第17話
「入部するのは、セクボリじゃなくて生業のほうな」
「生業……?」
「そ、俺んち祓い屋してんだ。コイツらの家も占いだったり拝み屋だったり」
「俺らはそっち系の仕事してる家の息子って枠だから、あんま期待しないでくれ」
「そーそー。仕事できてるのはグミと竜樹だけだから」
「知ってることくらいは教えてやれるから、気兼ねなく聞いてくれていいよ」
連帯感と言うか流れと言うか、お兄さん方は毎度同じ順番で口を開く。
ここに竜樹くんが含まれていない感じがまた、彼がいつもひとりであることを際立たせるようだ。
だがこのメンツは竜樹くんをけしてひとりにはしない。
そんな結束を感じた。
「先ずは、なにが視えるかだな」
「自分の守護霊、妖怪みたいなモノ、人間みたいなモノ、紐とか色々」
「音は?」
「守護霊とは会話できる。他は基本、止められているからこっちから話しかけない。鐘の音とか、風みたいな音とか、声も聞こえる」
「色もわかるのか?」
「フルカラーで」
「虫の知らせ的な勘は働く?」
「それは……多分ない」
お兄さん方、一同輪になり視線で会話。
頷き合って再び征燈を見る。
「一般的な「霊感がある」レベルは軽く超えてるから、安心して鍛錬に励んでくれ」
「鍛錬したら守護霊を神様に変えられるか?」
征燈の返答に、こがねくんは目を丸くした。
他のお兄さん方も「嫌だわ、あの子なに言ってるの?」的な顔になる。
「言っとくけどお前の守護霊、現状ほぼ最強だけど?」
「でも神様じゃない」
これだ。
頑ななんだ。
どうして俺が守護霊であることに不満なのかと言えば、征燈の言う神様ではないからの一点だけ。
他にも不満があるんだろうが、俺には思考も読めないしなにを考えているのかもわからないから征燈の主張を鵜呑みにするしかない。
「人間より神様のほうが強いだろ」
「……あー。お前の言う神様って、何系?」
「え?」
「色々あるじゃん。逸話に出てくる有名な神様とか、仏像になってる神様、異教になればそっちにも神様いるだろ。お前の言う神様はそのどれに当て嵌まるんだ?」
「か、神様は神様だろ」
「全然違うって。お前、それ行くトコ行って間違ったらボコられるどころの話じゃないから気をつけろ?」
世の中には過激な信者が存在する。
それを言われて、征燈はようやく言葉を詰まらせた。
「身も蓋もない言い方するとさ、今、溢れている神様って人間の想像が発端でしかないんだわ。だから、神様ってのは想像の産物。俺ら人間の想像上、凄い存在ってだけの話なのな。つまりは、その凄い存在イコール神様を想像した人間、そしてその人間史上最強の能力者がイコール神様でもなんら問題ないワケよ」
こがねくんは征燈でも理解できるようにと言葉を選んでくれたのだろう。
内容は本当に身も蓋もなかったが、神様が人間よりも凄いと言う頑なな幻想を抱いている征燈にも伝わったんじゃないだろうか。
「人間史上最強の能力者って誰だよ」
「お前の守護霊」
「コイツはパスだ」
なんてことだ。
伝わってなかった。
「なんでよ、マジで凄いんだけど?」
「俺しか護らないヤツなんて必要ないんだよ」
その言動で、お兄さん方は察したらしい。
視線が機材保管室へ流れていく。
「要は、守護霊以外で強い神様級のなにかを従えたいってこと?」
「なら守護霊はそのままでいいんじゃね?」
「神様級に強いなにかに、なにをさせたいんだ?」
「晴燈を守護してもらう」
あーやっぱり、と心の声が聞こえてきそうな、あたたかい視線が征燈に向けられる。
こがねくんに至っては感激しているのか拳を握って「くぅー」と呻いていた。
「自分のためじゃなくて、あくまでも弟くんのための神様級を希望するのは理解できる」
「けど、護るって意味で守護霊が全部担ってるって思ってる?」
「役割違うから、その辺りから学ぶのがいいのでは?」
意見を求める三人に対して、こがねくんは腕を組む。
征燈はと言うと、正直会話についていけていない気配がする。
『お前、本当にどんな心霊動画観てたんだ』
「え、心霊スポットに行ってるヤツ」
