第21話

「いい判断だな。けど、ここに放置もしていられねえんだわ」

「なぜ?」

「コイツは怪異として人間に認知されちまった。噂の怪異を一目見たい人間の欲にまみれて、コイツの意思が潰されないとも限らない。既に姿が変わってたくらいだ、加速的に性質が変わる可能性もある」

「性質が変わったら、どうなるんだ」

「お前も言ってた悪いモノになる。そうなると、コイツは排除の対象になっちまう」

「え……おかしくないか」

「おかしかない。この世は人間様上位だからな」


 口にしながらこがねくんは顔を歪めた。

 吐き出した言葉は、こがねくんの本意ではないようだ。

 哀れみとは違う慈愛を含んだ視線でオナガドリを見つめながら、言葉を失った征燈へ言葉を続ける。


「コイツらが遺る意味は、本人にしか本心がわからないのと同じなんだよ。なのに、寄ってたかって理由を決めつけてくる。決めつけられた側のことなんざ誰も考えないのさ。決めつけにたくさんの人間が同意できれば、肉体を持たない怪異や心霊は「決めつけ」の衣を着せられる。何枚も、何枚も重ねられ、姿が変わり噂も変わる。本人の本心は、本人が気づかない内に消失する。己を失った者は彷徨い、新たな衣を着続けながら人間様の言うバケモノになって「不要」とされ俺たちみたいな連中に排除される」

「おかしいだろ……本人は悪くないってことだよな?」

「決めつけに変質し、バケモノになって危害を加えることは悪いことだ」

「変質させたのは他人の決めつけだろ?」

「人間同士でも似たような事件は起きる。俺らが視ているのは、そんな人間同士よりも立場からして不平等な連中だ」

「アンタみたいな人は、助けられるんじゃないのか」


 慎重な言葉にこがねくんは笑い、少しだけ頭を傾げた。

 優し気に目を細め征燈に指を向ける。


「お前もだ」

「……」

「俺ら霊能力者に確実に受け継がれている技のすべてを見出した、嫁神楽流直系であり嫁神楽流派始祖を守護霊に持つお前は、ヤツらに手を伸ばす方法を俺らよりも確実に多く知っている」

