第6話
世の中は三日間の連休を迎え、学生たちはにわかに盛り上がっている。
土日を含んだ連休なのにそこまで喜べるなんてまだまだ若い。
「おーい、こっち!」
金曜日の祝日、天気は快晴。
通学するくらいの時間に家を出て、征燈はクラスメイト数名と街中で合流した。
「あとは佐納だな」
「遅刻魔だからな、マイペースっつーか」
「お~い、お~は~よお~」
今日もしばし待たされるかと、そんな空気を出していたクラスメイトたちの後ろから、のんびりした声がやってくる。
全員がそちらを見て、嬉しそうな笑顔で手を振っている路次くんに応えた。
「今日は早かったな」
「おう、はよ佐納」
「はよぉ~お母上に頼んで叩き起こしてもらったあ」
「偉い偉い」
「かはは」
得意げな路次くんにみんなも笑い、さて、と目配せする。
「近い場所から行くか、遠い場所から行くか決めないか?」
「時間が足りなくなることも考えて、遠くからのほうがいいんじゃね?」
「終わったらすぐに帰りたいし、遠くからにしよう」
みんなしてスマートフォンを取り出し、同じ画像を見ながら話す。
祝日を利用し、校外学習のレポートを作ろうとなった。
征燈のいるグループは腰が重く、提出期日ギリギリの今日になってなんとかしようと動き出したのだ。
テーマは「学園近隣の情景」、無形文化財だったり歴史が深かったりと興味深い場所が多い地域ならではだが、話題は早い者勝ちになってしまう。
そして、争奪戦に乗り遅れた彼らが選んだのは「廃墟の歴史」だった。
点在する廃墟の歴史を調べてそこに生きた人々の情報などをまとめ、なぜ廃墟となってしまったのかを学生なりの視点で紐解くそうだ。
そう説明すると聞こえはいいが、要はそこまで詳しく調べなくてもなんとなく体裁が整う話題を選択しただけである。
面倒になれば「記録が残っていない」で済ませられる利点は、時間のない彼らには魅力的だろう。
「外周の画像撮って、周辺の人に聞き込みをして、あとはネットで検索したワードを適当に繋げるか」
「だな。時間なくなってきたら手分けしようぜ」
征燈のクラスに廃墟=心霊スポットとならないクラスメイトが多いのは、守護霊たちにそっちへの好奇心をセーブしてもらっているからだ。
多感な年齢でもあるので、現実から意識が逸脱しないように気をつける必要がある。
なにより、征燈への影響を考えれば騒ぐようなクラスメイトが少ないに越したことはない。
「どしたのゆっきー」
無言の征燈に路次くんが声をかける。
なんでもないと返す征燈に食い下がろうとした時、ピロリン、と征燈のスマートフォンから音が出た。
画面を見れば、晴燈くんからのメッセージが表示されているようだ。
相変わらず俺と現代機器、電波の相性は悪い。
若い守護霊にはちゃんと見えているらしく、守護霊になってもギャップに驚かされる日がくるとは。
「晴燈がへそ曲げてるから早めに終わらせたい」
「あ、そういうことお」
「弟想いの嫁神楽のためにも、さっさと済まして帰ろう」
「俺、もう帰ってゲームのイベント走りてぇ~!」
「不眠で二日堪能できるだろ」
「足りないのよ、それっぽっちじゃ」
「廃人よのう」
他のメンバーが一番遠い場所にある廃墟への最短ルートを歩き始め、スマートフォンをジーンズの後ろポケットにしまいながら征燈は最後尾についた。
『止めておいたほうがいい』
「……」
『みんなを巻き込んだらどうする』
今朝、征燈の名前だけが書かれた封筒が家のポストに入っていた。
母親は暢気にラブレターかと喜んでいたが、金色のぷにっとした星形のシールがいくつか貼られた学園周辺の地図が入っていた。
他には小さな鈴がひとつ入っていたが、手紙などはなかった。
ただ、シールがついている中の二か所が今回の探索ルートに入っている廃墟だと征燈は気がついてしまったのだ。
征燈の師(予定)からの入門テストである可能性を捨てきれず、危険だと強く言えない俺を無視して征燈は地図の謎解きを目論んでいる。
肩掛けカバンにつけた鈴が小さく鳴る。
一番遠いと言っても、学生の足で一時間ほどの場所だ。