『それじゃなにもわからなくても仕方ないか……先輩方に一から全部教えてもらえ』
「はあっ?」
『俺はお前を護るだけの守護霊だからな。現代的な解釈と知識は、彼らのほうがあるだろう』
「勉強するほど時間ないって前から言ってるだろ」
『ラッキーなことにここも「校内」だ。頼めばいつでも来れるじゃないか』
「好き勝手言いやがって」
舌を打った征燈は、眼前の大学生たちがにんまりしていることに気がついた。
そして、そこに俺の声が聞こえる者がおらず、独り言を発している状況だったことを理解した。
「いっ、今、俺の守護霊と話しててっ」
「いーのいーの、わかってるよ。で、守護霊はなんて?」
「先輩たちに……一から、全部教えてもらえって」
左手の親指を右手で握る。
俺が始めて見る、征燈の「恥ずかしい時の癖」だ。
晴燈くんが生まれるまでは頻繁に行っていた行動らしいが、なるほどこういう感じか。
最近になってようやく感情を出さなくなっていた理由を口にし、ずっと自分の中にだけしまい込んでいた「異形から晴燈くんを護るためには」と言う疑問、責任、覚悟を他人に隠すことなく開示を始めた。
そのことで、本来の自分が出てき始めているのかもしれない。
先祖としては嬉しい限りだな。
「一から教えるのは面倒だから、都度教えるってことでもいい?」
「どうしてだよ?」
「征燈はさ、実践で伸びると思うんだよね」
「実践」
「俺が仕事で使役するのは式神ってんだけど、知ってる?」
「聞いたことはある」
右手の中指につけていたシルバーリングを撫でると、小さく召喚文字が流れるのが見えた。
現在の式神使いはアクセサリーで召喚できるのか。
洒落ていていいな。
俺は泥と石使って呼んでたぞ。
現れたのはムッキムキの式神だ。
こがねくんの後ろに控えているが、じんわりと熱が漂ってくる。
「視えるか?」
「この前も視えた」
「コイツの名前は
「凄く強い神様、だよな」
「その認識だ。コイツが神様かどうかは一旦置いといて、実は俺以外にも須佐之男命を使える術者がこの国にはたくさんいる」
「須佐之男命がたくさんいるのか?」
「ひとりの対象をみんなで使ってる、共用みたいなもんだ」
「そんなので大丈夫なのか? 誰かが使ってる時には使えないとか、そんなことにはならないんだよな?」
征燈の発想が面白かったのか、こがねくんは軽く笑った。
だが、けして征燈をバカにしたような笑いではなく、むしろ新しい切り口を発見したような喜びを含んでいる。
「夢の国の王様じゃないから、誰かが使っていて呼び出せないってことはない。式神は、呼ぶ人間の能力値によって呼べるランクが変わるんだ。まー、こっちのレベルに合わせて式神がレベルを合わせるって感じかな。そこは人間の都合より式神の都合が優先される」
「どうして?」
「彼ら的な公平感じゃねーの?」
「詳しく」
食い下がる征燈に顔をしかめたこがねくんの代わりに質問に答えてやる。
『式神として使役するための技術が式神のレベルになる。道具に例えるのはよくないが、同じ楽器も奏者のレベルで全く違う演奏になるだろう。そう言うことだ』
「なるほど」
征燈の独り言と頷きを待ってくれていたようなこがねくんは、続きを求める征燈に口を開く。
「で、式神って誰もが形を想像しやすい存在がよく使われるから、必然的に視覚情報として得やすい有名な同じ式神を使役する人間が増える。けど、俺と同レベルのヤツは会ったことない」
指を鳴らせば式神が前に出た。
再度指を鳴らすと、今度は構える。
すると一気に室内の温度が上昇した。
「熱い熱い! 臨戦態勢取らせるなっ!」
「お前ーっ、俺らが視えてないからって嫌がらせかっ?」
「これだから式神使いは!」
とか言いながら嬉しそうな面々に対し、式神の姿が視えている征燈はつられて臨戦態勢になった。
そうなると、俺は守護霊として仕事をしなくちゃならない。
伝わってくる式神の熱の波動、そこに敵意はないがいつでも闘える火種がある。
火種のレベルを読み取って即座に熱を防御できる結界を展開した。
