第24話

 山の鎮静を司る猪渕の者の緊張に、誰もが事の重大さを慮り声を出せずにいた。

 深刻な顔のままスマートフォンを操作した竜樹くんは、どこかへ電話をかけているようだ。

 隠れるように背中を向け、会話を始める。


「もしもし、父さん? あの、矢船やぶね山の……うん、そう、大丈夫なの? 本当? し、知り合いが、映画を観に行くって、影響、ない? 本当?」

「お山連絡網は相変わらずスゲーな」

「お山?」

「たつの能力ってーかな、アイツ、知り合いの山と直で連絡取り合えんのよ。お前が明日行く映画の撮影場所になった山もすぐに判明、で、父親に連絡を取ってる」

「知り合いの山って」

「自然霊との交流が多くなると、情報伝達が人伝手じゃなくなるんだよな。昔からの自然霊はお喋り好きも多いから、聞き方さえ間違わなければいろんなことを教えてくれる」


 竜樹くんと一緒に渋い顔をしていたお兄さんが、こがねくんの言葉に半笑いの征燈に説明をしてくれた。

 その間も、竜樹くんはしつこく本当に大丈夫なのかと父親に聞いている。


「誰が許可出したの? どうして? 聞いてなかったけど?」

『……声色が変わってきたな』

「そうか?」

『晴燈くんと一緒に一歩下がれ』


 どうして、とは聞かず征燈は晴燈くんを促しさりげなく一歩足を引いた。

 間髪入れずに結界を張り、来てしまうかもしれない衝撃に備える。


「あの一帯は僕の管轄だよね? 勝手なことしないでくれるっ?」

「おーい、たつー落ち着けー」

「落ち着いてられないよ! あの辺りは古今浄華ここんじょうかの最中なのに、余計な現世欲バラまいたんだよ! ガチ抹殺もんですけど!」


 ビリッ


 竜樹くんの声音が衝撃となり俺の結界に摩擦を生む。

 音が聞こえた征燈の強張りが伝わったのか、晴燈くんが不安そうな顔で征燈に抱きついた。


「ほらー、晴燈がビックリしてるぞ?」

「っ、あ、そ、そうだった……ご、ごめん」


 幼い子どもがいる状況は、冷静さを取り戻しやすいようだ。

 竜樹くんの怒りはすぐに治まり、俺も即座に結界を解いた。

 怒りを叩きつける彼の声音は、霊的なアクセスポイントを持つ存在に大きな影響を出すほどの出力だな。

 わかりやすく言えば、電圧の違う電流にコンセント口が破壊されるのと同じ原理。

 元から持っている癒しの能力と同じく無差別に影響する可能性を考えると、竜樹くんの態度が常にオドオドしていることも頷けた。

 自分の感情の機微が他人に影響する、それを昔から嫌と言うほど体験してきたのだろう。


 征燈は若干、警戒の気配が漂っている。

 人間としては間違っていない態度だが、それを目にする竜樹くんはどれだけの時間苦悩し耐え忍んだのかと考えると征燈の態度を好しをするのは難しい。

 俺も好奇の目に晒された側だからな。


「で、結論どうなのたつ? 映画は観て大丈夫なのか?」

「一度、なら、影響は出ない、と、思う。け、けど、気をつけて」

『忠告感謝する。守護の警戒レベルを上げておこう』

「ヒャッ、ひゃいっ、お、おなしゃすっ」


 見るからに飛び上がると、こがねくんの後ろに隠れてしまった。

 竜樹くんの守護霊が顔を出して何度も頭を下げている。


「心配なら、午後に会ったらいいのでは?」

「すみません。午後からも約束があって」

「充実してるねぇ」

「若いからな」

「俺たちと数年しか違わんが?」


 お兄さんたちのやり取りを見上げていた晴燈くんが、唐突に挙手した。

 何事かと一斉に視線を向けた面々に大真面目な顔をする。


「兄ちゃんは幽霊が視えるんだよ。だからね、怖いヤツが来てもやっつけられるんだ! 凄いでしょ!」

「はっ、晴燈っ」

「それに見えない狐さんともお友だちで、その狐さんは兄ちゃんの命令で僕を護ってるんだよ。凄いでしょ!」

「ちょ……」

「心配しないで大丈夫だよ、兄ちゃんは凄いんだから!」


 悪気のない、真っ直ぐな感情を向けられたお兄さんたちは一様にほんわかしている。

