第30話
「行ってきます!」
「ん、気をつけてな」
「兄ちゃんも!」
晴燈くんはすっかり元気を取り戻し、いつも通りのキラキラ笑顔(征燈フィルター越し)で手を振って駆けて行った。
目を細め胸の中をあったかくさせる兄を促し、高等部へと向かわせる。
『お前は直感的天然思考なところがある』
「うっせ」
『悪いことではないが、時と場合があることを学んだほうがいいな』
「時と場合って?」
『なかなかに危険が迫る中で刺激をしてはいけない相手を、とんでもなく刺激してしまう場合があるということだ』
「どんな状況だ。あるワケねえだろ、そんな特殊なこと」
『お前は今、とても特殊な立場にある』
「!」
『特殊なことが起こりえる場所に立っている』
「……わかったよ、気をつける」
いった言葉が本心かどうかはわからないが、基本的には素直な子だ。
俺の言ったことという括りさえなければ、もっとすんなり聞き入れてくれるんだろうと思うと、寂しい気持ちがこみ上げてくる。
だがこんなことで挫けていては、これからも征燈の守護霊を続けることはできなくなるだろう。
そればかりは否としたい。
だからこそ、俺は図太く守護霊で居続けるんだ。
「ウーッス」
「ウス」
教室へ向かう階段でクラスメイトから声をかけられた。
「佐納は?」
「いつも一緒に登校しているワケじゃない」
「それもそうだ」
「おはよ~路次くんは?」
「だから、いつも一緒じゃないって」
「嫁神楽くん、それは冷たいよ。路次くんっていっつも嫁神楽くん優先なんだよ?」
「だとしてもだ。家が近いワケでもないし、幼馴染みってワケでもないから」
「やだな~。高校生の間に友だちになった子なんて、長くみれば幼馴染みの範囲じゃない?」
「三浦さん、それなら俺とも幼馴染み?」
「や、それは止めとく」
「えええ~どういうこと!」
「そういうこと~」
クラスメイトの会話に巻き込まれながら、征燈は静かに気配を消す。
彼らは征燈のことを忘れて二人の会話で盛り上がっている。
今までずっとこのスタイルだった。
だからこそ、路次くんとの出会いは本当にいい出会いだったと思わざるをえない。
ひとりで教室へ入ると、また何人かに路次くんのことを聞かれて辟易しながら席についた。
「!」
見覚えのない姿が教室の隅に見える。
バッチリと目が合ってしまって、征燈はどうすればいいか思考を巡らせているようだ。
相手に敵意はない。
争う必要はないことくらいは、わかるようになっているだろう。
俺は、征燈がどう出るのか見極めようと口出しを止めた。
こうやって見守るのも、大事なことだ。
迷い込んだと思われるのは幼い顔をした少女のようだ。
一貫校に時折ある「迷子」だろう。
ずいぶんぼんやりとしているが、制服は小等部のモノに似ている。
丸い制帽を両手で握りしめ、見てくる征燈にますます不安そうな視線を送ってきた。
学校に現れる霊には幾つか種類がある。
少女はその中でも最も無害に近い迷子で、道を示せばすぐに従ってくれるほどに念も弱い。
ただ、念が弱いということは邪念に取り込まれやすく影響も受けやすい。
だから早急に道を示してやる必要があるのだが、さすがに征燈にそこまでの判断はできないだろうか。
難しいことは考えず赴くままに行動をしてみてほしいのだが、征燈はただじっと少女を見つめている。
「……」
やっと動いたと思ったら、ポケットに忍ばせているシルバーリングに触れた。
クエッ
「…………」
現れたシャモを見て、両手を叩く代わりに机を叩いて指示を送る。
なるほど、自分が動かなくてもそうすれば少女に接触することはできるな。
クエーッ
わかったとばかりに胸を張り、踵を返したシャモは生徒たちの合間を起用に縫い少女に近づく。
少女は自分の背丈ほどもある突然の姿に目を大きくさせたが怯えることはなく、ふんぞり返ったシャモの前で興味津々の顔つきになり首やら背中をそっと撫でた。
その行動からもわかるように、少女は最近肉体を離れたのだろう。
十分に警戒心が解けたところでシャモは出口に向かって歩き出した。