「おいっ」
『俺の仕事だ』
結界の範囲は征燈だけだ。
熱を感じなくなって気がついた征燈は俺を視ようと後ろを振り返った。
『俺は背後霊じゃないと言ってるだろう』
「うっせ」
「あー、征燈。今どういう状況?」
「俺の守護霊が結界張った」
「おっほ、スゲェ!」
俺からすれば、臨戦態勢を取っていたレベルの高い式神を片手を振っただけで還してしまえるこがねくんのほうが凄いがな。
「どの辺り? どこに結界ある?」
「視えないのかよ」
「全然視えねえ」
「俺も」
「俺もだな」
「俺は感じるけど視えるまではないな」
そうやって各々が言うのは、きっと能力が多岐にわたることを教えてくれているのだろう。
本来能力者であれば、自分の能力範囲を教えたらがないものだ。
教えてしまえばそれが弱みになってしまう。
「何色? 厚みはどれくらい?」
「近い近い近いっ」
「おーい落ち着けグミ」
「ハラスメントで訴えられるぞ」
「シャレになんねーから、落ち着けって」
どうもこがねくんは、スイッチが入ると迫って質問を浴びせる癖があるようだ。
興奮すると止まらなくなるらしく、慣れている周囲が宥めている。
「あ、いけね。興味が先走ってつい」
「つい、じゃねえよっ」
「ごめんて。話し戻そっか。つまりは俺が、征燈に他人を護れるだけの命を聞く神様級を使役させるためにみっちり鍛錬していくぞーってことだ。わかったか?」
「そんな話でよろしくお願いしますってなるか! 俺の言うことを聞いてくれる神様級って誰なんだよ」
「知らね」
「はぁーっ?」
「出会いだから、俺に聞かれても知らないって話。征燈のレベルなら、最初からそこそこの式神を使役することはできるだろ。使役することに慣れて、使役する対象のレベルを上げてく感じで」
パンパン、とそこでこがねくんは手を打った。
柏手のように高く響き、その場に残った式神の熱を払拭する。
後始末まできちんとできる術者は能力者として上級クラスだ。
こがねくんは、思うよりも長く祓い屋の仕事を続けているのかもしれない。
「グミ、たた、大変っ」
「え?」
「晴燈!」
機材保管室から慌てた様子で顔を出した竜樹くんが、なにも言わない間に征燈が飛び込んでいく。
お兄さん方は征燈の素早さに「おおー」と感嘆していたようで、こがねくんはそんな彼らを置いて機材保管室へと入ってきた。
少しだけ、糸を張ったような緊張感が漂っている。
「晴燈? 晴燈どうした?」
「……兄ちゃん?」
「あわわわ、わ、あ、さっ、最推しっ、最推しの方っ」
ぼんやりとソファに座っている晴燈くんの前に膝を立てる征燈の後ろから、動揺しながらも声を振り絞っている竜樹くんの韻が真っ直ぐ俺に響いた。
嫁神楽流燈鎮韻を系譜にしているなら、韻を使うことに特化していてもおかしく名はない。
似たような響きをこがねくんも持っているから、彼もまた燈鎮韻を知っているかもしれないな。
竜樹くんの守護霊を視ようと振り返ると「ヒッ」と短く悲鳴を上げたが、勇気を振り絞るような仕草で己を必死に鼓舞している。
そんな竜樹くんの中から守護霊は申し訳なさそうに俺を視ている。
相当に後ろめたい視線でこっちが申し訳なくなる。
「おおっ、弟、くん、持霊の洞穴に、あああ、あの、守護霊さん、が、捕まって」
「守護霊が捕まるってなんだよ!」
俺よりも先に吠える征燈に、こがねくんの後ろに隠れながら竜樹くんは状況を教えてくれた。
「いっ、言った通り、だよ。弟くんの守護霊さん、は、洞穴の、一番奥、で、動けなく、なってる」
『持霊はすべて居なくなっているハズだ。動けない原因はわかるか』
「ひゃいっ! んん~……」
「たつ、なにやってんだ。無理すんな」
「でも最推しの方が」
『無理なら無理でいい』
「おいっ、一体どうなってんだ!」
『詳細はわからん。とにかくお前は落ち着け』
「落ち着いていられるかよ! だからお前は役に立たないって言ってんだ!」
うん、まあ、現状で俺が役に立っているかと言われると限りなく役に立っていない。
守護霊として危険のない今、なにができると?
