第35話

「そうだったそうだった、始祖がいたよここに!」

「きょえええぇ、尊すぎるぅ~!」

「こんな時は力強い味方だな」

「よし、これで問題解決だぞ」

「だな」


 硬く拳を握って頷き合っているが、俺は一言も教えるなんて言ってない。

 征燈に頼まれれば教えると常日頃言っているが、できれば自分たちで解決してほしい問題だ。

 当事者ではない上に、状況がハッキリしない。

 これは、情報が少ない内に動いて失敗する確率が相当高いだろう案件だ。

 召喚式を読み解くだけでは、解決には至らないだろう。


『侵入者を捕まえるのが先決だ。不法侵入だから、管理者が通報すれば警察が動いてくれるだろう』

「侵入者を見つけろって」

「ほいきた」


 お兄さんが和紙の上にバラバラと物を広げる。

 大きめの鉱石が一つ真っ二つに割れた。


「おっ、防御された。俺らに敵対する派閥とかあったっけ?」

「ない。マジで面倒な連中かもしれないな。正峰さん、不法侵入で通報してください」

「わかりました~」

「こうなるとまた期日伸びるなあ……」

「仕方がない。依頼主の希望通り徹底的にキレイにしなくちゃ」

「そうそう。残して怒られるほうが嫌だし」


 通報を言う言葉に反応したご老人が興奮するのを落ち着かせ、正峰さんと呼ばれた女性スタッフは詰所へと向かった。

 残された老人たちは他のスタッフに付き添われ、昼食のために食堂へ移動する。


「車に戻ろうぜ」


 こがねくんに促され、こちらのメンバーも駐車場へと移動する。

 お兄さん二人が車の後ろを開け、小さめのクーラーボックスを車内に持ち込んだ。


「腹ごしらえは大事だからね~」

「ほい」


 大学の外へ出る時にはいつも準備しているのだろうか。

 明らかに大きな手で握られたであろうサイズの丸いおにぎりがひとつづつ手渡される。

 続いて長方形に切り揃えられた海苔の入ったタッパーが中央に置かれ、ラップを外したお兄さんは海苔を贅沢に三枚使っておにぎりを包み込んだ。

 こがねくんは一枚、竜樹くんは海苔に手を出さずそのまま食べている。


「好きなだけ使って。俺の親戚が作ってる海苔なんだ」

「いただきます」


 お兄さんに言われて摘まんだ海苔は、市販品よりも隙間が多い。

 こうした商品にならない部分を親戚に回しているのだろう。


「あ、あ、これ、食べて」

「お~待ってました!」

「いやっはー!」


 竜樹くんがおにぎりを置いて、自分の持ち物からいくつかタッパーを取り出した。

 海苔タッパーが引っ込められ代わりに新たなタッパーが並ぶ。

 蓋を開ければふんわりと煮物の匂いが漂い、大学生組は存分に嗅いで味を想像する。


「根菜の煮物と、銀杏の塩焼き、あと蒸した栗」


 どれも爪楊枝で刺して食べられる料理だ。

 一口大に揃えられた大根、ニンジン、ゴボウにレンコン、里芋が醤油の色にやんわりと染まっていて、小さく括られたしらたきも入っていて、見ただけで食欲が刺激される。

 銀杏は、艶やかな色をしていて焦げ目のついた表面に粗目の塩が振られていた。

 蒸した栗には黒ゴマがかかっている。


 一本ずつ爪楊枝が支給され、早い者勝ちと言わん勢いで料理に手が伸びた。

 

