第45話
待機していたお兄さんたちと合流したこがねくんは、竜樹くんから報告を受け、正峰さんに現状のすべてを報告した。
心霊的なこともつぶさに伝えていたが、相手が理解できるかは考えていないようだ。
わからないことを知らされても実感はないだろう。
だが、老人たちの中には坂田茂さんの身になにが起きたのかを知っている人もいるかもしれない。
そういった人たちへの、僅かな気休めになればと言う意思を感じた。
「区切りもいいので今日は帰ります。後日、応急処置を施した召喚式の始末の日程についてお知らせしますので、よろしくお願いします」
「お疲れ様でした。これからもよろしくお願いいたします」
住人である老人たちは夕食の時間らしい。
食堂らしき方向から賑やかな声が響いてきた。
「よかったら、いつでもいらしてくださいね」
「あ、はい……」
征燈への言葉に戸惑ったようだが、ぺこりと頭を下げてその場を離れる。
車へ向かっていると、竜樹くんが追いついた。
「おっ、ぉつ、お疲れ、さま」
「そっちもお疲れ様です」
「し、仕事、しただけ、ですし」
珍しく身体を寄せてきた。
少しだけ後方面子の気配を気にしてから、上着のポケットからなにかを取り出す。
「こ、これ。これ……」
「?」
「山母神様から、渡すようにって」
「俺に?」
「ど、どちらかと、言うと、守護霊様、に、かな」
「ふぅん」
掌を広げて受け取ったのは、薄い黄土色でガラスのような丸みのある滴型の物体だ。
俺にはそれがなにかすぐにわかるが、征燈にはわからないだろう。
不思議そうに掌で空の色に反射させつつ首を傾げた。
「なに、これ?」
「そ、それは、守護霊様に、聞いてみたり、じ、自分で、た、確かめてみて」
「言いかた」
「それくらい、できなくちゃ、グミのお弟子さんって、言えない、ぞ」
反撃を喰らう前に、と素早くこがねくんたちのほうへ戻っていく。
車の中に入ると集中攻撃を受けるとわかっているのだろう。
なにか言いたそうな顔で鼻を鳴らした征燈だったが、悪態を零すことなく手の中の物体を握りしめた。
『なにかわかるか』
「気配がねっとりしてる。なんだこれ、樹液?」
『なかなかいい線だ。正確には山母神の
「山の恵って……食える物のほうがいいな」
『まあそう言うな。持っていて損のない代物だから、それはお前が持っておくといい。晴燈くんには持たせるなよ』
「どうして」
『負荷が大きい』
「……そか」
シルバーリングが入っていたポケットと反対側のポケットに腐植珠を入れると、ゾロゾロやってきたお兄さんたちと一緒に車に乗り込んだ。
不意に気になったらしく自分を臭い、隣に座ったお兄さんに聞いてみる。
「俺って臭くないですか?」
「色々と臭い」
「やっぱり」
「大学でシャワー使えばいいって言ったろ。さ~て、大学直行するぜぇ!」
見送りに出てくれた寿之園のみなさんに各々で手を振り、見えなくなった辺りで車の中は静かになった。
竜樹くんがいるので疲れているワケではないようだが、運転をしているこがねくんを除くみながほぼ一斉にスマートフォンを弄り始める。
その光景に、征燈も困惑したようだ。
行きの賑やかさとの落差に言葉を失い、とりあえず外の景色を眺める。
「悪いな。一応仕事として請け負ってるから、みんなに報告書出してもらってんのよ」
「俺のもいるのか?」
「出してくれるなら出してもらってもいいよ。俺が気絶してた時になにがあったのか知れるし、今後の修練の方向性も決まるかもだしな」
「言ってみたものの、どうやって書けばいいのかわからないから止める」
こがねくんが気を遣ってくれた。
なるほど、報告を出してもらって多方向から様々な情報を組み合わせ対策を練るつもりなのだろう。
お兄さん方の家は、根本に嫁神楽流があったとしても独自に進化している流派だ。
それぞれに専門的な視野を持っている。
対して、征燈は宿題も忘れることのある高校生だ。
今日見聞きしたことを書き出すにしても、抜けているところは多々あるだろう。
なにより、本人も言ったが「報告」を書く術を知らない。
「日誌と一緒だよ。日付と氏名、なにがあったかを書いて、自分の意見を追加する」
隣に座っているお兄さんがスマートフォンをしまいながら教えてくれた。
お兄さん、
と言うか、彼が報告することはなんだろうかと反対に考えてしまう。
ご老人たちに余計なモノが憑いていないか観察していた、とかだろうか。
彼の守護霊は極度な怖がりらしく、俺と目が合うとすぐに隠れてしまうから交流ができているとは言えない。
守護霊と交流ができていればなにをしていたのか聞けるんだがな。
お兄さんたちの守護霊とのコミュニケーションは、まだまだこれからだ。
「なにがあったかは書けるけど、俺の意見なんてなにもない」
「そうか? グミの情けない姿とか見てない? それ見てなにも思わなかったか?」
「お~い~セツは余計なこと言うな~?」
こがねくんの声が前から飛んでくる。
車内に軽い笑い声が広がり、行きのような和やかさに包まれた。
「俺、なんにもなかったよな?」
「幼児化した」
「えーっ、なになに気になるなあ!」
「そう言うことは共有するに限るぞ」
「いいぞもっと暴露希望」
「こらーっお前ら俺のプライベート情報を聞き出そうとするなーっ」