「そんなの知らねえし」

「知ってるよ。現にお前は、コイツに手を伸ばした。ここに発生した怪異ではなく、主人を想い留まるコイツにだ」


 コケッ


 オナガドリはより一層姿勢よく立ち、征燈を見ている。

 留まる理由を思い出したのか毛艶がよくなり、夜の色を反射させて輝いた。


「……どうすればいい?」


 独り言を零した。

 さすがにこの状況は困るだろう。

 「お前ならできる」と方法を示さないこがねくん、言葉の通じないオナガドリ。

 征燈はシルバーリングを握りしめ、自然と顔を地面に向けた。


「おい、どうするのが一番最適なんだよ」

『お前がどうしたいかだ。オナガドリを助けたいと思うか?』

「なにも知らないのに助けられねえよ。でも、ここにいればコイツはいつか目的を果たせず消えてしまうかもしれない」

『そう言うことだ』


 あくまでも俺は守護霊だ。

 嫁神楽流の何たるかを征燈に教えるために存在しているのではない。

 だからこそ彼の背中を押す確実な言葉を口にしないが、もう少し考える時間を与えれば自分で回答を引き出すだろう。


 征燈は今までもそうやって独りで答えを見つけ、行動してきたのだから。


「…………」


 何度か深呼吸をして一歩前に出た。

 微かに敵意を見せるオナガドリの真正面に立ち、片膝を折る。

 目線はオナガドリよりも下になったが気にもせず、シルバーリングを前に置いた。


「お前さ、俺の言葉はわかるよな」


 クケ


「俺は、お前の言葉がわかんねえ」


 クケ


「俺が言うことをお前がよしと思うなら動いてくれ」


 クケェッ


「飼い主の墓に一緒に行こう」

「どうしてそうなった?」

「殺処分って言ってただろ。知らない連中に捕まってこの場所じゃないところで殺されたんなら、飼い主と同じ場所で眠りたいんじゃないかなって思って」


 クエェ


「ここに戻れば飼い主も戻ってくると思ったのかなと。けどさ、コイツだけいるってことは飼い主はしっかり成仏してるんだろうし、だったら墓に連れて行くのが早いだろ」

「なるほど」

「ありきたりな考えだしコイツが納得しなくちゃ意味ないけどな」


 コケーッ

 コッコッコッコッ


 オナガドリが大股で向かってきた。

 咄嗟に構える征燈だったが、相手からの敵意はない。

 手を伸ばせば触れるほど近くにきたオナガドリは、そこでしばらく征燈を見た。


 クエエエーッ


 頭を勢いよく振り上げ、一層緊張した征燈の前に置かれたシルバーリングを啄んだ。

 シュルン、と音が聞こえるほど滑らかに渦を描くようにオナガドリの姿が消える。


「……え?」

「おめでとう、オナガドリが仲間になった!」

「え、マジで?」

「おう。マジマジ」


 なんの変化もないシルバーリングを摘まみ上げた征燈は、こがねくんに倣ってリングを指でなぞる。


 クエッ


 回転しながら現れたオナガドリは、見事な着地を見せ胸を張っている。


「今度の日曜、探しに行くか」


 コケーッ


 無駄に呼ぶんじゃない、そんな目つきで叫んだオナガドリは勝手にシルバーリングへと戻って行った。


「いやー。高校生が外出できる時間が終わるまでに片が付くかと心配してたが、まさか二十分で終わるとは恐れ入ったよ」


 征燈の背中をバンバン叩いたこがねくんは、唐突に歩き始めた。

 方向は嫁神楽家。

 ついて歩く征燈に、更地になっていた元の家主の名前を書いたメモを渡す。


「トリの件はお前に任せる。それとは別に、トリをちゃんと使役できるように練習しとけよ。土曜日にテストすっから」

「はあっ?」

「まずは名前をつけろ。言う通りに使役できるか、トリの能力値の増減も視るからな」


 なるほど、確かにこれは追加のテストだな。

 珍しく征燈の勘が当たったらしい。


 途中に遭った自動販売機でスポーツドリンクを購入すると、それを征燈に差し出した。

 自分は炭酸飲料水を買って、その場で飲み始める。

 こがねくんの行動に、征燈は仕方なく渡されたペットボトルの蓋を開けた。


「そうだ。ゴン助にトリ食われんなよ?」

「ゴン助じゃない。食べるなってちゃんと言っとく」

「ん、それでいい」


 ポケットからシルバーリングを出した征燈を横目に、こがねくんはスマートフォンを弄り始めた。

 忙しない指の動きだけしか見えず、なにをしているのか俺にはさっぱりわからない。

 ふと見たこがねくんの守護霊は一緒になって画面を見ている。

 彼には内容が見えているのだろうか。


「よし。向こうも準備できたっぽいし、これにて解散としますか」

「向こう?」

「今夜はあと二件、仕事があんのよ」

「え」

「安心しなって。さすがにそっちには誘わねえよ。この世では、人間様の法律をちゃーんと守らなくちゃ」


 嫌味な言い方をして鼻で笑ったこがねくんは、征燈よりも早く炭酸飲料水を飲み干して空になったペットボトルをゴミ箱に入れる。


「真っ直ぐ帰れよ。おやすみ!」


 颯爽と片手を挙げ、独り夜の街へと歩き出した。

 その後ろ姿に手を振り、征燈は半分も飲んでいないペットボトルの蓋を閉めるとわが家への道を歩き始める。


「兄ちゃーん!」

「晴燈……と、母さん?」


 実家の外灯に照らされた二人の影を見つけて走り始める。

 三分もしない内に家の前に到着し、嬉しそうな晴燈くんに抱きつかれた。


「どうしたの」

「はるくんがね、兄ちゃんが居ないって心配して寝付かなくて」

「兄ちゃん僕に黙ってどこにも行かないで」

『征燈、今の言葉に返答をするな』

「はるくん、お兄ちゃん帰ってきたからもう寝ましょうね」

「寝るまで一緒にいてやるよ」

「本当?」

「ん」


 しがみついて離れない晴燈くんを抱っこすると、母親の先導で家に入った。

 玄関を過ぎる頃にはすでに眠りかけている晴燈くんを刺激しないように静かに移動し、征燈は自分の部屋よりも階段に近い晴燈くんの部屋の扉を開く。


 バツン!