 征燈はと言うとさすがに恥ずかしくなったようで、親指を握って下を向いた。

 兄弟のやり取りを見るのは穏やかで安らぐものだ。


「あい、嫁神楽兄弟のデレを聞いたところで! 軽く練習しましょうかね」

「うい~」

「デレってなんだ!」

「照れるなよ、いいモン聞かせてもらったぜ」

「そっ、そういうのじゃ」

「兄ちゃんはなにするの?」

「俺は見学だぞ、急に入っても足を引っ張るだろ?」

「でも……早く馴染むためにも練習に参加したほうがいいと思うよ?」

「た、確かにそうだけど」


 弟に言いくるめられた兄は、助けを求めこがねくんを見る。

 こがねくんは顎に手をやり少しだけ考えて、部屋の中央に折り畳み椅子を二脚置いた。


「演奏を聞いて気になったところとか教えて」

「そんなこと、できるワケ」

「偉そうなことを言えって言ってるんじゃない。ただ、感じたことを教えてくれって言ってんの」

「音楽鑑賞の授業みたい!」

「お~、晴燈はちゃんとわかってんなぁ」

「凄い?」

「凄い凄い」


 こがねくんに褒められて嬉しそうな晴燈くんを見て、下唇を噛み千切りそうなくらいに噛んだ征燈は用意された椅子に座った。



 相変わらず、晴燈くんを考慮してかアンプを使わない演奏だった。

 ただ、先週よりもこがねくんの歌声に芯が入り、肉声だけで部屋中に響くほどの声量になっている。

 曲のほうも仕上がりが近いのか、一旦止まって話し合うことや調整することも少なくなっていた。

 バンドの演奏というモノは、一週間練習を重ねればこれくらいの成長は当然なのだろうか。


 俺が生きていた時代、音楽とは娯楽ではなく信奉の方法だった。

 聞き入れてくれる神の存在など民には重要ではなく、自分よりも上位の存在を崇めることにより得られる充実感を大切にしていたように思う。

 そういう勝手な思い込みや間違った信奉によって生み出された怪異や心霊から都を守るべく、俺はずっと嫁神楽流派を研鑽し続けていたのだ。

 いつ肉体が失われるかもしれない恐怖を纏っていたのは子どもの頃だけで。

 あの時の無敵感は今思えば無謀でしかないな。


 自分の喜怒哀楽など、気にしたこともなかった。


「ふいー、どうだった?」

「カッコよかった!」

「鋭すぎだと思う」

「鋭い?」


 頭から最後までを二回繰り返した後、嫁神楽兄弟に意見を求めたこがねくん。

 汗を拭き水分補給をしながら征燈の言葉に首を傾げた。


「声が、鋭い。それしか、言い方がわからないけど」

「兄ちゃん、それって攻撃的ってこと?」

「うん」

「ロックバンドだから、攻撃的でもいいんじゃないの?」


 晴燈くんのストレートな質問に、征燈はどう答えれば自分が感じた感覚を伝えられるかと考え唸る。

 音楽とは極力距離を置いてきたから、上手く表現できないのも無理はない。


「ロックだからとか、そういうんじゃなくて……声が、喧嘩腰?」

「ブハッ!」

「おーいそこー、笑うなよ傷つくだろー」

「悪い悪い。けど、ま、喧嘩腰じゃないと負けちまうからなぁ」

「そこは仕方ない」

「う、うん。仕方、ない、よ」

「お兄さんたちは、対バン専門なの?」


 晴燈くんの発言に目を丸くしたのは征燈だけではない。

 まさか小学生から「対バン」と言う言葉が出るとは思わなかったのだろう。


「対バンって、歌バトルなんでしょ?」

「おぉ、どこからか若干誤った情報を仕入れたようだぞ」

「対バンって言うのは複数のバンドが出演するって意味が主流で、歌バトルとは少し違うんだな」

「そうなんだ。じゃあどうして、喧嘩腰じゃないと負けちゃうの?」


 学校の勉強でも予習復習を欠かさない子だ。

 誤っていたとは言えしっかりとロックバンドについて予習をし、知らない情報を理解しようと質問をする。

 知識への前向きな態度は、それだけで輝いて見えるな。


「元気のない人を元気にするためだな」

「喧嘩をするのに?」

「喧嘩の相手は、元気を奪っている悪いヤツらだよ」

「そんな人がいるの?」

