第27話

 桐津霊園の帰り、さすがに世話になりすぎだからと征燈は路次くんをファストフード店に連れ込んだ。


「映画代を取られたのは痛いが、ポテトとドリンクくらいは奢ってやる」

「ええ~ホントお! うわーい!」

「どっちもMサイズまでだぞ」

「ダイジョブだよぉ。帰ったら晩御飯だしSサイズにしとく~」


 ウキウキの路次くんは、ポテトとオレンジジュースのSサイズを選んだ。

 征燈はコーラのSサイズを注文して外の通りが見えるカウンターに並んで座る。


「今日は一日たーっぷりゆっきーと遊んだなぁ」

「映画観て佐納が道案内してくれた上に、霊園顔パスにしてくれただけだが」

「かはは、楽しみ方ってのは人それぞれなの~」

「お前って無理そうなこと結構サラッとやるよな」

「そかな? フツーだぞよ」


 待合所へ戻ると、管理人に差し出されたタブレットに登録することになった。

 登録をしておけば予約しなくても訪問が可能らしい。

 霊園に来た理由を聞かないまま、路次くんが話をつけてくれていたのだ。


 手際のよさや顔の広さ、行動力など、感心するところは多い。


「強いて言えばあ、ゆっきーのことだあ~い好きだから、かなっ」

「最後の「てへっ」みたいなのは止せ」

「可愛くない?」

「可愛いと思ってやってんのか」

「思ってない」

「これだから油断できないんだ」


 ズズーッとコーラを吸い上げ終えた征燈は、言われたことに納得したらしい路次くんがポテトを食べる様を少しだけ見、よく見える外の通りに視線を投げた。

 もちろんそこにはそれなりに「いる」ものの、敵意を感じない存在ばかりだ。


「昔は、ずいぶん荒れてたのにな」

「ん?」

「こっち側って、大人から行くなって止められてなかったか?」

「ほ~そういやそうら。止められてた」

「それがさ、こんなに賑やかになるんだもんな。開発ってヤツはスゲーなと思って」

「かはは。陣頭指揮はお父上であるぞ~どやあ~」

「お前んちって、地元の不動産屋さんってだけじゃないのかよ」

「地元の不動産屋さんだけでぇ~す」


 不動産業にも色々あるのだろう。

 路次くんの父親は誰から聞いても立派な人徳者だ。

 それは守護霊たちにも浸透していて、広い範囲で佐納家に反感を持つ守護霊は存在していない。


「ロジはね、ゆっきーとお友だちになれて嬉しいんだあ」

「なんだよ急に」

「ガッコでなんて呼ばれてるか知ってるでしょ? あーいうの広がるとさあ、新しいクラスになってもちょっと距離があるワケですよ」

「ふうん」

「それ! それがいいのだ!」

「は?」

「噂とかじゃなくて、初めから真っ直ぐロジを見てくれたの高校になってゆっきーが初めてなんだあ」

「そ……そか」


 まさか周囲にまったく興味がない状態だったとは言い出せないようで、気拙そうにストローを噛む。

 そんな征燈にニコニコの笑顔を向け、路次くんはオレンジジュースを飲んだ。


「やっぱりさあ、集団行動の中で世間とか常識とかを理解し始めるとさ、ロジみたいなのって自分たちとは違う枠って見方する子が多くなるでしょ」

「俺にとってもお前は他とは別枠だぞ」

「えーっ?」


 残念そうな顔を見て、征燈は一瞬言葉を詰まらせた。

 どうやら言わなくてもいいことを言ってしまったようだ。

 路次くんは理由を言ってほしそうで口をへの字に曲げてしまい、征燈は困ったのか口を閉ざし手元のカップを掌の中でぐりぐり回している。


「いや…………悪い意味じゃ、なくてさ」

「ホントお?」

「クラスに馴染めてんのは、お前のおかげだと思ってる」

「ほえ?」

「一年までは……休みに遊びに出る連れなんかできなかったから」

「そなの?」

「なんつーか、自分の殻に閉じこもってたっつーか」

「え、ゆっきーが? あいたたじゃん~」

「あいたた?」

「俺は孤高の存在……最強でい続けるために友は要らない……」


 声色を変えて妙なセリフを言った路次くんに、理解がついていかない征燈は首を捻る。

