第7話
「このペースだと時間なくなるな……」
「まあな。移動時間完全に無視してたし」
「時間かかるねえ~」
いくら若いと言っても、歩き続けは辛いらしい。
一つ目の廃墟をあとにした一行は、次の目標とした廃墟へ向かっていた。
だが、入り組んだ細い道が多い地域で人通りも少ない。
スマートフォンのGPS機能とやらを使ったようだが、電波を受信できないようだ。
「このご時世に電波状況が悪い場所があるなんてな」
「だだっ広い建物の周辺って、辺鄙なんじゃね?」
「家の周辺にあったら発狂もんだわ」
「ネトゲ廃人は黙っとれ」
「ここら辺はねえ、少し前まで大きな施設があったんだよぉ」
「マジか」
「ん~なんだったかなあ、お父上に聞いたんだけどお」
路次くんの父親は不動産業を営んでいる。
今回の廃墟選出も手伝ってくれた、学生にとっては頼もしい味方なのだ。
「でね、地下に不法投棄されたモノがまだ残ってるんだって。それの中にぃ、電波を邪魔する悪いのがあるんじゃないか~って聞いたんだってえ」
「おお、それもネタにするか」
「ナイス」
「周辺にもこんな歴史が的な、な」
「文字数稼がないと」
だらだらと話しながらようやくそれらしき建物が見えてきた。
征燈を除く全員が目的地到着にテンションが上がっている。
ほんの少しだけ、不安だったのかもしれない。
「民家も見当たらないし、撮影だけして図書館のデータ見ようぜ」
「えっ、苦労して辿り着いたのに?」
「あと三か所もあるんだぞ。時間かけてらんねーよ」
残念そうな路次くんと、もうひとりは沢渡くん。
項垂れる二人を無視して、周辺の画像をスマートフォンで撮り始める山佐くん。
山佐くん同様に画像を撮影し始めるのは、大岩くんだ。
そして、征燈は相変わらず廃墟を睨んでいる。
『ダメだぞ』
「……」
『悪意はない』
拉致されて殺された少女の霊が現れると言われる場所だ。
それとは別に、廃墟の外を徘徊する首のない兵士や石を拾って食べ続ける老人なんかも噂がある。
しかしここにいる者は、どれでもない。
人間の噂は想像から息を吹き込まれ、勘違いで怪異を生んでしまう。
ここにいる者は、誰からも必要とされず誰しもが視たいと願う「恐ろしい者」の形をした虚空だ。
ぽっかりと開いた暗い眼孔、唇のない口には歯も揃っていない。
全体的にぼんやりとした形で、人間の形状からはかけ離れた人間と思しき様相を保っている。
怪異が何に視えるかは触れた者次第なのだろう。
噂を聞きつけてやってくる不届き者たちには、噂通りの姿が見えるに違いない。
当の怪異は目的もなく、ただそこに突っ立っている。
「ゆっきー、次行くんだってさあ」
「わかった」
「お前、なんもしてなかっただろ。次んとこまた聞き込みさせるからな」
「は?」
「嫁神楽~聞き込みはイケメンが先頭切るもんだって!」
「ドラマ仕込みか」
「そ!」
「ね~え~、その前に、お昼ご飯食べようよお」
路次くんの言葉に誰かの腹の虫が鳴いて答えた。
お前の腹だろ、と賑やかに言い合いながら地図上ではほど近い大きな道路を目指し歩き始める。
「?」
征燈が視えている相手が首を振った。
気がついて足を止めた征燈に、ゆっくりと怪異が近づいてくる。
征燈の中に怪異のイメージはない。
ただ視えている通りの姿のままで目の前に辿り着いた怪異は、見上げるほどに大きかった。
「な」
なんだと声を上げる間もなく、怪異は重そうに腕部分を上げ人差し指らしきものを作るとそれをみんなが歩いている方向と逆に向ける。
「……」
怪異からの接触に狼狽えるでもなく、征燈はその意味を考えている。
殴りかからなくてよかった。
怪異は人差し指らしき形を逆方向へずっと向け続けている。
言葉もない。
追加の動きもない。
ただじっと、征燈が理解してくれるのを待っているようだ。
