第38話

 山母神から落ちた穢れをあらかた片付けたあと、こがねくんは山母神を召喚した式の痕跡を探そうとして諦めた。


「かなり下に埋まってるモノを使ってやがるな。こんなことできるのは、平地担当のヤツらしか考えられねえじゃん」

「ここの平地担当って、不動産屋なのか?」

「だな。安茂里あもり不動産って言ってたかな」

「……そか」


 こがねくんは腰のポーチから和紙を取り出し、筆ペンを使って封の印を慣れた手つきで書いていく。


「なんだ? どうかしたか?」

「いや……」


 印を書いた和紙を両手でパンッと叩いて念を込めると、濡れて盆の跡が残っている場所に決められた配置で置いた。

 その上に一握りの土を蒔き、咒を唱えながら踏み締める。


「っし、応急処置完了。ここはまた準備してから対処することにして、残りを片付けるぞ」

「わかった」

『どうした征燈』

「……」


 こがねくんはライトで周囲を照らしながら歩き始めた。

 征燈はその後ろをなにも言わずに歩く。

 相変わらず、無言になるとなにを考えているのかわからない。

 いつまでもこんな状態でいては不都合が起きるかもしれないな。

 そう、思わざるを得ない状況下になりつつあるのを感じている。


 一階部分は満足するだけの浄化ができていたようで、こがねくんは中央部に戻るとそこから住宅部分である二階に上がれる階段に向かう。

 老朽化はしているが歩けないほどではない階段の足元を照らしつつ慎重に進む。


「なあ、どうしたよ。急におとなしくなると落ち着かねえんだけど」

「……」

「なにかあったのかー? おにーさんが聞いてやるぞ? ん?」

「……いや」

「んだよ。俺はお前の師匠だから、なんでも遠慮なく言えって」


 こがねくんも征燈の態度の変化に気がついていたようだ。

 振り向かなかったが、征燈を想って投げてくれる言葉があたたかい。

 征燈はゆっくりとこがねくんの後姿を見つめ、詰めていた息を細く吐き出した。


「学校周辺の平地担当って知ってるか?」

「あー、あそこ管轄めちゃ広いんだよな。親族で分割してるって聞いたけど……確か佐納だっけ」

『路次くんのご実家が平地担当なのか』


 それには俺も驚いた。

 路次くんからはそんな気配は一切感じなかったし、守護霊からも話題には上がらなかった。

 不意に不穏な思考がよぎったが、それはないかと自らの中で打ち消す。

 征燈も俺と似たような不安に苛まれていたのかもしれない。


「なに? 知り合い?」

「クラスメイト」

「へー! 凄い偶然だなあ!」

「今朝、メッセージが届いてて」

「うん」

「家のことで忙しくなるから、しばらく、学校休むって」

「ん?」

「いつもなら「そうか」で済ませるけど、なんか、この、タイミングって言うか、そういうのが気持ち悪くて……偶然じゃなかったらどうしようとか、お、俺のせいだったらどうしようとか」

「お前のせいじゃないのは確実だ。安心しろ、お前はクラスメイトを裏切っちゃいない。連絡きた時間考えたら、絶対に違うからな」


 よく通る声音が響いた。

 二階に到達したこがねくんは数段下にいる征燈を振り返り、薄闇の中でもわかるくらいハッキリとした笑顔を浮かべる。


「確かに不思議な縁だが、必然的な縁かもしれねえ。平地担当んちの息子でもどこまでこっち側を知ってるかわからないし。お前とは本当にただのクラスメイトで、休むことを事前に知らせたいと思える友だちなだけかもしれない」

「家でなにがあったのか、聞いたほうがいいかな」

「聞いて教えてくれるんなら聞いてみたら?」

「……だな」


 俺の認識では、路次くんは征燈に絶大な信頼を置いている。

 それにあの読めない性格も相まって、大抵のことは容認してくれる人物だ。

 こがねくんに後押しされた征燈は、再びスマートフォンを握り、路次くんへメッセージを書き始めた。


「二階部分は比較的キレイなんだよなー」


 獲物を探す目で周囲を見るこがねくんは、スマートフォンを見ている征燈にも意識を向けてくれている。

 初見はなかなかに破天荒だと思ったが、なかなかどうして、優しさや思いやりは人一倍ありそうだ。


 ブーッ


 こがねくんの気配に慄いて寄ってこない気配を見渡す中、征燈のスマートフォンが着信を知らせた。

 二人は一緒になって画面を覗き込み、俺も覗いてみたがやはりわからない。


『ほほぅ、なるほど』

『……画面の中になにがあるのか、見えているんですか』

『まさにその通りでござります! 拙者、しかと視認できます故』

『どうやったら見ることができますかね』

『んっ、んんっ? それは一体どういう……』

『俺は古い時代を長く生きすぎたようで、電磁波と呼ばれる波に乗ることができないんです』

『……!』


 こがねくんの守護霊は俺の言葉に相当驚いたようだ。

 びよんと身体を仰け反り、仰け反りすぎて一度落下するように俺の視界から消えた。

 数秒で戻ってきたが、表情は相変わらず驚いたままだ。


『驚かせてしまいましたか』

『いやっ、あ、し、知らないことが貴殿にあるとは思わず、不躾な態度を取ってしまい申し訳なく……!』

『俺は万能じゃありませんよ』


 万能であれば、今もまだ人間の姿で生きている。

 多分。


『経験値の浅い守護霊たちはほぼ見えると言います。見え辛いと言う守護霊でも、画面に映っている絵は見えることが多くて』

『新しめの守護霊であれば、電気・電波と呼ばれる存在も「あって当然」の生を送っていたでしょうからな』

『しかし、貴殿も電気を知らない時代を生きたのでは?』

『まさしく、電気は利用される前でしたな。ですが、見ることにさほど難しさはありませんでしたぞ』


 難しさはない、つまり、情報の提供者が傍にいるということだ。

 守護霊は基本、守護対象から影響をうけることはない。

 だが、必要であるならば対象の実体験を反映することができる。

 わかりやすく言うなれば、守護霊が対象者に影響を及ぼすことのほうが多いが、夜行性の存在が守護霊となった場合に対象者の生活を脅かすことのないよう日中行動を覚えるようなものだな。