 許してくれ路次くん。

 征燈は漫画もアニメもそこまで接することなく生きてきたんだ。

 有名なネタだったとしてもピンとこなくて当然なんだ。


「全然知らない?」

「知らない」

「そかー、ゆっきーらしいや」

「さっきのなんだったんだ? あいたたってどういう意味だ」

「知らないならそれでいいの~気にしなーい気にしなーい」

「気になるから」

「おうぅ、んーじゃあ帰ったらこれ検索してみて」


 わざわざ設置されている紙ナプキンに二つの言葉を書いた路次くんは、それを征燈に渡した。


「今検索する」

「やだよぉ、ロジ絶対怒られるからあ~」

「なるほどそういう意味合いの言葉なんだな?」

「かはは」


 路次くんの脇腹を手刀で小突き、一緒に笑う。

 お詫びのポテトを三本もらい、他愛のない会話を少しして店を出ることにした。

 トレイに乗せたゴミを分別し、路次くんがメモを書いた紙ナプキンも丸めて捨てる。


「検索しない?」

「必要ない」

「……むふふ」


 互いに、ちょうどいい距離感なのだろう。

 相性がいいというほど性格が合っているワケではない二人だ。

 それでも他のクラスメイトよりもずっと気が合って、征燈も路次くん相手だと許容範囲が広い。

 三年に進級しクラスが離れたとしても、変わらず路次くんには仲良く征燈に接してやってほしいと思う。


「それじゃあ明日ガッコでね~」

「ん」


 バイバーイと元気に手を振る路次くんにシンクロするように、守護霊の彼女も顔を出して手を振っている。

 俺と征燈もシンクロするように手を振り返し、改札へ入る路次くんを見送った。

 階段を上がって見えなくなると、征燈は地下鉄への道をひとり歩き始める。


 ホームについてすぐにやってきた電車に乗り込み、スマートフォンを取り出して届いている晴燈くんからのメッセージを一つずつ確認する。


「数が少ない」

『頑張って独り立ちの練習をしているんだろう』

「急に頑張ると反動が酷いんだから、ゆっくりでいいのに」

『それはお前が教えてやればいい』

「だな」


 そこで会話が途切れた。

 征燈は嬉しそうに晴燈くんからのメッセージを何度も読み返している。

 俺はそれをただ見守った。



 帰宅すると、無言の晴燈くんが廊下で腕を広げた。

 そこに嵌るように進むと、ガッチリと抱きしめられる。

 晴燈くんの頭を撫でると抱きしめられた状態のままでヨチヨチ歩いてリビングへ向かった。


「ただいま」

「お帰りー。ま、はるちゃんひっつき虫さん?」

「晴燈なんか言ってた?」

「そりゃあもう、兄ちゃん兄ちゃんずっと言ってましたよー。母さん存在感ないのかしら」


 穏やかに肩を竦めて息子の帰宅に合わせて夕食の準備を始める。

 母親をキッチンへ見送り、征燈は足にしがみついたままの晴燈を抱き上げた。


「今日はなにしてたんだ?」

「ゲーム」

「それだけ?」

「……」

「読書したり、母さんの手伝いしたり、おやつも美味しかったんだろ?」

「…………うん」

「前みたいにたくさんメッセージくれてもいいんだぞ? 急に少なくなったら兄ちゃん心配になる」

「本当?」

「うん」

「迷惑にならない?」

「兄ちゃんそんなこと言ったかな?」

「言ってない」

「だったら、そんな風に考えなくてもいいってことだ」

「……兄ちゃん」


 今日一日、心細い思いをしていたのだろうか。

 晴燈くんは征燈にしがみついて押し黙ってしまった。

 そんな晴燈くんの背中をさすり、ソファに座った征燈はスマートフォンを取り出す。


「猪渕さんだ」


 片手操作でSNSに届いたメッセージを読んだ征燈は、心配してくれている竜樹くんに二度目に観た時のことを報告した。

 きちんと言いつけを守って入場し、歌を聞かないようにしたこと、俺が一度目よりも違和感を感じて結界を張ったことなどだ。

 そう言えば、征燈は夢喰いの姿を視ていないな。

