第15話
「持ってきました」
「敬語なしでいいよー」
「そ、スか」
実に気楽なタイプらしいこがねくんは、ぎこちない征燈に初めからフレンドリーだ。
征燈はリビングで自分のスマートフォンとにらめっこしている晴燈くんを見る。
「弟くん、そんなに大事?」
「え?」
「そこまで心配しなくてもいいと思うけど」
「俺の勝手でしょ」
「別段悪い気も憑いてないし、お兄ちゃん至上主義のパワフルっ子だ。健康面にも陰りはナシ」
征燈が持ってきた鈴を摘まんで見ながら、こがねくんは当然のように晴燈くんの状態を口にした。
あの短い間に会話をしながらそこまで視ることができると言うことは、その手のことを生業にしている可能性があるな。
『おっおおっお怒りは、ごもっともです! 千倶観は嫁神楽より盗んだ秘伝を使い、困っている人々から金品をもらい祓いを生業にしておりますっ、うっ、おえっ、も、申し訳ありませっ』
……守護霊が緊張のあまり吐き気を催す姿を初めて見た。
この守護霊は、ずっと恐怖でしかない嫁神楽との遭遇と悪いことをした後悔を引きずりながらも子孫を護り続けていたのだろう。
立派じゃないか。
『時効と言いましたよ。それに、嫁神楽流派を基にしただけで独自の流派として発展しているんでしょう。脈々と生業を続け、現代に至っている千倶観のほうが凄いですよ』
『ヒッヒィッ、ははぁーっ!』
土下座の位置まで下りて伏してしまった。
困ったな、さすがにそこまでされるいわれはない。
「お~い、コン~?」
自分の守護霊がそんなことになっていると知らず、こがねくんは鈴を振って中を覗くように片目を閉じている。
コンとは、管狐の名前だろうか。
「お前のこと気に入ったみたい。やる」
持っていた鈴を征燈に向け、出された手に乗せる。
「いいのか?」
「帰んないんだって。あ~あ、俺が練ったのに」
口を尖らせてはいるが、さほど執着はしていないようだ。
さらっと言ったが、管狐を練り上げられる能力を持っているなんて相当だぞ。
『あの管狐を練り上げるなんて、若いのに凄いですね』
『こがねは特別なんです。拙者に近く……あっ、いやけしてっ、自慢とか、そんなのではなくっ、ああああ、もちろん、もちろん一番は嫁神楽流派をちゅくっ、違っ、作った』
『本当に落ち着いてください。噛んでるじゃないですか。純粋に、高い能力を持った者が現代に存在していることに対して、凄いと思っているだけです。流派がどうとか、もう止めにしませんか。俺としては、こっちの事情を知っている守護霊と会えたことを喜びたいんですが』
『くっ…………くうううううぅぅうぅ~!』
歓喜に呻く守護霊の気配を察している者はここにはいない。
助けを求め晴燈くんの守護霊を探すが、引っ込んでいるようだ。
本当に持霊はすべて居なくなってしまったのかと、探索に潜っているのかもしれない。
「使い方わかってるよな?」
「手伝ってほしいことを伝えて、手伝ってくれたことに感謝する」
「使役だからそこまでしなくてもいいのに」
「え……」
「誰に聞いたの、それ」
「俺の」
「の?」
「しゅ、守護、霊」
言うのも嫌そうに言ってくれるじゃないか。
どうしてこんなにも俺を毛嫌いするんだ。
「っわ?」
征燈の言葉にひっそり傷ついていると、こがねくんが急に征燈の両腕を掴んだ。
「守護霊、視えんの?」
「な?」
「守護霊視えんのかって」
「怖い近い怖い」
「視えんの?」
「じっ、自分の、だけ……視える」
「どんな? どんなのだ? 話せる? 声、聞こえるのか?」
「近い近い息届いている初対面の距離じゃない」
「教えてくれよ、なあ、どんなのだよ?」
「だからっ、近いって!」
征燈が迫ってきたこがねくんの顔を押し戻していると、騒ぎに顔を上げた晴燈くんが血相を変えて走ってきた。
「兄ちゃんに悪いことしないで!」
「おっと」
征燈からぱっと離れて、殴りかかろうかと拳を作っている晴燈くんに「思わず夢中になっちまった~」と笑みを浮かべた。