少女はそのあとについて行く。
一度だけ、教室を出る時に征燈を見た。
ゆっくりと瞬きをしてから笑顔になると、ぴょこんと頭を下げて消える。
「……はぁ」
『上手く考えたな』
「教壇の隣で独り言話す気になるかよ」
突っ伏してもぞもぞと俺と会話をするのも面倒そうだ。
心会話を教えると言っているのに、それは頑なに拒否し続けている。
心会話が使えるようになれば、見た目には無言でいることができると言っているんだが、征燈にとってそれは違うらしい。
最近理解し始めたが、征燈は現を大切にしてる。
基準が現実だからこそ、どんな現象でもリアル側からしか見ようとしないのだ。
その理由を聞けば、もっとコイツのことがわかるようになるだろうか。
どんなに長く守護霊を続けていても、一個体の人間の感情はいつでも理解することは難しいな。
昼休み、ギリギリで遅刻を免れた瞬間のことを熱弁する路次くんと隣り合わせでパンに齧りついていた征燈はスマートフォンの着信で画面を見た。
「……」
「およ、どったのゆっきー」
「便所行ってくる」
急にパンを置いて立ち上がった征燈は路次くんに見送られ、教室を出る。
しっかりとトイレへ歩きながらも、スマートフォンの画面から目を離さない。
『歩きスマホはよくないぞ』
「わかってる」
少し急ぎ足でトイレの個室に入ると、便座に座ることなく俺にスマートフォンの画面を見せてきた。
「読めるか」
『ところどころしか読めない』
「ひらがなくらいは読めるようになるといいな?」
ちょっとした嫌味のあと、晴燈くんからのメッセージであること、昨日話していたクラスメイトが登校中に事故ったことが書かれていると話してくれた。
「さっきの子って……」
『可能性はなくはない』
「じゃあ」
『シャモがちゃんと送り届けているなら、肉体に戻る可能性も残っている。シャモにはどう伝えたんだ』
「元の場所に戻れるように道案内しろと」
『上出来だ。シャモはまだ戻ってきていないな?』
「ああ」
途端に不安そうな顔になった征燈だが、この顔は晴燈くんを心配しているだけで少女が肉体に戻れるかを心配しているワケではない。
この極悪非道な弟長強火思考を一度、晴燈くんに見せてやりたいくらいだ。
「晴燈にどう伝えたら安心できるかな」
『下手なことは言えないからな。かと言ってシャモが道案内をしていると言っても理解できないだろう』
「様子を見たりできないのかよ」
『守護霊の仕事じゃない』
「またそれだ。役立たず」
『俺に頼らず頭を働かせたらどうだ』
「チッ」
すぐに険悪な空気を漂わせる征燈だったが、新たな着信に画面を開く。
今度は内容を教えてくれなかった。
「は?」
だが、征燈の困惑を見てまたとんでもないことが起きた予感がした。
予鈴が鳴り、征燈はトイレを出て教室へ戻った。
その間に何度かスマートフォンで誰かとやり取りをしていたが、俺に教えてくれることはなかった。
教室では征燈が食べかけで置いて行ったパンを狙うクラスメイトから、パンを守って奮闘(?)している路次くんが騒いでいた。
主の帰還にパンの袋を振り回しながら駆け寄ってくる。
「よかったあ~あと少しで食べられるところだったぞよ」
「山分けしててもよかったのに」
「ほら見ろよ、言ったじゃねえか。嫁神楽はパン半分なんかで必死にならねえって」
「でも黙って食べるのはいくない~!」
「いやいや佐納よ、嫁神楽のあの顔はパンを半分残していたことすら忘れている顔だぞ」
「……言われるとそう見えてきた」
「感化されるの早すぎだ」
こういうところまでも楽しみたいクラスメイトの性格を知っているからこそ、征燈は自分の席に座り注目する視線の中でこれ見よがしにパンを口に放り込んだ。
「「「あっ、あああ~!」」」
ガクーッと項垂れ、天を仰ぐ男子たちを女子たちは冷ややかに見守っている。
だがゲラゲラ笑い始めた男子につられて笑っているから、嫌な気分で見ているワケではないだろう。
このクラスは本当にいい子ばかりだ。
そして、レベルに差はあれど危なっかしい守護霊はいない。