 制約なく視えている征燈に視えないとなると、よほどしっかりとチャンネルを合わさなければ視えない存在なのかもしれない。

 そんな存在が、人には視えない厄介事を知られることなく請け負っているということなのだろうか。

 そう思うと、むず痒い違和感を薄っすらと感じる。


 送信した返事にすぐ既読がつき、さらにすぐに返答がある。


 平場担当の人って面識ないから後手になってごめんね


 優しい竜樹くんらしい気遣いだが、征燈は「平場担当って」と笑っただけだ。

 謝罪の返しに「気にしないで大丈夫です」と綴り、チャットを終了させる。


 凭れていた晴燈くんは余程安心したのか寝てしまっているようだ。

 子ども特有の体温が征燈の額にじっとりした汗を浮かせる。


「晴燈、なんか疲れやすくなってないか」

『守護霊が切り替わるタイミングだからな。合わなくなってきても仕方がない』

「守護霊って、アイツがなるんだよな?」

『そうだな』

「まともに守護できんのかよ」

『さあな。守護霊として如何ほどなのか、俺も知らん』

「話、できねえかな」

『ヤツとか? 止めておいた方がいいと思うが』


 思い切り私情を挟んだ声を出してしまった。

 守護霊らしからぬアドバイスだ。

 俺の意見は押し付けてはならない。

 あくまでも、征燈が取捨選択できる道を示してやらなければならない立場なのに。


 数百年と守護霊を続けていても、まだ未熟な部分はあるということか。

 情けない。


 案の定征燈は黙り込んでしまい、夕食の準備ができたと呼ぶ声に晴燈くんを起こさず抱っこして食卓へ向かった。



 傍にいたがる晴燈くんを否定することなく一緒に過ごし、寝付くまでベッドの隣に椅子を置いてポツポツと話をする。


「狐さん、元気かな」

「どうして?」

「僕、ワガママばっかり考えてるでしょ。もっと楽しいこと考えようって思うんだけど、兄ちゃんどうしてるかなってばっかりで……疲れてないかな」


 最近は寝ている時も付けているのか、手首に巻いた鈴を鳴らしてみせる。

 鈴から出てきたゴンは嬉しそうに征燈に巻き付き鼻を頬に擦り付けた。


「元気みたいだな。全然大丈夫だぞ」

「よかった……やなことって、狐さんにはよくないんでしょ?」

「そうなのか?」

「こがね兄ちゃんに聞いたの。悪いことばっかり考えてると、狐さんが疲れちゃうって」


 一瞬だけあのヤロウ、という顔をした征燈だったが、眠たそうになってきている晴燈くんの頭を撫でる。


「晴燈は大丈夫だよ。いい子だろ?」

「いい子かなあ」

「いい子だよ。兄ちゃんが保証する。だから色々考えて今までしていたことを諦めたり、止めたりしないでいいからな」

「でも……」

「色々考えるのは、もっと大きくなってからでも平気だ。兄ちゃんなんかまだそんなに色々は考えてないぞ」

「ふふ……兄ちゃんは、もう少し考えたほうが……いいと思う」


 眠りに落ちる直前の言葉は、征燈の精神を大きく削ったようだ。

 弟に暢気だと思われたとショックを受けるも、愛らしい寝顔を見てすぐに気力が回復する。

 静かに椅子を勉強机に戻し、かけ布団を調整してゴンに晴燈くんの警護を頼む。

 ゴンが鈴に戻るのを確認してから、部屋の中央に浮いている晴燈くんと寸分違わない憑纏の型を忌々し気に睨みつけた。


 ヤツはあれ以来、姿を見せない。

 かなりのダメージを負った気配はあったから、今は晴燈くんの中で己を修復している最中だろう。

 部屋の中に張り巡らされたヤツの気配は征燈によってそれなりに断ち切られているが、それでもなお憑纏の型は残り続けている。

 晴燈くんを乗っ取りこの世に顕現することを諦めたワケではないと、無言で宣言しているようにも見えた。

 そんなヤツが、守護霊として晴燈くんを護るようになるだろうか。


「……」


 征燈は入り口で電気を消し、そっと部屋を出た。

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