか。大学で使った消臭剤と誤魔化しておけ』

「大学で、消臭剤使ったから、その匂いとなにかが混ざったのかな」

「そうかも」


 晴燈くんは素直に信じてくれて、特等席とばかりにベッドに勢いよく座った。

 少しのスプリングを楽しみ、隣に座った征燈に密着する。


「今日、具合悪くなったりしなかったか?」

「具合? 特にないよ?」

「気絶したりとか、してないか?」

「お昼寝しただけだよ? どうして?」

「休みなのに一緒にいなかったから、心配で」

「優しいなぁ兄ちゃんは! あ、そうだ。ロジくんから連絡あったから、しばらくタブレットでお話した!」

「兄ちゃんソレ聞いてない」

「今言った〜」


 楽しげな晴燈くんの腹をくすぐり、ひとしきり笑わせた征燈は満足げな晴燈くんが再び身体を寄せてくるのを受け止めた。

 路次くんは自宅で危険回避のために拘束されている。

 晴燈くんと会話ができる自由はあるらしい。


「アイツ、なんか言ってたか?」

「兄ちゃんともお話したいって言ってた。僕のタブレットでお話しよ!」


 晴燈くんは返事を待たずに部屋を出て、すぐにタブレットを持って戻ってくる。

 その僅かな時間、征燈は二人がなにを話していたのかだけを気にしていた。

 兄弟並んで座り直すと晴燈くんは履歴に残っているIDをクリックし、通話ボタンを押す。

 画面に大きな受話器のイラストが現れて、コール中のアニメーションがしばらく続いた。


『あい~』

「兄ちゃん帰ってきたよ!」

『はーくんロジのお願い聞いてくれたんね~! さすがゆっきーの弟くん、優しさに溢れてるぅ』

「ちゃんとイジワルしなかったでしょ」

『うんうん』

「どういう話してたんだ」


 嬉しそうな路次くん、得意げな晴燈くんを見比べて征燈は怪訝に眉を絞る。

 二人は笑って「秘密」と言って征燈をギリッとさせたが、すぐに本題に入った。


『ゆっきーにも連絡したけど、しばらくガッコ行けないんよ。でも、授業出たいからオンライン授業許可もらったんだぁ』

「すぐに許可が下りるもんなんだな」

『事情が特殊だからねぇ~んで、明日ロジのタブレットを取りに来てほしいなあ~って』

「話が急だな」

「僕も行く!」

『はーくんもいいよぉ。タブレット渡すだけだから怒られないと思うし、要はロジが家から出なければいいんだからねえ』

「そういうモンなのか?」

『そういうモンらしいよお』


 相変わらず画面になにが映っているのか明確に見ることはできない。

 ただのイラストだけならハッキリしているのに、繋がると見え難くなるのはやはり電波の影響なのだろうか。

 もどかしくて仕方がない。

 子孫個人の行動に深入りしないようにと取ってきた距離が、こんな形で俺の不利になるなんて思わないだろう。

 だが守護霊だって成長できるってところを、征燈に見せつけてやらねば。


『午前中はお父上のお見舞いに行くから、三時くらいだといいと思う』

「わかった。じゃあ、三時頃にお前の家に行くよ」


 声は聞こえるから、ぼんやりしたモノが路次くんであることは理解できる。

 だが、彼の守護霊の姿は一切見えなかった。

 彼女は今、どうしているだろうか。


『いやあ~こういう時、家わかってると都合いいねぇ~』

「都合だけで選ばれたんなら行かない」

『おおぅ困るよぉ、ロジの家知ってんのセンセとゆっきーくらいなんだからぁ』


 声的にはあまり困っていなさそうだったが、画面を見ている征燈はため息を吐いている。

 余程困った顔をしているのだろう。

 他愛ない日常会話をする間もなく、一階から母親が晴燈くんを呼んだ。

 飛び出していく晴燈くんを見送りタブレットに向き直る。


「明日な」

『うん。ヨロシクぅ』


 ぼんやりしたものが揺れている。

 位置的に見て、手を振ったのだろう。

 征燈はそれに応えることなく通話を終わらせタブレットを置いた。


「……晴燈の部屋に置きに行くか」


 口に出した言葉の魂胆はわかっている。

 俺がどう返答したって行くのもわかっている。

 征燈はタブレットを持ち、腐植珠を握りしめると部屋を出た。


「!」

『んふふ、怖い顔』

「お前……」

『騒がないほうがいいよぉ? そうじゃなくてもお前の独り言家族で心配されてんだからさあ』

「なんでこんなトコにいるんだ」

『住まいだし? 入れ物もあるし一番執着してる相手がいるのに用がないみたいに聞かないでくれるかなあ?』

「晴燈のことを入れ物って言うな」

『お~怖い怖い。お前がさっさと変わってくれたらこっちだってさっさと変わるのになあ』

『俺は守護霊だ。征燈と入れ替わろうなど思ってはいない』

『高め合い認め合いより技を昇華し続け神になるためにどれほどの時間をかけてきたのかソイツに知らしめて屈服させ従わせることでさらなる上昇を得られるのに?』

『必要ない』

『必要だよお』

「おい、俺を無視すんな。お前がここにいて晴燈に影響あるんだったらぶっ飛ばすぞ」

『聞くの? 警戒している相手に? そして信じるの? あはっ、お前のソコはお花畑かなぁあ~?』

『煽るな』

「…………っっ!」

『煽られるな』


 いよいよ空気が悪くなってきた頃合いで、晴燈くんが階段を上ってきた。


「兄ちゃん?」

「晴燈……これ、忘れると大変だぞ」

「そうだった、ありがとう!」


 廊下で受け取り、自分で部屋へ戻しに行く。

 その後ろに白い靄のようについて行く燈瑠児は、最後に征燈に舌を出して消えた。

 どこで覚えた、そんな行動。

 征燈はと言うととことんバカにされたと感じたようで、怒りに握った拳が震えている。


「待っててくれたの?」


 戻ってきた晴燈くんは、パジャマを抱えていた。


「風呂湧いたのか」

「うん!」

「一緒に入るか」

「兄ちゃんシャワーしてきたって言ったから入らなくてもいいでしょ?」


 打ちのめされた。

 弟の満開の笑顔に癒され怒りが消えた先で、高火力な攻撃を受けた。

 膝を折るかと思ったが傍で見上げる晴燈くんの視線を受け、なんとか耐えたようだ。


「あ、明日、佐納の家にお邪魔するし……ちゃんと入っとこうかなと思って」

「わかった! 先に入って早めに上がるから待ってて!」


 どうあっても一緒には入ってくれなさそうだ。

 爽やかに階段を駆け下りた晴燈くんを見送り、項垂れながら階段を下りる。


 誰もが認める弟大好きお兄ちゃんは、これからも弟を守るために神様を守護霊にすると言い続けるのだろう。

 その主張から卒業する日は訪れるのだろか。

 と言うか、俺はいつになったら守護霊として信頼されるんだろうか。

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