「これ、竜樹さんが作ったんですか?」

「ここっ、これは、僕の姉作……自分が作ったように出してサーセン」

「たつの姉ちゃん精進料理の研究家なんだ。管理してる山で山菜なんか取り放題で、勿体ないからって始めたらしいんだけど」

「や……本当は、毒キノコとか、平気で出すから止めてほしい」

「二年前だったか、キノコの炒め物に俺ら全員やられたな」

「なー」

「毒性弱くて一日入院で事なきを得た」

「得てないし。事件すぎる」


 楽しげだが物騒な話に征燈が指摘し、そのツッコミに笑いながらおにぎりを頬張り料理を食べる。

 普段から他人と賑やかに昼食を摂るような性格でない征燈だったが、気負わない空気にリラックスをしているようだ。

 こがねくんは二個目のおにぎりにかぶりつき、とんでもない具材に遭遇したらしい。


「お前ーっ! ないないっ、これ……っ、干しブドウじゃねえか!」

「ぎゃはははっ、大当たりぃ~!」

「くっそぉ、確かに食えるモンだけにしろって言ってるけど、食い合わせっての考えろよ」

「なに言ってんだ、干しブドウの酸味と甘みを考えて酢飯にしてんだぞ」

「そう言うことじゃねええええ」


 こういうノリは、高校生と変わらない。

 楽しむときは存分に楽しむスタンスを感じて、征燈も一緒になって笑い始めた。

 竜樹くんすらも笑っている。

 セクボリのメンバーが培ってきた信頼関係が如実にわかる空間だな。


 最後に園内の給湯器をお借りして熱い緑茶をすすり、昼の腹ごしらえが完了した。

 手早く片付けをしたあと、いよいよ作戦会議に入る。


「平地担当呼ぶ?」

「時間の無駄だろ。どうせ知らない、わからないって言うに決まってる」

「平地担当って大体が不動産業者に転身してるから、こっち側のこと継承してないことが多いし」

「やっぱり不法侵入者の逮捕待ちかぁ」

「せめてさ、予定通り祓っておかない?」

「祓ったところで召喚式で出てきた妖がいるなら、ソイツに呼ばれてすぐに新たな怪異で満たされる。今いる連中を留めておいたほうが、縁の絡みも解きやすくなるだろ」

忌避燈地盤きひひじばんは作れないのか』

「あわわわ、さすがに、それは。そそ、それ作れるレベルは、ここにいない、かな」

「え?」

「守護霊様が、忌避燈地盤作れないかって」

「お~初耳。地脈扱う系じゃないとわかんねえか?」

「かもしれんね。占いにも出てこないし」

「聞いたことはあるけど、内容は知らないな」

「同じく」

「デスヨネー」


 忌避燈地盤が作れるのなら、祓ったあとに新たな怪異が入り込む隙ができない。

 怪異が溜まりやすい場所を祓ったときに境界内が清浄されるまでかけておく術だが……そうか、これはどこにも伝承されなかったのだな。

 知っておくと便利な術だと思うが、もっと複雑で強力な術ばかりが好まれてこういった地味な術は時の藻屑と消えたのかもしれない。


「結界屋に聞いてみる? 知ってるかも」

「話大きくなりそうだからアイツらには教えたくねえなあ」

「征燈くんが会得すれば無問題では?」


 お兄さんの一言に、その場の時間が一瞬止まった。

 大学生たちがキラキラした目で征燈を見る。


「どうよ?」

「え、晴燈を護るのに使えるのかよ」

『使えなくもないが、俺がいれば必要ない』

「必要ないみたいなんで、覚えないっス」

「徹底した弟担強火」

「もはや賞賛に値するな」

「お、お清めの知り合いに聞いてみる?」

「いやあ~、アイツはクセが強いから……」


 こがねくんの知り合いにいるようだ。

 だが渋るということは相当にクセが強いのだろう。

 こがねくん自身もクセが強いと思うのに、その彼がクセが強いというからには会うならば覚悟が必要なレベルかもしれない。


「俺が覚えるってもさすがに流派違いすぎるよな」

「グミは色々覚えすぎだから、そろそろ止めたほうがいいって」

「そうだよ。覚えすぎもよくないよ」

「あいあい」

「で、結局どうするんだ?」


 征燈の言葉に、お兄さんたちは唸った。

 多方面に知り合いは多そうだが、事を荒立てたくないようだ。