「仲良くしなくちゃダメ!」
「ごめん」
「兄ちゃんも!」
「俺まで?」
飛んだとばっちりだが晴燈くんの言うことには素直に従い、征燈はこがねくんと仲直りの握手をさせられる。
渋々な征燈とは対照的に、機嫌のいい顔のこがねくんに、晴燈くんはバンド名が検索で出てこなかったことを伝えた。
「はは、大学サークルの弱小バンドだしそんなモンだ」
「ちぇ~」
「あ、練習見にくる? 大学なら許可証あれば入れるだろ」
「行きたい!」
「よーっし、なら来週の土曜日に遊びに来たまえ」
「わーい!」
「大学ってどこなの?」
「永城大学」
できすぎた偶然だ。
永城学園への登校範囲にこがねくんレベルの能力者がいることは、果たして偶然だろうか。
遠くから糸を引く何者かがいたとしてもおかしくはない。
『…………』
『あ、あの、すみませ、こがね、本当は明知常大へ行く予定、だったんです。けど、お、幼馴染みくんに、永城大を強く勧められて』
『幼馴染くん?』
『はあ、
『守護霊になって長いので地名に疎くて』
『そう、そうですよね……嫁神楽流派は、一族相伝、現在の、お、穏やかな暮らしには無関係っ、あ、べべべ別に責めているわけではなくてっ』
『嫁神楽の子孫の暮らしを選択したのは俺です。気にしないでください』
それで、と聞けば、猪十都竜山とは現代のこの国においての霊験であり数多くの修験山を有する山脈の名前らしい。
そして、その山脈を管理し自らも能力者として名を馳せている
なんでも「どうしてもここでなくてはならない」と頑なで、元々そんなに自己主張のない子だから、こがねくんも守護霊の彼も驚いたらしい。
入学するための成績に不安のなかった二人は、苦労なく入学。
猪渕家の子も永城大学でキャンパスライフを満喫しているそうだ。
「僕、永城小等部! 兄ちゃんは永城高等部だよ」
「お~そうか、そう言うことか。同じ敷地内なら接触も簡単だわな」
「同じ敷地内って……どんだけ広いかわかってる?」
永城学園の敷地面積は半端ない。
小中を受け持つ先生方は専用の送迎バスを使い、時には電動キックボードで移動をしている。
要塞、なんて言葉がたまに聞かれるほど様々な設備が整っていて、地下には一時避難用のシェルターもあり、災害時の備蓄も揃っているそうだ。
「校内バス乗ったらいいじゃん」
「うん! 兄ちゃんと一緒に行くからね」
「おーっし、約束~」
「約束!」
乗り気な晴燈くんがこがねくんと指切りをして、置いて行かれている征燈のシャツの裾を引っ張った。
「いいでしょ、兄ちゃん」
「ん、いいよ」
否定はできない。
そんな征燈に満足したのか、こがねくんは唐突にスマートフォンを取り出した。
画面はバキバキに割れている。
あれで見えるんだろうか。
「お友だちになっとこーぜ」
「わかった」
「いいなぁ」
「はるは持ってねーの?」
「中学に上がったら持たせてもらえるんだ」
「なら、それまで我慢だな」
「待ってて!」
SNSサービスの一つで、永城学園生徒なら使い放題のアプリが存在する。
それに互いのIDを登録した。
永城学園は入学時に全生徒に番号を与える。
校内の自動販売機や学食から、テストや登校状況の確認まで、すべてがその番号によって管理されている。
人間に番号を振るなんて家畜みたいだと、毎年のように騒がれるが、番号をあてがわれた生徒たちからすると「非常に便利」と好評だ。
噂によるとこの学園アプリは生徒会で管理し、運営しているらしい。
だが、生徒会は学園の中には存在していない。
しかも一貫校だから、生徒会がどの規模か把握している生徒はほぼいないだろうと言われている。
ちなみに、学園アプリは学校で使用するタブレットに登録できるようになっていて、スマートフォンを持てない生徒たちはタブレットで利用をしている。
「僕も!」
「おっ、あったまいいなぁはるは!」
晴燈くんは自分のタブレットを持ってきた。