「なんとかならないのかよ」
「え~、俺、守護霊は範疇外だからな……たつも俺よかマシな程度で、錬度は低い」
「兄ちゃん……怒んないで?」
「晴燈っ、大丈夫か? どこか痛かったりしないか?」
「痛くないよ……とっても、眠いだけ……」
「そんなワケないだろ。眠い顔してないし、眠い時の体温じゃない。勝手に誰かに言わされてるとか?」
後半は、俺への苦情か?
大事な弟が大変なことになっていそうなのに、なにをのんびりしているんだと。
だから役立たずだと。
『俺が言わせているハズないだろう。誰かって誰だ』
「俺の知らない誰かだよ」
『どうしてそう思う』
「言っただろ、晴燈は眠い時にこんな顔しないんだよ。こういう時は具合が悪い時。熱があるかお腹が痛いかどっちかだけどそう言わない。俺が聞いてんのに素直に答えないなんて晴燈じゃない」
言い切った。
物凄い自信だ。
ここで「さすが強火」とか「さすがブラコン」とか茶化すことができれば、幾分空気も和らいだかもしれない。
「に、にぃ、兄ちゃ……」
晴燈くんの身体が震え始めた。
それを見たこがねくんは征燈を引っ張り立たせる。
離そうとしたが、征燈は足を踏ん張って晴燈くんから離れようとしない。
「たつは外出てろ」
「うっ、うんっ」
「お前も一旦離れろ」
「嫌だ!」
「言うことを聞け!」
凛と響くこがねくんの声音に抑えつけられた征燈は、震えている晴燈くんから渋々離れた。
開きっぱなしの出入り口は、向こう側から誰かが閉める。
「状況はわからねえが、面倒な感じだな」
「面倒?」
「晴燈のアレ、憑依された時の症状に似てる」
「憑依って……そんな簡単になるものなのか?」
「簡単になる時はなる」
とはいえ、と呟いてこがねくんは晴燈くんを見つめている。
明らかに状況を探る目だ。
彼なりに経験則から、現状の把握をしているのだろう。
「守護霊ってか征燈のご先祖さんよ、身に覚えは?」
『……俺の、憑纏の宿主だ』
「お前の? お前のってどういう意味だよ! 晴燈がああなったのはお前のせいなのかっ?」
「ご先祖さん、なんてった?」
「俺の憑纏の宿主だって」
「あちゃー面倒最上級じゃん」
ボオオオオオオォオォオ
洞に風の当たるような音が響いた。
一気に溢れ出した気配に、こがねくんの表情が硬い。
俺はこがねくんも一緒に結界へ入れると、ガタガタと身体を揺すり始めて大量の涎を吐き始める晴燈くんを締め出した。
非難する征燈の視線を無視し、晴燈くんを凝視する。
隣ではこがねくんも身構えていた。
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