「ほれ~授業始めるぞ~」
チャイムが鳴ってすぐに入ってきた教師に急かされて、午後の授業が始まった。
放課後、脇目も振らず教室を出ようとする征燈を発見した路次くんはもちろんのこと足並みをそ揃えて並走する。
「ついてくるなよ」
「え~面白そうな匂いがするからあ~」
「そんな匂いするかっ!」
「するする~くんかくんか」
「止めろっ」
高校の中央門を抜けると、いつもとは違う方向へ進む征燈。
不思議そうにしながらもなおも続く路次くんに、もう征燈は構わなかった。
「晴燈」
「兄ちゃん!」
「おろ~? お迎え?」
「そうだよ」
「んん、おかしいなあ。ロジの鼻はよく利くんだけどお」
「これから一緒に病院へ行くんだ」
「えっ、誰か入院したの?」
「家族じゃない。だからもうついてくんな」
晴燈くんを抱き上げた征燈の視線に、路次くんはなにかを察したのだろう。
素直に頷いて、わかったと笑った。
「じゃあ、また明日ね。バイバーイ」
「ああ、またな」
粘られなくてよかったが、明日、質問攻めになる予感がある。
征燈もそれを感じているようで難しい顔で唸った。
心配そうな晴燈くんに笑顔を向けると、学園大正門の近くにあるバス停から中央病院行きのバスに乗り込んだ。
バスの中で母親に晴燈くんのクラスメイトの見舞いに行ってから帰ることをメールし、二人でいる照明画像を一緒に添付する。
「母さんわかったって」
「うん」
「大丈夫だ、晴燈。今から兄ちゃんと見に行こう。それに、病院にはこがねもいるから余程のことがない限り安心だって」
「……うん」
あまり内情を知らせないようにと初めは思っていたこがねくんだったが、晴燈くんにはあまり頑なに隠すような素振りを見せないでいる。
初対面の時に起きたことや、竜樹くんが気にかけていることが関係しているかもしれない。
それに、素直でいい子な晴燈くんは彼的に操舵し易いのかもしれない。
なにせ征燈が嫉妬で捻じれそうなくらい、晴燈くんの好感度を上げるのが上手い。
そこは俺も関心するレベルだった。
「あ、こがねお兄さんだ!」
「あー、あの髪色は目印になっていいな」
「兄ちゃんはね、赤より今の色のほうが似合ってるよ」
「そか」
「うん!」
『…………』
晴燈くんの、無邪気無意識征燈操舵の腕は見習いたいレベルだ。
「こんばんは!」
「はい、こんばんは。友だち心配するなんて、優しいな」
「当然だよ。クラスメイトだし、大変なことがあったんだもん」
「晴燈、こがねに話したのか?」
「正確には竜樹お兄さん。兄ちゃんが大丈夫ってお昼間に言ってくれたけど、先生はなにも話してくれなくて……ごめんなさい」
「い、いや、謝らなくてもいいよ。俺だってこういうのまだ素人だし、ちゃんと知識のある人に助けを求められる晴燈は凄いよ」
「はあ~、弟の言うことなら素直に聞くのねお兄ちゃん」
「うっせ」
病院の入り口でもたもたと話をしていると、内側の自動ドアの向こう側にとんでもない気配を感じて思わず結界を張ってしまった。
俺の結界に気がついたこがねくんが気配の先を見て、あちゃ~と額を掌で叩く。
「悪ぃ悪ぃ。とにかく入って」
こがねくんを先頭に病院へ入ると、内側の自動ドアの向こうで強い念を放っていた人物がぬぅっと正面に立った。
脇には点滴がぶら下がった点滴スタンド、清潔そうな細いピンク色の縦縞模様のパジャマ、ふわふわのスリッパ、見るからに細い身体、癖の強い巻き毛で白に近い栗毛色の髪は左肩の上でひとまとめにされている。
そして。
「仲間外れダメ、絶対~」
ぷんすこ眉を吊り上げ、不思議な色の深い緑色の瞳を俺たちに向け、口を尖らせた。
「ね、
同意を得ようと自分の視線の高さまで掲げたのは、子どもが持つと大きいだろうライオンのぬいぐるみ。
「はあ~萌癒大好きぃ~」
再びぬいぐるみを抱きしめると、晴燈くんに抱きしめられた時の征燈のような表情でひとり満足そうに身体をくねった。
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