第20話

 憑纏の主が現れた土曜日から数日、晴燈くんに変わったところはなかったが守護霊が本調子でないこともあり警護は主にゴンが担っているようだ。

 気配は離れていても感じるらしく、晴燈くんを護るゴンの動きを察知すると征燈は帰宅後に褒めちぎった。

 当てつけかとも思ったが、そんなことくらいで揺らぐ平常心ではない。

 俺が管狐に嫉妬するなど無意味にもほどがある。


「兄ちゃん、ポストにお手紙入ってた」

「ありがと」

「切手貼ってないの。誰かな?」

「この家が誰の家かを知っている誰かだろうな」


 夕食後のリビングで、晴燈くんは学校帰りにポストから出したと言う封書を征燈に差し出してきた。

 当然のように隣に座り、中を一緒に確認しようとする。


「誰?」

「こがね」

「わ! 合格通知かな?」

「普通に手紙だよ」

「えー? 本当?」

「本当です」


 そんなことを軽く笑い合いながら広げた封書の中にはコピーされた地図、待ち合わせの時間と思しきメモが入っていた。

 そして、こがねくんがしていたアクセサリーと同系のシルバーリング。


「どういう意味?」

「うーん、追加のテストかな」

「えっ、追試っ? 二次試験とかじゃなくて?」

「晴燈はたまに難しいこと言うな」

「だって、テスト合格しなくちゃバンドサークル入れないじゃん」

「いやあ……合格できないならそれまでってことで」

「やだ! 僕、兄ちゃんが舞台でカッコよくバンドしてるところが見たいっ!」


 なんという無茶を。

 さすがに顔を引き攣らせた征燈だったが、納得できずに眉を可愛く吊り上げている弟くんの小さな肩に手を置いた。


「兄ちゃん、頑張れるだけ頑張るから。でも、それで不合格なら諦めなくちゃ。な?」

「そんなのやだよ」

「合格しても裏方のほうが合ってるかもしれないぞ?」

「それもやだ!」


 兄が大好きな弟としては、他人に「あれが自慢の兄ちゃんだよ」と胸を張りたいのかもしれない。

 そのためには表に立ってもらわなければ目立たないし、大学弱小バンドの裏方は小学生の想像力では一般人に等しいのだろう。


「晴燈は兄ちゃん想いで兄ちゃん嬉しいぞ~」

「僕はいつでも兄ちゃんの味方だし、兄ちゃんを一番に応援するんだ!」


 元気いっぱいで朗らかな声音に感激して、征燈はなにも言わずに晴燈くんを抱きしめた。

 もちろん晴燈くんも応えるように征燈の背中に腕を回す。


「さ、風呂入って寝る時間だぞ」

「はーい」


 母親に晴燈を任せ、手紙を握って自室へ入る。

 ひとりになって改めて地図を見、シルバーリングを見た。


「これにも、なにか入ってるのかな」

『なにかを入れるために準備したんだろうな』

「でもゴンがいるし」

『使役対象の数に制限はない。時と場合により呼び出す対象も変わるだろう。そのためにも、多くの縁を結んでおくことは大事なことだ』

「ふぅん」


 メモに書かれた数字は、一時間後だ。

 星のぷにぷにシールが貼られている場所は、自宅からでも容易に行ける。

 母親に「コンビニで友人と話してくる」と言って出かけても、疑われないくらいの距離だ。


『どうする?』

「行くに決まってんだろ」



 高校生がで歩いていてもおかしくない夜の時間帯、こがねくんが待ち合わせに指定した場所は最近になって心霊スポットとして名前が挙がり始めた場所だった。

 名が挙がり始めるとは奇妙な言い回しだが、昨今の動画配信ブームでひっそりとしていた「そういう場所」に目ざとくアタリをつけ突撃する輩が増えているのだ。

 ひとりでも有名な配信者が動画にしようものなら、あっという間に知れ渡ってしまう。


「よ!」


 いつものようにきっちりと髪をまとめ上げたこがねくんが、征燈を見つけて片手を挙げる。


「こんばんは」

「ちゃんと挨拶できるの偉いな」

「はぁ……」