 太い縄が切れるような音が聞こえ、征燈は身体を強張らせる。

 入ってすぐの場所にあるスイッチに触れて室内灯を点けると、部屋の中央に立つ存在に目を見張った。


「は、晴燈?」

『憑纏の型だな。晴燈くんではないぞ』

「どうしてこんなものがあるんだ」

『動けるようになったから縒ったのだろう』

「晴燈には、視えてないよな?」


 不安そうな征燈の言葉に、晴燈くんの守護霊を見る。

 彼は首を振り、晴燈くんには見えていないことを伝えてきた。

 未だに顔色が悪い。

 守護霊としての期限もギリギリな上に、面倒なことに巻き込まれているのだから申し訳ない気分になる。


『視えていないようだ』

「そか……なら、今のところ安心だな」


 クォン


 勉強机の上に置かれた鈴から、管狐が飛び出してきた。

 懐くように征燈の首元に擦りつき、心配そうに晴燈くんに鼻先を寄せる。


「ゴンが離されてるのは、偶然だよな?」

『就寝前だ。偶然と言ってもおかしくはないが、用心はしたほうがいい』

「クソ……」


 クウゥ


「ゴンのせいじゃない。俺がもっと晴燈を護れるようになれば」

『嫌なこと言うが怒らずに最後まで聞け。お前が護る護らないの問題ではなく、晴燈くんは憑纏に障られた。ヤツの影響は毒性が強い。表に影響が現れないよう対策をしたほうがいいだろう』

「持霊なんだろ?」

『よく覚えていたな。そう、ヤツは晴燈くんの魂魄の根幹を司る持霊と言ってもいい。だが、持霊だから魂魄に悪い影響が出ないというモノでもない』

「守護霊になるんだろ?」

『どう足掻いても守護霊の座に就くことにはなるだろう。だが、それまでにヤツの毒性を拭い去らなければ晴燈くんは狂っていく』

「簡単に言うなよ」

『お前にとっての最悪は、お前を否定しかねないところだ』


 加えて、俺を追いかけ回すことになる可能性もある。


 さすがにそれは征燈には刺激が強いだろうし、ますます俺への反感を強めるかもしれないと思ったので言葉にはしなかった。

 ずっと晴燈くんを抱っこしたままの征燈は、部屋の真ん中にある存在を睨みつけながら小さく舌打ちをした。

 そこを区切りとしたのか、晴燈くんをベッドに寝かせて丁寧に布団をかけ、散らかっている漫画本や携帯ゲーム機を所定の場所に置く。

 ベッド脇に座って弟くんの寝顔を眺め、髪を整えてやってから静かに退室した。


 クォン


「晴燈のこと、頼むな。ゴン」


 廊下までついてきた管狐は離れ難いのかずっと征燈の傍にいる。

 そんな征燈のポケットから気配を察したのか、突然動きが機敏になった。


 いつもはスリムなのに毛を立てたように膨張し、口を大きく開けて「カカッ」と滅多に聞かない声を出す。

 それに応えるような形で出てきてしまったオナガドリは、既に臨戦態勢で管狐と向かい合った。


「ケンカはダメだ。ゴン、食べ物じゃない。お前も、ゴンは的じゃないから突いたりするなよ」


 カカッカカカッ

 クエエエーックエックエッ


「こら!」


 すぐにでも始まろうとしていたゴンとオナガドリに、征燈は鋭い声を上げた。

 さすがにそれは二体に通ったらしく、互いに見合ったまま大人しくなる。


「ゴン、早く戻れ。お前はあとで名前をつけてやるから大人しくしろ」


 クオォン

 クケーッ


 二体は素直に解散した。

 それにホッと肩の力を抜いた征燈は、シルバーリングを摘まんで目の高さにまで持ってくる。


「ニワトリって、大体コッコとかそんな名前だよな」

『どう名付けても問題ないが、お前が口にして恥ずかしくない名前にしてやれ』

「……そうだな」


 自分で「コッコ」と言うところを想像したのだろう。

 征燈は口をへの字にして唸ると、自分の部屋に入った。


「お前、飼い主さんからなんて呼ばれてたんだ?」

『同じ名にすると若干制約がかかるぞ』

「なぜ?」

『肉体を離れた魂魄を「現世」に繋げる枷になる。新しい名をつけてやる方がいいだろう』

「じゃあお前も、人間だった時の名前は教えてくれないんだな」


 ギョッとした。

 いや、もうない心臓を掴まれたような一瞬の緊張。


『知りたいのか』

「いや、まだ俺の守護霊だからな。交代する時にでも教えてくれよ。墓参りとかじゃないけど、仏壇で手を合わせるくらいはできんだろ」

『悪いが、お前が仏壇に俺のために手を合わせることはない』

「言ってろ」


 帰宅して風呂に入り、布団に入ってしばらく。

 新しく征燈の元にきたオナガドリは「シャモ」と名付けられた。

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