「向こうか」
怪異と同じ方向へ指をさした征燈を見て、頷くというには大きな振りで頭を上下させるとのろのろと定位置へと帰っていく怪異。
「ゆっきーどしたの?」
「こっち、じゃないかな」
「え?」
「道、こっちじゃないかと思うんだ」
「見た感じこっちのほうが近いけど……嫁神楽が言うなら、そっちかもな」
「だな」
ここまでの道程を思い起こしたのか、みんなは方向転換して征燈の元へ戻ってくる。
怪異は元の場所から様子を見ているようだ。
「なあ、ちょっと走らね?」
「なんでよ」
「腹減ってるし早く喧騒に包まれたい」
「は?」
「静かすぎるのって、間がもたねーだろ」
「確かに」
「はよ行こ」
「走ったほうがぁ、お腹、減るよお」
「おー、佐納それ以上腹減らしてたかってくんなよ?」
「かはは」
大岩くんが駆け足を始め、それに続く一同。
征燈は走り始める前に怪異を見つめ、軽く会釈をした。
礼儀を弁えることは大切だ。
ちゃんとできる子孫を見るのは誇らしい限りだな。
迷うことなくすんなり大通りに出ると、ファストフード店に雪崩れ込む。
昼時を過ぎた時間だったから客も少なく、みんなは各々トレーにポテトLサイズ二個とハンバーガーを積み上げ意気揚々と席についた。
「残る三か所だが、どう考えても手分けをしないと夕方に終わらせられないと思う」
「移動距離がなー、学校近郊っても初めての場所だし抜け道も知らねーから」
「手分けってどんな風に?」
「ここから近い二か所を分担して、最終地点で再集合かな」
「じゃあロジはこっちい~」
「おいっ、こういうのは公平にじゃんけんをだな」
「早いもん勝ちでしょ、俺コッチな」
「ん」
一個のハンバーガーを三口くらいで食べ進めながら、準備のいい山佐くんが出したタブレット上で路次くんが真っ先に行きたい廃墟を指で叩いた。
続く沢渡くん、ちゃっかりしている大岩くんも行きたい場所を指で示し、残る二人が目配せする。
「作業効率を考えると、俺がこっちで嫁神楽が佐納と同じ場所へ行くのがいいと思う」
どちらも、星のぷにぷにシールが貼られていた場所だ。
正直どちらにも行きたいだろう征燈が、即答を躊躇っている。
『行くタイミングはまだある。山佐くんの言うとおりにしたらどうだ』
他人を巻き込まないためにも大人数で行動するのは避けなければならない。
路次くんだけなら、俺の守護でなんとかなるだろう。
「……わかった、それでいい」
俺の説得に従ったのかそうでないのかはわからないが、征燈がわがままを言ってクラスメイトを困らせることは回避できてよかった。
星のシールが貼られた廃墟は、どちらも「本物」だ。
間違いなくいわくつき物件で居座っているヤツらは、半端なくヤバい。
素人動画に映るらしいから念は強いんだろうが、映るという意味合いが俺には少しわからないままで、どれほどかは実際に行ってみないとわからない。
守護霊コミュニティの中でも何人か実体験しているようで、お勧めはできないと言葉を詰まらせていた。
『行けばわかりますよ。うちの子、心霊系まったく信じてなくて遊び半分で行ったんですけど、その日から明るくても古い家を見ると足が竦んで動けなくなりました。視えてないうちの子でそれだから、視えるとなると……』
『いやもう酷いです。人間的な理性なんて忘れているんでしょうね。誰彼構わず鬱憤を晴らしたいって感じで……この子との縁が千切れるかと思いましたよ』
『まったく意思疎通できない連中が寄ってたかって圧をかけてくるんです。違和感を覚えてすぐ逃げてくれましたけど、刺さるような視線は百年は忘れられませんね』
複数の存在、攻撃的で危険。
山佐くんたちは外周を画像で納めるだけだから、そこまでの被害はないだろう。
なにか憑けてしまっても、その時は俺が守護霊の手助けをしよう。
