第12話
最後に見る廃墟は、星のシールが貼っていない場所だ。
わかっているからか、征燈も大人しく皆に話を合わせていた。
「少し前に変な事故があった場所に近いんだよな」
「変な事故?」
山佐くんの言葉に、残る四人は首を捻る。
それに山佐くんは呆れた目をした。
「お前たち、ニュースを観ないのか?」
「配信しか見ない」
「興味ない~」
「ドラマなら見てる」
「弟の勉強見てる」
「……」
「…………」
「ちょいとゆっきー、弟くんのお勉強とニュースは関係なくないかい?」
「そうか?」
大真面目な征燈に、四人分の真顔がうんうん頷いた。
目的の廃墟はこれまで通り外周を撮影し、帰宅時間のサラリーマンや買い物帰りの主婦数人にインタビューをして終了させている。
共有した画像の編集は大岩くんが担当することになった。
加工は沢渡くんがしてくれるそうだ。
レポートの文章や構成については、満場一致で山佐くんにお株が回った。
路次くんは父親に昔の地図を探してもらうと言い出し、征燈だけが仕事にあぶれる。
「俺は?」
「嫁神楽はインタビュー頑張ってくれたし、編集作業には参加しなくてもいいぞ」
「紹介のとこ、マダムキラーなインタビュワーって入れようぜ」
「止せ」
時間内に目標を達成した高揚感で、みんなの心がずいぶん寛大になっている。
でも、と渋る征燈の肩に腕を回したのは路次くん。
「ロジと一緒に昔の地図まとめよ」
「お、おう……そうだな」
「よーっし、明日もゆっきーと遊べるぞー!」
「遊びじゃないだろ」
「ロジのお家にくるってことだからあ、遊ぶってことでしょお?」
「出た、佐納の自論」
「俺はパスだぞ。加工なんて家でできるし、なによりイベント走る時間が勿体ないからな」
誘う前にきっぱり断るハッキリしたところが沢渡くんのいいところだ。
それに続いて大岩くんも、明日は家族と出かけるからダメだと言った。
自然と注目を集める山佐くんは腕組みをして目を閉じる。
「俺もダメだな。明日明後日は塾で集中講習を受ける」
「大学受験大変だな……」
「他人事なのがおかしいが?」
「かはは。人生いろいろってことだよお」
賑やかに歩いていると、大きな十字路に出た。
ちょうど対角線上に花束がいくつか、歪んだガードレールの脚に括りつけられているのが見える。
「山さんや、変な事故ってあそこが現場かい?」
「そうだ。単なる交通事故かと思われたんだが、偶然が偶然を呼んだような事故だったそうだ。それから山さんと呼ぶな」
「多重事故ってヤツ?」
「いや、自殺と他殺と交通事故だ」
「は?」
大真面目な顔の山佐くんがここで冗談を言うはずもなく。
山佐くんの言葉に、四人の視線は花束に向けられる。
「……」
なにも言わずに手を合わせたのは大岩くん。
それに倣う沢渡くんと路次くん。
山佐くんは興味がないのか、信号が青になったタイミングで歩き始める。
そして、征燈には皆には見えていないモノが視えている。
車道ではなく歩行者用の舗装路から鱗のある長い腕が二本、うねうねと天に向かって伸びていた。
ただ、その腕自体に悪性の気配はない。
『奥に建つビルだな』
花束のあるガードレールを正面にする、ずいぶん築年数が経っていそうなビル。
一階は、年代物の色褪せたポスターを放置している不動産屋のようだ。
不動産屋の出入り口であるガラス張りの古い引き戸の隣に設えてある薄暗い階段を上がった二階は雀荘があったようだが、窓に貼られた店の名前が半分はがれているところを見ると閉店しているらしい。
三階と四階は貸店舗の貼り紙があり、五階から七階までは住居階なのかタオルなどが干してある。
屋上には大きな貯水槽があるが、ちゃんと点検しているのかわからない年季を感じる。
古い建物と言う以上によくない空気が漂っていた。
そして隣のビルとの隙間も雰囲気が悪い。
明らかにあの周辺に「なにか」があるのだろう。
「どんな事件が起きたのかは、各自で調べてくれ。さすがの俺も、現場の目の前で話す気にはならないからな」
山佐くんは淀んだ空気を察しているのかもしれない。
こういうところで興味本位に不幸を語ると厄が憑くものだ。
皆は山佐くんに続いて信号を渡り、花束に背中を向けると別の話題に花を咲かせる。
守護霊の皆様に親指を立てると、ホッとしたように面々は頷いてくれた。
『むうぅ~』
『むう?』
『パパあ、とっても頑張ったよ?』
『とても凄かったし、ちゃんとレベルアップもできたようでよかった』
『もっと褒めてよお~!』
なんでっ?