電車を使うでもバスを利用するでもなく、彼らはハイキングを楽しむように街並みを眺めながら歩き続けた。
高校二年生男子の体力は想像以上だな。
途中、腹が減ったと路次くんが言い出し、入ったことのない落ち着いた雰囲気の喫茶店でモーニングを食べた。
ふわふわのスクランブルエッグと焼きたての分厚いトーストに、食べ盛りは大いに盛り上がり、気をよくした店主から小さなフルーツパフェをサービスされた。
店の外観とモーニングメニューの画像を忘れずに残し、再び目的地へと歩き出す。
『パパぁ、怖い顔だよお?』
『すまない、少し気を張っていてな』
『どうしてえ?』
『どうすれば災いを最小限にできるか考えていた』
『あ、やっぱり廃墟になにかある感じですかね?』
『廃墟って言ったらほぼ心霊スポット確定ですし、土地柄を考えても警戒するのは当然だと思います』
守護霊たちが一気に話し始めた。
俺の緊張が伝わっていたのなら申し訳ないな。
『なにがあってもお、パパがいるから心配してないよぉ?』
『そうですよ。花木先生の時と同じく、私らはブレずに守護に徹することだけ考えますんで!』
『目の当たりにして、本当にお凄い方なんだと実感しました!』
『同感です』
尊敬されるのは嫌ではないが、期待されるのは面倒だ。
俺だって守護霊なんだから、やることは彼らと一緒なんだがな。
『征燈が廃墟に入ろうと言い出した時は、みなさん全力で引き留めてください。けして賛同して中に入らせないように』
『わかりました』
『もちろんです、危険な目に遭遇するのは私も嫌ですし』
『ですね、注意します』
『えぇ~パパと一緒がいいからなあ』
空気を読まない路次くんの守護霊は、つまらなさそうに口を尖らせている。
ダメだって。
遊び半分で踏み入れちゃいけないところがあるって、守護霊なら知ってるだろうに。
「お、あれじゃね?」
「お~あれだあ~! 到着ぅ~!」
「実際に見るとスゲー荒れてんな……こんなボロボロの家、さっさと壊して更地にしちゃえばいいのに」
「土地の権利関係が複雑なんだろ。法律じゃ所有者がどうするかの決定権持ってるって言うし」
「おっ、物知りねお前」
「ドラマ仕込み!」
「んだよ」
現実的な子が多くて助かる。
無邪気な路次くんはさておき、他のメンバーは到着した廃墟の様にどちらかというと引いている。
それなのに、最後尾の征燈だけが険しい顔で廃墟を睨みつけた。
『入らないぞ。ダメだからな』
「……」
『シールが貼ってなかった場所だから手を出すな?』
征燈はただ視えているだけの状態だ。
「視えていない」状態を作り出すコントロールの仕方も、「視えなくなる」チャンネルのずらし方も教えてやったのに聞いちゃいない。
視られた相手が気になって寄ってくると面倒だと何度も繰り返したし、征燈もなんとなく感じてはいるんだろうが、なぜかすぐ喧嘩腰になる。
『あれは、晴燈くんを襲ったヤツじゃない』
「は?」
『彼は生きた人間たちの思念に絡め捕られ、あそこから出るに出られない哀れな存在だ。知らぬ間に身動きが取れないほど念に縛られ嘆いているのがわからんのか』
惨殺された家主が、無念を訴えるような悲壮な顔で彷徨っている。
そんな噂のある心霊スポットだ。
地元にあるその手の場所の噂は守護霊ネットワークで把握済、だからこそ接触をしなくてもなにが居るのかわかっている。
嫁神楽の血を無駄に刺激しないようにと、周辺地域は警戒を怠っていない。
「おい嫁神楽、ぼやっとしてないで周囲の聞き込みよろちゃん」
「は?」
「イケメンが行ったほうが話し引き出せるだろ」
「俺ら外周撮ってくるから頼んだ!」
「お、おいっ」
一秒も無駄にしたくないらしいクラスメイトたちは、スマートフォンを片手に解散した。
残るは征燈と路次くんだけだ。
「ああ~聞き込み担当になったや」
「アイツら、面倒なの押し付けやがったな」
「かはは、でも知らない人から話聞くのワクワクするからいいじゃん」
いついかなる時もポジティブな路次くんの、のんびり明るい言葉と笑顔に征燈は諦めを悟ったようだ。