「プ、プライベートって……し、仕事、でしょ。報告は、ダイジ、だよ」
「なんてこった、たつまで俺を裏切るとかっ」
「がーん」と言ってはいるが、楽しげなのでこがねくんもさほど困っているワケではないようだ。
シートベルトがあるというのに、お兄さんたちは征燈を振り返り期待している。
信号が赤になって車が止まって車内の雑音が少なくなった。
そのタイミングで征燈は口を開く。
「くもしゃんがわーってきてばーんてなったよお。って言った」
発言を理解するための一瞬の間。
からの、大爆笑。
大学生数人が一度に身体を動かし、車体も大きくバウンドする。
こがねくんは反論したそうに後ろを見たが、助手席からの指摘で前に向き直る。
笑い声が充満しきりの車内、笑いに合わせて動く車体、それでも青になれば滑らかに発信した。
「ヒッ、ヒィ……くもしゃんっ」
「グミは、ほ、本気でっ、虫ダメなのっ、し、知ってたけど……っ」
「ダメだ……こ、これは……辛い時に思い出して励みにするヤツ」
「お前ら、あとで覚えとけよ!」
「……っ……、……」
「たつもだかんな!」
ひとり堪えていたらしい竜樹くんにも鼻息荒く言葉を投げたこがねくんだが、行きと変わらず安全運転で大学を目指す。
息も絶え絶えになる前列のお兄さんたち、自分の一言が想像以上の効果を出して驚いている征燈、隣の雪李くんがお腹を押さえながらも征燈にグッと右親指を立てて見せた。
大学の裏手にある門から入り、校舎前に停車する。
征燈はお兄さんたちと降りて荷物(昼食を入れていたボックス)を置くために部室である防音室へと向かった。
爆笑のあとの車内は気拙くなることもなく、普段見ている彼らの空気感を保ったまま戻ってきたのだが、恐らく征燈はそのなんでもない感覚に戸惑ったのだろう。
明らかにぼんやりと言われるままに行動している。
いつもなら路次くんがフォローしてくれるところだが、生憎と彼は不在だ。
『気の置けない仲間とはこういうものだ』
「……そか」
『お前は集団行動に馴染み始めたのが最近だからな。こういう雰囲気も学んでいけばいい』
「うっさい」
いつもの拒否だったが、なんとなくやんわりとしていた。
今日はたくさんの出来事が起き、これから家へ帰るという征燈の中で一大イベントが待っている。
思考が俺以外に向けられているのだろう。
外部へ繋がる思考は人を前向きにさせる効果もある。
外部からの影響も思考に反映されることもある。
独りではないこと、誰かを頼ればいいこと、そういった感情が征燈の中に芽生えればなによりと思う。
一行が防音室へ到着すると、準備のいい竜樹くんが征燈にタオルを渡してくれた。
着替えってワケじゃないけど、と薄いジャンパーも出してくれる。
広げると、背中にSexualVoltage Re-cycleのロゴが入っている。
「これ?」
「スタッフジャンパーってヤツ」
「外でやる時に変な連中が紛れないようにな」
「たまにいるのよ。スタッフのふりしてタダで入ろうとする客がさ」
「へえ……」
「腕章でいいんじゃねってなってたんだけど、こっちのほうが安かったんだよね」
「そーそー。今は素人でもこんなの作れるんだから凄いよな」
「教えてくれたデジタルアニメーション部のヤツらに感謝だよ」
大学には聞き馴染みのない部活動があるようだ。
高校までと大きく違う、学生たちの自由度と言うものだろうか。
「そ、そういう話は、あとで。遅くなるよ」
「そうだった」
「シャワー行って臭い落とすんだったな」
「上着とズボン、こっちで消臭しておいてやるよ」
雪李くんが手にしたのは、有名なスプレータイプの消臭剤だ。
征燈は一度消臭剤の香りを確認して「お願いします」と服を脱ぎ始める。
上はTシャツにジャンパーを羽織り、下は下着を隠すようにタオルを巻きつけたスタイルに得も言われぬ空気が流れる。
「……これでシャワー室行く?」
「ブッ」
「いやいや、脱ぎ始めたのキミですよ」
「今なら誰も見てないから、そのままでも平気だと思うけど」
「ぼ、僕が、隠してあげようか?」
「竜樹さんは俺より細いんで隠れないと思います」
「うぐっ、せ、正論」
「走ってけばいいだろ。臭い消した服は脱衣室に置いてやるから、帰りは自分の服着て戻ってこいよ」
征燈の言葉にショックを受ける竜樹くんがゆっくりと膝を折る隣で、雪李くんがにっかり笑って消臭剤を振って見せる。
言葉を吟味して頷いた征燈は「お願いします」と頭を下げてから防音室を出た。
勢いをつけてダッシュをするつもりだっただろう。
いくら誰もいないと言われても、思春期らしい羞恥心は存在している。
下着一枚と心許ないタオルで下半身を覆っている不安は、早くシャワー室へ入ることで解消されるハズだ。
「おっほ、面白い恰好してんじゃん」
車を置いてやってきたこがねくんと遭遇してしまい、征燈の動きは一瞬停止した。
にんまりした視線に見降ろされ、さすがに羞恥が勝ったのだろう。
こがねくんを押し退けるようにして走り始めると、一目散にシャワー室の扉をくぐった。
「……、サイアクっ!」
ある意味、因果応報だな。
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