「リング持ってきた?」

「もちろん」


 こがねくん以外には誰もいない。

 竜樹くんくらいは一緒かと思ったが、違ったらしい。

 征燈も疑問に思ったのか「ひとり?」と聞いた。


「お前と、二人」


 ニンマリ笑うと、新しい心霊スポットとして話題になり始めた空き地に視線を投げた。


「なにが視える?」


 挑戦的な声音に、征燈も空き地に目を向けた。


 そこは、夜になると白いコートの女性が佇んでいると噂になっている。

 声をかけると無視されるが、歩き始めると後をついてくると言う。

 三十三分間歩き続けると消えるらしい。

 しかし、三十三分の間に自宅に到着すると次の日からは自宅前で佇むようになるそうだ。

 分身して無尽蔵に増え続ける怪異は滅多にない。

 この場所のいわくも、後半は付け足されたそれっぽい演出だろう。


「白い服の、人間……かな」

「どんな風に視えるか、めちゃくちゃでもいいから説明して」


 めちゃくちゃでもいい、こがねくんはそう言った。

 どんなにチャンネルが合致し怪異を視ることができたとしても、相手の正体がわからなければ視る度にあやふやになるモノだ。

 だがそこまでの視覚事情を知らないそれなりの能力者は、視える対象へのコメントが都度変わる能力者を「視る力が低い」と嗤う。

 本当は逆で、何度見ても同じ姿かたちが視える能力者のほうがレベルは低い。

 征燈の視る力がどの程度か把握できていないから、こがねくんはその言葉を選んだのだろう。

 こがねくんは、本当に優秀な能力者だ。


「背は高い。ほっそりしていて、変な凹凸の頭をしてる。髪はストレートの長髪、服はワンピースかな……上から下まで同じ素材の白いヤツ。両手とも軽く握ってる、なにも持ってない。仁王立ち、足元は黄色くて素足。暗いのに影が見える。なんだろ、スポットライトを浴びてるみたいにそこだけ明るいんだ。たまにぼやける、けど存在がブレることはない。あと……こっちを見てるけど視線が合わない」

「はい、合格」

「は?」

「いや~、めちゃくちゃよく視えてるな。で、正体はなにかわかる?」

「わかるわけ……」


 ただ視えるだけの素人が、そこにいる者の「正体」を見極めることは難しい。

 だが、征燈にはわかるという確信があったのだろうか。

 こがねくんの言葉に口を尖らせた征燈は、再び視た相手に言葉を消した。


「……え?」

「なにが視える?」

「さっきと全然違う……白い、でっかい鳥……クジャク?」


 クケエエエエエエエエーッ!


「!」


 耳を押さえて咄嗟にしゃがんだ征燈は、ニマニマしているこがねくんを見上げる。


「お前、マジでスゲーわ」

「な、なにが?」

「さすが、嫁神楽直系ってこと」


 征燈を立たせたこがねくんは、そこに存在しているモノの解説をしてくれた。


「ここで飼育されてた鳥だよ。主が死んじまって、親族がこの土地に新築で家を建てようとヤツの「思い出の家」を無遠慮にぶっ壊しちまってキレたんだろうな。土地の場所柄少し地脈に力があるから、家の解体と同時期に不衛生ってことで殺処分された飼育動物たちの、まあ、善良なる飼い主への想いがリーダー格だった鳥の姿を遺したんだ」

「鳥って……こんな住宅街の真ん中で白クジャク飼ってたってこと?」

「クジャクじゃねぇよ。よく視ろ」


 言われて視直した征燈は、改めてその場にいるモノの姿を認識する。


「なにあれ、ニワトリ?」

「そ。オナガドリって種類」

「お……オナガドリ……」


 クックックック

 ケエエェー


「確かに鳴き方はニワトリだな」

「ヤツはただのペットじゃなく、毎年品評会に出場するような立派なオナガドリだったんだ。それだけの愛情を主から受け、ヤツも大いに応えた。何度か優勝した経歴が残っていたが、ある年を境に品評会に出ることはなくなり主ともども閉じ籠っちまった」