……と言う顔をしていたようで、路次くんの守護霊は頬を膨らませるとジト目で俺を見てきた。
アドバイスを求め他の守護霊を見るが、誰もがやれやれ顔で会釈すると消えてしまう。
そうしている内に、見知った場所に戻ってきた学生たちは各々帰る方向へと散っていく。
山佐くんと沢渡くんは同じ方向、大岩くんは学園前の停留所でバスを待ち、路次くんは最寄り駅へと向かう。
征燈は誰とも違う方向へ歩き始めた。
「さっきの十字路でのヤツさ」
『家に帰ってからにしよう』
「……わかった」
だが家に帰った征燈は、十字路の事故のことなど忘れてリビングで放心している。
帰ってすぐに風呂に向かったが入る直前に晴燈くんに遭遇、予期していたものの征燈にとっては痛恨の一言が放たれてしまったのだ。
「……もうダメだ…………臭い兄ちゃんって、これから言われるんだ……」
『そこまでの嫌悪はなかったように見えたが』
「お前になにがわかるんだよ。兄弟だからわかるんだ」
『ほほう、それを言うなら俺は先祖だが?』
「……」
ため息と一緒に、俺の言葉は無視された。
高校生にもなって、こうも弟くんに感情を振り回されるのはいかがなものだろうか。
極度のブラコンと言う昔ながらのフレーズを背負っている征燈だからこそ、守護霊を神にしてまでも護ろうとしている。
故に晴燈くんからの言葉には抵抗力が皆無で、メンタルもマシュマロのようになってしまうのだ。
「兄ちゃん!」
「は、晴燈」
ブラコンはこちらも同レベルだが、いかんせんまだ幼いと言う免罪符がある。
構える征燈に駆け寄り抱きついた晴燈くんは、ふんふんと鼻を鳴らしてにっこり笑った。
「もう臭くないね! びっくりしたよ、すっごく生臭かったんだもん」
「廃墟を回ったから、それで、かな……驚かせてごめんな」
「ううん、平気」
隣に座り直した晴燈くんは、大きな瞳をキラキラさせて征燈を見ている。
「兄ちゃん、明日はずっと一緒だよね?」
「それが、今日の作業が少し残っているから佐納の家に」
「やだ!」
「晴燈」
「やだやだやだ! 今日だって急に行くって言って、僕誰とも遊ぶ約束しないでいたのに、ずっといい子にお留守番してたのに、なのにどうして明日も兄ちゃんと遊ぶの我慢しなくちゃいけないのっ?」
「宿題、だから」
「もっと早くにしてれば今日だけで終わったんじゃないの?」
「ド正論……です」
「明日は絶対、僕と一緒にいてくれなくちゃやだからね!」
征燈の腕にしがみつく晴燈くん。
こうなると「わかった」と言うまで離さない。
「晴燈、俺のスマホ取って」
無理に引きはがすことはせず、晴燈くんにテーブルの上に置いたスマートフォンを取ってもらう。
ついついと親指だけで操作をしてスピーカーにする。
コール音が何度か聞こえ、路次くんの声が聞こえてきた。
「佐納、明日なんだけど」
『安心してよぉ、お昼ご飯豪勢にしてもらうからねえ』
「兄ちゃんは行かないから!」
「こ、こら晴燈」
『およ~はーくん怒り心頭ですかぁ』
「ロジくんは兄ちゃんのクラスメイト! 僕は兄ちゃんの弟なの!」
『わかってるよお。でもお、お昼ご飯楽しみなんだけどなあ……はーくんも来るう?』
「行かないもん! 明日は兄ちゃんとずーっと一緒にいるんだからね!」