 流派や系列にはそれぞれ理念があるだろうし、依頼を契約書込みで進めるとなるとまた時間がかかるだろう。

 かと言って気軽に手伝ってくれと頼むと情報が表沙汰になったり、知らないところで法外な金が動くことにもなりかねない危険がある。

 経験を積んだ能力者と言えどもまだ大学生だ。

 局面での解決法を見出すには、人生経験が乏しいだろう。


「面倒な妖がこっち側に影響を出さないよう、徹底的に結界張るか」

「今はそれが最良策かな」


 こがねくんの言葉に竜樹くんが答え、他のメンバーは同意として頷く。


「どういう類の妖かわからねえのかよ」

『召喚式を見ていないから推測になるが、移動可能体となると多足系の妖だろう。召喚されて動き回り、様々な縁糸や霊糸に引っ掛かり絡まりながら召喚された目的を忘れ動き回っている。召喚された期間からして、いくつかの魂魄や怪異を捕食している可能性もある』

「うわー、サイアクぅー……」

「多足系の妖だって言ってる」


 絶望した竜樹くんと、平然と俺の言葉を要約した征燈が対照的だ。

 征燈の言葉に「げぇ」と呻くお兄さんは、虫が苦手だと言って自分の腕を抱きしめ擦る。


「こがねは平気かよ」

「視る前に須佐之男命が燃やしてくれるから大丈夫」

「視えたら?」

「ダッシュで逃げる」

「グミも虫苦手だもんね……ぼ、僕は平気、だよ」

「そりゃ、たつは山管理してんだからさー」

「それは関係ないよっ、虫は見慣れてるけど平気かどうかは資質っ」

「征燈は虫大丈夫なのか?」

「多分……家のゴキブリ処理班だし、クモも対応可能」

「ここに勇者がいるぞ」

「おおぉ」

「独り住みの大敵に適応しているとは……!」


 なぜか崇められた征燈は照れ臭そうに親指を握った。


「多足系の代表ったら百足だなあ。熱系の結界重ねるか」

「そうだな」

「向こうと繋がってる通路確認する」

「可能な限り全部塞ぐぞ」

「「「おー」」」

「たつは餌準備して。餌があれば外に出ねえだろうし」

「わかった」

「あ、準備は向こうでしろよ。見せんなよ」

「理不尽……」

「俺一緒に行きます」

「ぴぎゃああっ、そそっ、そんな畏れ多いいいいっ」

「失礼かもですけど、ひとりで行ってなにかあったら危険だし、コイツの結界内だったらほぼ無敵なんで」

「あひぃっ、あああああああざあーっす!」



 本日二度目の廃施設への侵入は、竜樹くんの提案で外からになった。

 不法侵入者がどの経路で入ったのか、追跡をするらしい。

 竜樹くんは掌よりも少し大きめの薄い盆に水を張り、葉を一枚浮かべた。

 葉をもらい受けるときに樹木への祝詞と礼拝をする姿は、自然への敬愛や思慕を深く感じる清々しく素晴らしいものだった。


「水に浮かべた葉っぱでわかるんですね」

「葉っぱに残る樹の感知能力と、流れを敏感に察知する水を組み合わせるのは嫁神楽流の基礎だよ。あ、いや、僕が教えてもらった嫁神楽流の基礎、だけど」

「そんなにコイツに気を遣わなくてもいいと思いますけどね。今は俺の守護霊なワケだし」

『ああ、ただの守護霊だ。気にしないでほしい』

「ヒイイィ、ちょ、こっ、零れるんで、そっぉんな、そんなこと急に言わないでもらえますっ?」


 動揺して水をいくらか零す竜樹くんは、片手で前髪を掴んだ。

 俺も征燈も少しの間口を閉ざして、竜樹くんが落ち着くのを待つ。

 それでもしっかり侵入経路の探知をしているようで、竜樹くんは迷っているような動きをしながら中央部へ向かっていく。


 先ほど、こがねくんと征燈が通らなかった翳りの部分、瓦礫が片側に寄せられ細い道ができている。

 なるほど、時間に余裕があったのだろう。

 そして、邪魔をするいわくのある住人たちを無視できる能力もあったようだ。


「あれ、この霊糸……」


 俯いていた竜樹くんが顔を上げた。

 目の高さに指を伸ばし、なにかに触れるような仕草をする。


「……ウソ、マ?」

「どうしたんですか」

「多足系……っ、だけど、む、百足じゃない、かも」

「えっ?」


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