「なぜ?」

「主の奥さんが他界してな。すっかりもぬけの殻になった主が親族から見捨てられ、少しずつ衰弱していくのを見守った。他に飼育されていた小動物や普通のニワトリたちと一緒にな」

「品評会で優勝するくらいのオナガドリも殺処分するなんて容赦ないな」

「まー、必要ないヤツらにはただの不用品だからな。生きていようがいまいが、人間じゃないから感情移入もナシだ。世知辛いが、そういう家庭があるのも事実さ」

「……」


 他人からすれば些細な変化であることもある。

 必要なのは故人の情報であり、遺したものを全部引き受けるワケにはいかない。

 故人がそこでなにを支えに生きていたのかなど、正直どうでもいいのだろう。


 冷たいと感じる人もいれば、必要のない物を手放すことは当然だと思う人もいる。

 だが、遺る思念がどう受け止めるかは、あまり気にされることはない。

 主の愛情を受け生きていた動物たち。

 恐らく、更地にされたあの土の下にも弔われた躯がある。

 子どものように目をかけていたオナガドリ、話し相手になってもらっていた小動物たち、生みたての卵を提供してくれただろうニワトリなど、主の想いは未だに溢れている。


「入れるか?」

「え?」

「アイツを、使役するか?」

「使役できるのか、ニワトリを」


 ゲエッゲエッグエエエエエエーッ!


『めっちゃ怒ってるぞ。失礼なことを言うな』

「オナガドリったって、ニワトリなんだろ。俺からすれば全部ニワトリだ」


 クエエエエエ!


 オナガドリが片足を蹴るような素振りを見せた。

 笑いを堪えているこがねくんは、さりげなく身体を征燈から離した。


『突進される』

「は?」


 通常、存在を固定されたモノが敷地から出ることは滅多にない。

 だがオナガドリは遠慮なく空き地の外に飛び出し、失礼な征燈に一蹴食らわせようと翼を広げた。


『申し訳ない、遮断させてもらう』


 クケッ


 征燈に対する敵意に反応し、俺は守護霊としての仕事をする。

 直前で張った結界に一蹴を防がれたオナガドリは、キレイに着地をして首を伸ばして目を瞬かせている。

 その様はまんまニワトリだ。


「どうする?」

「どうするって、どうすりゃいいんだ」

「言っとくけど、ニワトリは朝を告げるモノであり風の向きを読むモノでもある。眷属に入れとくとなにかと便利」

「持ってるのか?」

「んにゃ。ニワトリ持つと食っちまうヤツがいるから俺は持ってない。けど、持ってるヤツはいる」

「けんぞくってのは弱肉強食なのか?」

「いや~俺のトコ、自由度高いから結構好き勝手するんだよね~」

「大丈夫なのかそれ」


 征燈の言葉に、こがねくんは可愛く舌を右端に出し肩を竦めてウィンクをした。

 うん、恐らく大丈夫じゃないんだろう。


「……お前はどうしたいんだ」


 姿勢よく胸を張り、やってきた人間を睨むように見つめるオナガドリ。

 征燈の問いかけに鳥らしく首を傾げた。


「ここにいる理由や、目的が俺にはわからない。もし、飼い主さんの無念を晴らすとかそういうのだったら、もっと狂暴で悪いモノに視えたと思う。けどお前はキレイに思える。だから多分だけど、復讐をしたいとかそういうんじゃないんだろ?」


 クエェ

 コッコッコッ

 クウウウウウェ


「なに言ってんのか全然わからないけど、居座る理由があるんだろ。俺が無理にここから引き剝がせば、コイツは悪くなる。だから、入れない」


 決意に満ちた瞳で、傍らのこがねくんを見る。

 その目力や真っ直ぐさに、俺は無性に誇らしくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る