周囲を見回し、昼前の時間帯の人気を探す。
ちょうどゴミ袋を持った老いた女性が向かいの道路に現れるのを目撃し、爽やかに声をかける。
「すみません、俺ら
「あらあ、永城の。校外学習って、この辺りになにかあったかしら?」
「向かいの廃墟のこと調べてるんだぁ」
路次くんの言葉に老婆の表情が硬くなった。
今までも嫌な体験をしてきた顔だ。
『ちゃんと説明したほうがいいぞ。心霊スポットを見にきたと勘違いされる』
「……えっと、あの家にはどんな人が住んでいて、どんな歴史というか功績があって、なのにどうして廃墟のまま放置されているのかっていうのを調べるんです。他にも数か所、同じような廃墟を調べる予定なんですが、ここが初めてで、声をかけさせてもらうのも初めてで……すみません、上手く説明できなくて」
守護霊が自慢するのもなんだが、嫁神楽家の男子の神妙顔には定評がある。
誠心誠意が伝わりやすく、相手はさほど警戒することもなく心を許してしまう、絶妙に「手助けしてやりたい」雰囲気を漂わせる。
征燈を前にした老人も例外なく、わずかに口を開けて数秒固まったが、すぐににっこり顔を崩した。
「そうかいそうかい。最近の若いのは廃墟を見つけるとすぐやれ幽霊だ、肝試しだって夜中に騒いで迷惑してたんだけど、そう、歴史を調べにね」
「ずっとここに住んでるの?」
「アタシの爺さんが買った土地なんだ。生まれた時からずっとここに住んでるよ」
「すごーい! じゃあ、写真とかも白黒のがある?」
「山ほどあるさ。見せたげるから、ちょっと寄っといで」
相手の警戒心が解けた瞬間に滑り込む路次くんの話術も相当だ。
守護霊は自慢げに路次くんの頭部を抱きしめて、頬をぐりぐり擦りつけている。
老婆が持っていたゴミ袋を手にした征燈は「あそこですか」とゴミステーションを確認して移動する。
好青少年の鑑だな。
そんな征燈を見てさらに老婆は気をよくしたらしい。
外周を撮影して戻ってきた他の三人も合流し、老婆からたくさんの資料を出してもらった。
ラッキーなことに母親が屋敷の給仕係を務めていたようで、記録が大量に残っていた。
白黒というよりセピア色の写真からフルカラーの写真まで、何冊もあったアルバムを広げて見せてくれて、真っ白な壁の美しい屋敷前での記念写真も発見された。
「製糸業で財を成したお宅だけどね、夜逃げしたんだよ」
「どうして?」
「倒産でね。外国の安い糸が輸入されるようになって、高級なあそこの糸は少しずつ客が離れてさ。息子が騙されて残してた有り金全部怖い人たちに持っていかれちまって首が回らなくなったのかもしれないね」
「でも夜逃げまでしなくても、この辺りの住人はみんな顔見知りなんでしょ?」
地域活動をしている生き生きとした写真が残っている。
みんないい笑顔で、どこにも陰など見当たらない。
「知り合いだから、かもしれないよ。贅沢に暮らしていたこの辺りじゃ一番のお屋敷の人間が、一気にこの辺りで一番の貧乏になっちまったんだもの。なかなか頭も下げられないさ」
「時代背景も影響してそうだな」
「昔は上下関係って割と影響あったらしいからな」
うんうん、と老婆の話を聞いて各々でメモを取っている。
聞き逃しがないようにと、この方法を提案したのはグループ内で最も現実主義な山佐くん。
彼が率先して心霊ネタを排除してくれるおかげで、他のメンバーは彼に倣って現実的な話しかしない。
「そろそろ次に行くか」
「だな」
「おばあちゃん、お茶、冷たくて美味しかった! たくさんお話もしてくれて、ありがとお~!」
「ありがとうございました」
「お邪魔しました」
久しぶりに若いこと話したと嬉しそうな顔は、初めて見た二時間ほど前よりも輝いていた。
会話という刺激は、様々なことに影響するものだ。
小さな三和土に所狭しと投げ出されていた靴を各々拾って履きながら、見送ってくれる老婆に頭を下げた。
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