『かはは、強火だあ。うんうん、ならゆっきーははーくんにお任せするよぉ』
「いや、それじゃ俺が納得できない。お前が来い」
「やだ!」
「晴燈、兄ちゃんが留年してもいいのか?」
「留年?」
『来年も高校二年生するってこと~』
「えっ、それはやだ」
「なら佐納に来てもらってもいいよな?」
「…………」
「晴燈?」
「…………わかった、いいよ」
晴燈くんはかき消えそうな了承を呟き、征燈にしがみついた。
『はーくんも楽しいかもしれないよ。昔の地図ってえ見たことある? お父上に出してもらったから全部持ってくね~』
嫁神楽家へ来る時間だけ追加して、路次くんは通話を切った。
路次くんは何度か遊びに訪れている。
晴燈くんとも面識がある分、今回は許されたのかもしれない。
スマートフォンを脇に置き、くっついている晴燈くんの背中を軽く叩き頭を撫でる。
晴燈くんが無言でしがみつく時は、泣くのを我慢している時だ。
わかっているから征燈は無言で撫でるだけになる。
『あ、あのぉ』
『どうしました』
『後任のことで少し面倒がありまして……』
『面倒?』
『持霊の皆さんが、い、居なくなっておりまして』
『はい?』
『ですから、あの、晴燈くんの、も、持霊が、いつの間にやら、居なくなっていて』
『全員ですか?』
『はい、全員、です』
そんなバカなことがあるだろうか。
晴燈くんは嫁神楽家の中で一番若いが、魂に関しては相当廻っている。
俺の見立てでは俺とそう変わらないほどの時間を回っているはずだから、持霊が全員居なくなるなんてことは不可能に近い。
持霊と魂は深くかかわっていて、持霊が魂を形成する手助けをするものだ。
魂の形成とは、つまりは人間意識の無意識化における人生設計のようなもので、どう育ちどう人生を終わらせるかをザックリ決定づける。
あくまでもザックリなので縁なんかで方向性は変わるし、都度、持霊たちによる協議なんかもあったりするくらいゆるゆるな決定だ。
そして守護霊は魂の形成を手助けし、余計な分岐を増やさないために守護をする役割を担っている。
ここで守護霊の経験値が低ければ、魂の形成に縁以外の邪な分岐が増え持霊が定めた人生を逸脱、最悪次の輪に加われないことになるのだ。
これは魂の消滅を意味し、持霊たちも無に帰す。
大袈裟に言えば魂の歴史が完全に消えるということ。
魂の消滅以外で持霊が消えてしまう事例はなくはない。
何某かの呪詛によって消されてしまう場合や、魂との因果が切れて離れる場合などがそれに当たる。
ただ呪詛にせよ因果が切れるにせよ、数百体はいるはずの晴燈くんの持霊が一斉に消えることは異常でしかない。
これまで、守護霊はきちんと仕事をしてくれている。
俺も傍にいるんだから、生半可な呪詛を通すはずはない。
年代も種族も違う因果が同時に切れるなんてことは可能性として低すぎる。
しかも血脈魂の宣言もあり、守護霊は持霊から選別されることになっていると言うのに。
『…………』
これはもう既に、面倒事に足を突っ込んでいる。
長年の勘が、俺にそう告げた。
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