「結構いるんだよ。だから、少しでも元気な人が増えるようにって喧嘩腰でバンド活動しているんだ」

「すっごーい! もっと有名になるといいね!」

「俺たちは弱小のままでいいのさ」

「いいことしてるのに? きっと、たくさん褒められるよ?」

「表に出ちゃいけない秘密の任務なんだ。わかるか、晴燈」


 お兄さんたちの説明に興奮する晴燈くんに、同じ目線にまでしゃがんだこがねくんが静かに言う。

 その視線は相手を同等の立場の人間として見ていて、紡いだ言葉がけして子ども騙しでないのだと伝わるだろう。

 晴燈くんは目を瞬かせてこがねくんを見、元気に頷いた。


「秘密の任務ね! わかった!」

「おーし、晴燈もお友だちには内緒だぞ?」

「はーい!」


 子どもの扱いが本当に上手いな。

 同じくらいの弟妹がいるんだろうか。

 晴燈くんの頭を撫でるこがねくんに敵意と威嚇の視線を投げていた征燈は、不機嫌にプイッ、とそっぽを向いた。


「あと何曲か練習するか」

「「「おー」」」

「あ、ぅ、あのっ、ゆっ、征燈、くんっ」

「はい?」


 休憩を挟み、こがねくんの声に動き始めたお兄さん方。

 小さな舞台へ向かう流れに逆らって征燈の元にやってきたのは竜樹くんだ。

 シンプルなシリコンカバーの携帯を握りしめ、征燈の前でもじもじしている。


「な、ななに、か、あると、心配、だ、だから」

「おやま珍し。たつが自分からID交換かよ」

「っ、っ……だ、ダメかな」

「竜樹お兄さん、僕も!」

「へぁっ、は、ん、うん、いいよ」

「やったぁ!」


 察しのいい晴燈くんが先にタブレットを起動させた。

 征燈もスマートフォンを出して準備をする。


 ピロン、ピロンと音がして、嫁神楽兄弟は各々で竜樹くんのIDを入手しお友だちになった。

 ここで他のお兄さんたちも、とならないのは彼らなりの距離の取り方なのだろう。

 しっかりとした能力を持ち生業を行っているのは、こがねくんと竜樹くんだけだと言っていた。

 彼らもお友だち登録するとなると、それはただのサークルの集いになってしまう。

 基から単なる大学生のお気楽サークルではないのだろうな。


 事情に深く踏み込まないのは晴燈くんがいるためか。

 ついでのようだが、征燈もその辺りのことを理解するつもりはあまりないように見える。


 表立っては大学生のバンドサークル。

 ライブに集まる観客は、霊障やその類に少なからず影響されている人間。

 恐らく無作為に選んでいるワケではない。

 各所から「どうしようもない」と縋られた者が対象になっているハズだ。


 現代の霊能力者がそんなことをしているなんて、俺が生きていた時代からは想像もつかない。

 もっと陰湿な扱い、闇の中での生活強要を受け続けているとばかり思っていた。

 そうならず、一定の地位を築き一つの生業として続けられているのは、各流派の始祖たちが努力した賜だ。


 この国における霊媒的能力者の流派始祖ってだけの俺が、そんな彼らに偉そうなことを言える立場じゃないよな。

 発展と継続、改革がなければどんな立派なことだって潰えてしまうんだから。


「すっきぃ~やっきぃ~うっま~ハフハ、フーッ!」

「あっははは! 上手い上手い!」

「すっきぃ~やっきぃ~すっき~チュッチュッ、チュー!」


 セクボリ一番のおふざけ曲と銘打ったすき焼きを愛でる歌を、晴燈くんがお気に召したようだ。

 ノリノリで歌って、お兄さん方を楽しませている。

 はしゃいで踊り出した晴燈くんを止められるワケもなく、征燈は惨敗した兵士のような表情で独り椅子で項垂れていた。


「兄ちゃんも歌ってよ!」

「いっ……いや、今日は、気分じゃ」

「いいじゃねえの、歌え歌え! すっきぃ~やっきぃ~♪」

「うっま~ハフハッフー!」


 数分後、征燈が仕方なく歌声を披露し完全に燃え尽きたのは言うまでもない。

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