クラスメイトは同じ教室にいる。
その中で守護対象が危険に晒される可能性があるのなら、安全を確保するための守護の能力で吹き飛ばせば済む話だからな。
『あ、あの』
『はい』
『大丈夫、ですよね?』
大岩くんの守護霊が不安そうだ。
もりもりハンバーガーを食べ続けている大岩くんの頭部にしがみつきながら、助けを求めるような視線で訴えてくる。
助けを求めれば助けてもらえると思っている間は、守護霊としては半人前だ。
だが、知らないことへの不安は理解できるからきちんと答えてやる。
『なるべく近寄らないようにしてください』
『好奇心で近寄った場合はどうすればいいですか?』
山佐くんの守護霊は山佐くんの守護霊らしくしっかりしている。
なんというか、真面目でメガネが似合うタイプというヤツだ。
最近では珍しくない男女の区別のつかない守護霊だが、生前は法律に携わっていたと言うだけあって本当にブレがない。
こちらとしては理解力がある守護霊なので話が早く、とても助かる。
『ヤバいと思う距離までは容認、それ以上踏み込もうとするなら全力で止めてください』
『わかりました』
『強い念を持つ者が溜まっている場所ですから、恐らく境界線が存在します。我々であれば容易に感じ取れる境界線です。それに留意し、警戒してください』
『はわわ、それっぽい』
少しだけ緊張感の足りないのは沢渡くんの守護霊。
彼女はふわふわしているように見えて、守護霊としては他の二人よりも経験値が高い。
残念なのは、あまり相性のいい相手に出会っていないことだろうか。
守護霊と言えども相性が悪ければ交代させられる。
晴燈くんの守護霊のように期間限定の守護霊もいるが、交代を余儀なくされる守護霊はほぼ諸々の不一致が原因だ。
本来であれば持霊がその辺りも考慮するものだが、魂が若い場合、持霊の数も経験値も少なく見誤るケースがある。
そして、沢渡くんの守護霊のように雰囲気のいい霊は呼び止められ易いのだ。
まあ、どんなことも経験はしておいたほうがいい。
善悪すらも細分化した世の中、人間に対して「どんなことも」とは気軽には言えないが、守護霊としての心得的にはまさに「どんなことも」経験値になるから貪欲なほうがいい。
『さわくんホラーゲームも得意だから、凸しないかな』
『ゲームとリアルは別物ときちんと判別のついている子ですから、面白半分に凸ることはないと思います』
『私よりさわくんのことわかっちゃうなんて、やっぱり凄いなぁ』
『アナタにとってはいいチャンスですよ。いつまでも他人行儀に「さわくん」と呼ばずに、守護霊としての責務を実感し実行してください』
『ウ、ウス。がんばりまっす』
朗らかに和気あいあいと会話をしていたが、不意に路次くんの守護霊が静かなことに気がついた。
路次くんを見ると、頭半分だけを出して拗ねた視線で俺を射抜いている。
『どうしました』
『ぷーんだ!』
『ぷ?』
わからないが?
他の守護霊に訴えると、沢渡くんの守護霊だけがあちゃ~と半笑いで頭をちょいちょい掻いてる。
『察してあげては?』
『なにをです?』
山佐くんの守護霊への俺の返事に、とうとう三人ともがあちゃ~と半笑いになってしまった。
どういうことだ。
「っしゃ、そろそろ動くぞ」
「おーっ」
「最後の廃墟に17時集合だぞ。遅れそうなら連絡を」
「了解」
「わかった」
腹ごしらえを終わらせた男子たちは、意気揚々とファストフード店を出て二手に分かれた。
何事もなければいいが、征燈が暴走しないか不安ではある。
相手は路次くんだけだから、俺との会話で独り言大会になっていたとしても多少誤魔化すことはできるだろう。
あとは面倒な連中がどれほどのヤツらなのか、だな。
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