大喜びするこがねくんは、もちろん晴燈くんともお友だちになってくれた。
せっかくだからとテーブルにあったお菓子をいくつか食べて帰ったこがねくん。
守護霊はこがねくんが自転車にまたがり大通りに出るまで、俺に謝罪を繰り返していた。
これから付き合う仲になるなら、アレはなんとかしなければ。
「アイツ、晴燈のこと勝手にはるって呼んでた」
「うん」
「ちゃんと晴燈って呼ばせよう」
「兄ちゃんがそうしたいなら、僕はそれでいいよ」
弟は兄に従順だ。
少し機嫌の悪い征燈の手にコントローラーを持たせると、隣に座って自分もコントローラーを握る。
「さ、兄ちゃん。思いっきり遊ぼ!」
その日からなにかが劇的に変わったわけではない。
征燈はこがねくんからもらった鈴の管狐を何度も呼び出し、使役についての学習を繰り返した。
少し手伝ってやったが、それでも管狐の名前を変更し契約を結び直し、主に晴燈くんの守護を任せる命を出すまで数日だったのは嫁神楽の血のおかげだろう。
こがねくんとは頻繁なやり取りもなく、要所で質問をしたり許可を得たりの連絡を取り合うだけだった。
まあ、全部SNS上での話だから実際にどんな会話が行われたのか、詳しいことはわからないがな!
俺も電波に乗れるようにしておいたほうがいいんだろうか。
とは言え、電波ってどうやって「乗る」んだ。
若い守護霊たちは割と感覚で乗れてしまうようで、古めの守護霊たちとちょっとした溝になっている。
守護霊にもジェネレーションギャップがあるんだよ。
でも電波に乗れないと今後不便も出てくるかもしれないな。
「佐味崎のオバちゃんにこないだのレポート先生に褒められたって話したらさあ、すんごく喜んでたよお~」
「さみざき?」
「廃墟巡りの時に、いっぱい写真見せてくれたおばちゃん」
「なんで連絡先知ってるんだ」
「連絡先は知らないよ。火曜日の夕方に直接行ったんだあ。お父上と一緒に、ちゃんとしたお礼伺い」
路次くんのお父さんは、不動産屋として超がつくほどのしっかり者だ。
廃墟についてのレポートを作成する際にどんなことがあったのか、路次くんが細かく報告をしたのかもしれない。
『ロジ、記憶力いいからぁ~』
嬉しそうな路次くんの守護霊は、路次くんの頭をうしろから抱きしめている。
「俺たちも呼んでくれたら行ったのに」
「いいのいいのぉ、お父上が言い出したことだからね~」
「佐納の父さんってしっかりしてるのに……」
「むっ、それ以上は禁句ぅ~!」
クラス皆が思っている。
どうやったらこんなにものんびりのほほんな子どもが育つのかと。
ご両親の教育バランスがいいんだろうな。
家族間の守護霊の環境もいいんだろう。
ピロリン
飾り気のない着信音に、征燈はスマートフォンの画面を見る。
明日、忘れてないよな
「なんで心配になってんだよ」
忘れてない
晴燈も連れてくから
「……はぁ」
「おろ~、ゆっきーなぜにため息ぃ?」
「スマホを見てからのため息、ということは、とうとう嫁神楽に春がきたのか?」
「違う違う。そんなんじゃない」
「おぉ~い、本当かよー!」
思春期男子らしい盛り上がりにクラス中が笑顔になり、征燈も渋々だったが笑っている。
茶化す路次くんにヘッドロックをかけ、応戦する路次くんの手に腋をくすぐられる。
それを見て男子がさらに笑い、女子が征燈を応援し始める。
そうやって子孫が楽しい時間を過ごしてくれれば、俺は満足だ。
だが、俺が明確にしている嫁神楽家の問題はひとつも解決していない。
ひとつは、明日の土曜日に解決しそうだが……さて、どうなることやら。
そう言えば、晴燈くんの守護霊の姿をあれから見ていない。
担当が外れた訳ではないから、きっとまだ洞の中で持霊を探しているのだろう。
それにしても、少し長い気がするな。
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