『拙者も長く血族の守護霊を務めておりますが、移行する変化と共に生活環境が変わります故、よい頃合いで環境順応と申しますか、そのような情報を得ておりまして。電気への抵抗もなく、こがねと同様の視覚にて見ることができます』

『そうですか』


 こがねくんの守護霊は、歴代の守護対象から少しずつ環境を共有していたのだろう。

 守護霊への礼節を重んじる家系であれば可能なことだ。

 どんなに強烈な能力を持つ道具も、時代に順応しなければ時代遅れの荷物になる。

 常に切磋琢磨する、それは守護霊となったのちにも必要な精神だったようだ。

 対象者と疎通ができなくとも彼らを通して適切な環境に身を置く術を、その必要性を、忘れていた。


 俺はただ、いつも本人にすべてを委ねて護りに徹してきた。

 そうすることが、血族の幸せだと勝手に思っていた。

 だが、本当に幸せを願うのであれば、守護霊としての変化を意識するべきだったのだろう。

 特に征燈の生きる現世は、すべてが目まぐるしく変化していく。

 新しく得た知識はすぐに古くなり、不特定多数の場所で発生する変化をさほど深堀することもなく眺め流すような時代だ。

 そんな不安定な情報が溢れる中、完璧に守護するためには「今」を学習する必要があると痛感した。


『どこかで、電気や電波に乗る技術を習得しなければ』

『ご子孫にお願いをすればよいのではないですか』

『思春期なので、どうも素直でないのです』

『なるほど』


 守護霊二人がそんな会話をしている間に、征燈とこがねくんは画面の中を確認し終えて顔を見合わせた。

 

「悪い。慣れてなくて解読できなかったんだけど、ダチとしてコイツの言ってること要約してくんね?」

「要約が必要なほどクセはないだろ……確かに、回りくどくて脱線が多いけど。早い話が、父親が誰かに襲われて入院したので親族が厳戒態勢を取って佐納は学校へ行くことを禁止されたってことだ」

「襲われた、ねえ」

「佐納の親父さんって凄い人らしいから、親族がピリピリするのもわからなくないけど」

「凄いんだ」

「凄いって佐納はいつも自慢してる」

「へえ、いい親父さんなんだな」

『路次くんはどうなんだ、大丈夫なのか』

「本人は元気みたいだけど、家に閉じ込められたって拗ねてる」

『そうか』

「ま、お前のクラスメイトのことは他の面子にも聞いてみよう。平地担当が襲撃されたってのはこっち側にとってもあんまりよくない話だからな」

「わかった」

「ってーことで、サクサクやっていきますか!」


 征燈の表情を見ていたこがねくんは、施設の老婆たちに纏めてもらった髪を再び解いた。

 隠れていた気配たちは、その髪に宿る力によって引き寄せられてくる。

 ウキウキしたこがねくんだが、須佐之男命ではなく二体の管狐を呼び出した。


「須佐之男命は呼ばないのか」

「たつが仕事に集中してると無限体力回復できねえワケよ。そんなんで須佐之男命を暴れさせたら俺がぶっ倒れる」

「ふーん」

「お前は一回ぶっ倒れるまで力使え。限界知っておくのは悪いことじゃねえし、今なら俺がカバーできる」

「俺は別に戦いたいんじゃなくて」

「晴燈護るために戦わないのか、お前は」

「……」

「お前の力で護ろうとは思わないのか」

「……それは」

「自分は楽して弟を護ってもらえる神様探してんのか」

「違う」

「違うなら、しっかり自分の限界を見極めるんだ」

「…………わかった」


 口数の少ない征燈の心情が不思議なくらいに伝わっているようだ。

 こがねくんは、上手く言語化できない征燈の素直でない部分すらすでに理解しているんじゃないだろうか。

 征燈の性格を把握し、否定することなく刺激して前進させている。

 俺が言えばすぐに衝突してしまうが、ありがたいことだ。


『こがねくんが師匠になってくれてよかった』


 小さな呟きに、こがねくんの背中を見る征燈が頷いた。


「あんま、熱血なのは得意じゃねえんだけど」


 柏手を打つと待ってましたと躍り出たシャモ。

 征燈の精神的状況は、使役する御霊に如実に表れる。

 艶々だ。

 幾度も大会優勝をしたオナガドリ特有の長い尾が、少ない光を反射して緑色のような光彩を放っている。

 胸を張り少しだけ毛を立てて大きく見せる姿、見据える目から滲む強者の圧、とさかも程よく色が乗り、最高の状態だと素人でもわかるだろう。


「さあ~、第二ラウンド開始だぜえ~!」


 こがねくんの元気な声に、シャモの雄叫びが続いた。

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